バカンス
2020.02.27 UP

あそこに行けば、誰かに会える。朝から元気になれる場所、『バカンス』。

DIVERSITY

住む人を失い、古いアーケードの奥でひっそりと“余生”を送っていた小さな家が、たくさんの笑顔が集まる場所へと生まれ変わりました。
発起人と、ここで新たな一歩を踏み出した新代表の二人に話を聞きました!

勢いで借りた一軒家。まずは小さく始めた。

 鹿児島県鹿児島市の繁華街、天文館からもほど近い名山町の一角に2年前に誕生した『バカンス』。小粋な響きとレトロな佇まいとのミスマッチがどこか微笑ましいが、実は鹿児島弁で「バカたちが集う場所=バカたちの巣」という意味の愛称だ。

2階の手すりをモチーフにした『バカンス』のロゴ。
2階の手すりをモチーフにした『バカンス』のロゴ。

 『バカンス』の生みの親である森満誠也さんは、鹿児島市役所に勤める地方公務員。この小さな空き家との出合いは2017年秋のことだった。当時、市内にある数軒の空き家を再利用するアイデアを市民に募り、事業計画を作成し、オーナーに向けてプレゼンするという市主催のリノベーションスクールが開催された。参加者の熱量は高く、主催者の一人として関わっていた森満さんは、熱く盛り上がる様子を見て自分も何かを始めてみたいと無性に感じていた。「最終日のプレゼンで、僕らも空き家を借りました! と宣言できたら楽しいだろうなあと。想像したらワクワクして」。

 そんなことを考えながら町を歩いていて、ふと目に入ったのがこの建物だった。借り主募集の張り紙があったため、すぐに連絡したという。翌日さっそく中を見せてもらうと、1階は小さなキッチンスペース、2階にはわずか4.5畳の部屋があるのみ。「正直言って、使い道も具体的なアイデアもまったくなかったけれど、この家を中心に地元の人たちが笑顔になれるような場所をつくりたいと真剣に伝えたら、大家さんがすごく共感してくれたんです」。

『バカンス』の建物。すべて自分たちの手でリノベーションした。
『バカンス』の建物。すべて自分たちの手でリノベーションした。

 森満さんの熱意に共鳴した70代の大家さんご夫婦は、格安の家賃で好きなように使っていいと言ってくれた。そんな大家さんの人柄と、理解を得られたうれしさも手伝って、半ば勢いで契約を交わしてしまった森満さんだったが、さてどうしよう? と途方に暮れたと、苦笑いで当時の気持ちを振り返る。

 何をするか決める前に、まずはここを“自分の場所”だと感じてくれる仲間を増やそうと、壁塗りなどのDIYをイベントに仕立て参加者を募った。興味を持ってくれた仲間のうち、13人で家賃をシェアする形で運営をスタート。「ここで僕ができるのは、せいぜいコーヒーをれることくらい。それならば、前から興味があった“朝活”でも始めてみようと」。休みの前日なら頑張れそうという理由で開催は金曜の朝に決定。公務員で利益が出ると面倒だから、コーヒー代はお金ではなく、それぞれが何かを持ち寄る物々交換スタイルに。こうして市役所の先輩や同僚たち数名が出勤前の1時間、コーヒーを飲みながら過ごすだけという、ゆるやかな朝の習慣「朝Cafe deバカンス」が始まった。

一杯ずつていねいに淹れたコーヒーの香りが漂う中、みんなで「ラジオ体操」。体も頭もすっきり目覚める瞬間だ。
一杯ずつていねいに淹れたコーヒーの香りが漂う中、みんなで「ラジオ体操」。体も頭もすっきり目覚める瞬間だ。

みんなが自分の場所だと感じ、新たな挑戦ができること。

 ある時、そんな様子が地元の新聞やテレビで紹介され、一気に新しい顔ぶれが加わった。今年から森満さんに代わり『バカンス』の代表を引き継いだ加治屋紗代さんもその一人。「ごく普通の会社員で、結婚もして、それなりに落ち着いた日々を送っていました。でもどこか物足りなさがあったんです。ずっと続けていたDJも依頼が減ってしまって」。そんなとき、偶然テレビで『バカンス』の存在を知った。「特に惹かれたのは物々交換というコンセプト。私が交換できる価値はDJだ! とひらめきました」。ミックスCDを携えて「朝Cafe deバカンス」に初参加した。ほかにもギターの弾き語りや手作りケーキなど、お金を介さないからこそ個性あふれる物々交換が生まれていた。

理学療法士や看護師も集まる『バカンス』。血圧測定や、少し気になる体調の変化の相談も可能だ。
理学療法士や看護師も集まる『バカンス』。血圧測定や、少し気になる体調の変化の相談も可能だ。

 ところがスタートから1年が過ぎた頃、盛り上がりとは裏腹に森満さんの気持ちは沈んでいた。「最初の共同出資者たちの家賃がだんだん滞る状況になって。こんな気持ちで僕だけで続けていくのは無理だなと……」。そんな森満さんの変化にいち早く気づき声をかけたのが、当時すっかり常連になっていた加治屋さんだった。「利益を生む仕組みはないのに維持費はかかる。私は経理ならできるし、少しでも負担を減らしたいと思ったんです」

 加治屋さんの申し出はありがたく、また森満さんに大事な初心を思い出させてくれた。「ここに来る人みんなが自分の場所だという気持ちで関わり維持されていくのが最初の理想だった。いつまでも僕の場所である必要はない。だったらここできっぱりと名実ともに引き継ぐほうがいい。ずっと新陳代謝し続けていくのが『バカンス』らしいあり方だから」。

『バカンス』発起人の森満誠也さん(左)と新代表の加治屋紗代さん(右)。
『バカンス』発起人の森満誠也さん(左)と新代表の加治屋紗代さん(右)。

 新しい仲間たちも家賃を分担してくれることになった。その一人であるゲストハウスを経営する女将は、旅行者に地元の人たちとの交流を楽しんでもらおうと、県外や海外からのゲストを『バカンス』に誘い、鹿児島でのとっておきの思い出づくりに一役買っている。さらには鹿児島市への移住を考える人が増えつつあるなか、市の職員と民間の人がダイレクトにつながり、相談ができる貴重な場にもなっている。そして加治屋さん自身も『バカンス』の代表を引き継ぐことを機に会社を辞め、本当にやりたかったことを仕事にしたいと新たな挑戦に踏み出した。

 「僕にとって、『バカンス』を始めて一番よかったと思えるのは加治屋さんの登場なんです。彼女のように一歩を踏み出す勇気やきっかけが欲しいと思っている人にとって、ここが挑戦の場になったらいいとずっと思っていたから。でも、どんなに楽しそうでも内向きだけで盛り上がっているコミュニティには入りづらい。僕自身、人見知りだからわかるんです。『バカンス』にはみんなが自分の家に招いたお客さんをもてなす気持ちを持っていて、一人で来た人や初めましての人に心を配れる雰囲気がある。これってまさに鹿児島らしさ。『バカンス』の一番の魅力だと思います」

始業時間が近づいた人から三々五々出勤。そのたびに「行ってきます!」「行ってらっしゃーい!」と笑顔のやりとりが自然に交わされる。
始業時間が近づいた人から三々五々出勤。そのたびに「行ってきます!」「行ってらっしゃーい!」と笑顔のやりとりが自然に交わされる。

 ここに集うメンバーは誰かのためにおせっかいを焼くのが好きだという。もちろん、ここでのおせっかいは最上の褒め言葉。人は心から安心できる場所に自然と集まるもの。熱意だけを胸にゆるやかに始まった『バカンス』にはもともと完成形はなく、そこに集う人たちの息遣いこそが『バカンス』そのものなのだ。

メンバーの誕生日にはみんなでサプライズのお祝い。バースデーケーキの登場に思わず歓声が上がる。
メンバーの誕生日にはみんなでサプライズのお祝い。バースデーケーキの登場に思わず歓声が上がる。

EVENTS

『バカンス』のレギュラーイベントをご紹介!

おはようバカンス

おはようバカンス

毎週水曜日 7時30分〜8時30分

 『バカンス』の前の路地に椅子やハンモックを並べて、週に1度、お茶をいただきながらゆっくりと1週間分の新聞をめくり、みんなで鹿児島の話題を語り合う。顔と顔とが直接つながる場所だからこそ、記事に対する生の意見や要望など、率直な会話が交わされる。そうした声を自らの取材に生かしたいと、地元の新聞社に勤める若手記者の門間ゆきのさんが企画・実施。

朝Café deバカンス

朝Café deバカンス

毎週金曜日 7時15分〜8時15分

 『バカンス』で最初に始まったカフェイベント。それぞれ職場へ出勤する前の時間にふらりと立ち寄り、コーヒーを飲み、おしゃべりを楽しむだけという朝活。コーヒー代は物々交換で、持ち寄る物はできるだけ自分らしさを表現できるものを。初代マスターは森満さん。現在は「ゆるゆるさん」の愛称で親しまれる、本業はシステムエンジニアの佐伯真哉さんが2代目として奮闘中。

『バカンス』発起人・森満誠也さんと新代表・加治屋紗代さんの人が集まる場づくり3つのポイント

まずは自分が楽しむ。

 人は楽しそうな所に集まるもの。自分が心から楽しいと思えることを、笑顔で繰り返し、その楽しさを発信する。

積極的な声かけをする。

 常にウェルカムな状態を保つ。「おはよう」「行ってらっしゃい」など自分が言われてうれしい言葉で声かけをする。

ちょっとおせっかい。

 参加者同士をつないだり、朝食を取り分けたりと“ちょっとおせっかい”を心がける。相手のイベントにも顔を出す。

人が集まって生まれたこと、変わったこと。

自分ごとになった。

 参加者と運営との境目がなくなり、皆が自分ごととして場を考えるようになった。

記事は雑誌ソトコト2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Yuta Togo
text by Ayuko Tani