『Cafe&Living UCHIDA』
2020.02.29 UP

多世代が自然に集まる地域のサードプレイスに。親子に寄り添うCafe&Living UCHIDA

DIVERSITY

額縁・画材店だった歴史を感じさせる空間に、託児所とカフェが誕生しました。
いろいろな人が集い、子どもたちも預けるお母さんたちも、そしてカフェのお客さんも思わず笑顔に。
ここは、みんなにとってのサードプレイスです。

仲間と地域の人で造り上げた、愛着の持てる空間。

 岩手県奥州市。JR水沢駅の目の前に、『Cafe&Living UCHIDA』 (以下『UCHIDA』)はある。コンクリート打ちっぱなしの床、むき出しの天井の躯体、そして味わいある表情のテーブルやイス。元々は画材・額縁店『アートショップ ウチダ』だったが、2017年にオーナーでデザイナーの川島佳輔さんと妻の珠美さんが、カフェと託児所のある空間にリノベーション。オシャレなカフェの奥、古いガラス戸の向こうに託児所がある。

カウンターからも子どもたちの様子が見える。
カウンターからも子どもたちの様子が見える。

 カフェに小さなキッズスペースがある空間を思い浮かべて物件を探していたが、たまたま挨拶にとこの建物に入った瞬間、ピンときたという。「自分たちのやりたいことを店主さんに話をしたら、『ここを使いなよ』と言ってくださって。賃貸契約し、2階で古道具屋『FUCHI』をやってくれている元・会社の先輩も加わって総勢8人でお店を立ち上げることになりました」と川島さん。

「必要なものは自分たちで生み出したい」と話す、オーナーの川島佳輔さん。
「必要なものは自分たちで生み出したい」と話す、オーナーの川島佳輔さん。

 子どもを持つ若いお母さんたちに好まれる空間にしたいという思いから、風合いのある素材を選択。そこには、スクラップ・アンド・ビルドではない納得のいく方法で心地よい空間を造りたいという思いもあった。「現在31歳の私は、手軽に買える均質的なものの中で育ってきたので、古材がすごくかっこいいと思いました。それに、1年間世界一周の旅をしていた20歳の頃に知り合った友人が古材を利用した改修を帰国後に始め、その姿を見て影響を受けました」。その友人とは、長野県諏訪市で『ReBuilding Center JAPAN』を主宰する東野唯史さん。この空間デザインを東野さんが行い、盛岡時代の職場の先輩たちが解体・改修作業を手伝ってくれた。また、長野で買い付けると運搬費がかかるため、古材は地元で集めることに。すると、改修を聞きつけて、提供を申し出る人が相次いだ。自分たちではどうしてもできない作業については地元の大工さんに入ってもらい、約半年をかけてこの新たな空間が誕生したのだった。

人目をひくカフェのカウンターの青い模様。実は古着のジーンズを貼り合わせたもの。
人目をひくカフェのカウンターの青い模様。実は古着のジーンズを貼り合わせたもの。

 オープンから2年以上が経ち、今でも古材の提供者、改修を手伝ってくれた仲間が足を運んでくれる。「カウンターのこの木は私の家にあったとか、壁のこの辺りを私が塗ったとか、お客さんを連れてきて自ら説明しています。改修時から仲間や地域と関わったおかげで、自分ごととしてこのお店をとらえてくれているように思います」と川島さん。手伝ってくれた人は、延べ100人以上。関わる部分があると人はそこに集まり、その後も一緒に空間を育てていく。

保育士さんも子育て中の人が多く、家庭と子育てを両立しやすい環境にある。
保育士さんも子育て中の人が多く、家庭と子育てを両立しやすい環境にある。

いろいろな目的で人が集まり、自然と会話が発生する。

 奥州市にUターンしてすぐに、デザインや編集の仕事をしていた川島さんは、地元密着型のウェブメディア『OSHU LIFE』を立ち上げた。読者からの反応もあったが、ウェブでは限界を感じていた。「日常が変わったという実感までは持てなかった。毎日の暮らしの中で日々積み上がっていくものを生み出したいという気持ちが強まりました」。さらに、自身の子育て中に子ども中心の生活になり、夜に出かけられない、一人の時間を持てないことにストレスを感じても、“親”なんだからという表現で片付けられてしまう。この一時的にコミュニティから抜け落ちる状況をポジティブに解決したいと考えたところ、妻の珠美さんが保育士であったことから、カフェと託児所を併設する空間を思いついた。「子どもが騒いだら申し訳ないという気持ちから、出かけるのを遠慮してしまう。託児所があるカフェなら気軽に子どもを連れて来られるし、託児所の様子も見えるので今後何かあった時に利用しやすい。そんな思いからでした」。今のような大人っぽい空間にしたのは、親の居心地のよさを第一に考えてこその選択だった。

上2点/カフェスペース。妻の珠美さんが料理などを担当し、川島さんはコーヒーや洗い物を担当。この店に合わせて焙煎された豆をネルドリップで。下2点/カフェの奥のガラス戸越しにある託児スペースでは、子どもたちが元気に過ごす。
上2点/カフェスペース。妻の珠美さんが料理などを担当し、川島さんはコーヒーや洗い物を担当。この店に合わせて焙煎された豆をネルドリップで。下2点/カフェの奥のガラス戸越しにある託児スペースでは、子どもたちが元気に過ごす。

 ここにカフェと託児所の両方があることで、いろいろな使い方が可能になっている。急な用事ができて預ける先のないお母さん、在宅で仕事をするお母さんが利用することも。利用者の一人・高橋麻里子さんは在宅で集中して仕事をしたい時、2歳の千紗ちゃんを預けている。「娘がもっと小さくて預けてもグズる心配があった時は、私がカフェで仕事をしながら見てもらうこともありました。在宅勤務の場合、保育園に入る優先順位が下がってしまい、なかなか入園できないので、ここを利用できるのはありがたい」と話す。

託児スペースで過ごす子どもたち。生後6か月以上から預けることができる。
託児スペースで過ごす子どもたち。生後6か月以上から預けることができる。

 また、美容院に行くなど自分の用事で託児所を使うのはよくないと思われる風潮があることに、川島さんは疑問を投げかける。「子どもはかわいいけれど、子どもに付きっ切りになってしまうと、お母さんも疲れてしまう。お母さんが元気のない状況で子どもが健全に育つのかなと思うと、適度に息抜きする場としても利用してほしいと思っています」。託児所は1時間利用で800円かかるところ、1時間利用券10枚セットで5000円のプランも用意し、利用するお母さんたちの心理的なハードルを下げる工夫もしている。

託児所を頻繁に利用する高橋麻里子さんと娘の千紗ちゃん。
託児所を頻繁に利用する高橋麻里子さんと娘の千紗ちゃん。

みんなのサードプレイスで、広がる価値観。

 『UCHIDA』ができたことで、カフェに足を運ぶ多世代にも喜びをもたらしている。託児所からこちらに向かって手を振る子どもの姿や、元気な声に思わず笑顔になったり、カフェを利用する親子が隣にいると自然と子どもをあやすようになったり。心配の種だった子どもがむしろ、お母さんを安心させ、周囲のお客さんも笑顔にしてしまう。そんな温かい空間がここには生まれている。

 また、現在はカフェを運営する珠美さんにとっても、生活が大きく変わったという。「保育士をしていた頃、先生、お母さん、子どもたちとの世界にいて、そこからの広がりは少ないことに気づきました。今は、多世代のお客さんともつながりを持てるようになりました」。例えば、仕事をリタイアした近所の方と仲よくなり、スタッフを食事に招いてくれたり、一緒に餅つきをしたりする関係になったそう。また、自分よりも年上のお客さんから子育てのさまざまな経験を聞くことで、自身の子育ての考えも変わっていった。「うまく子育てできないと言っても立派に育ったお子さんの様子を見ると、ゆったり子育てしてもいいんだという考えに。だから、子育て中のお母さんたちにも、お子さんを預けてゆっくりしたほうがいいですよとアドバイスできるようになってきました」。

 ここには託児所、カフェ、そして古道具屋の『FUCHI』があることで、いろいろな目的で人が自然と集まる場になっている。「この場がなくても生活は成り立ちますが、ここがあることで集まる人の日常が少し楽しくなる。これからも自身のライフステージに合わせて、日常の温度がじんわりと上がることをやっていきたい」。選択肢の幅がある豊かな暮らしを川島さんはこれからも紡いでいく。

『UCHIDA』の2階にある『古道具FUCHI』。古き良きものが集まる。
『UCHIDA』の2階にある『古道具FUCHI』。古き良きものが集まる。

『Cafe&Living UCHIDA』代表・川島佳輔さんの人が集まる場づくり3つのポイント

みんなに関わってもらう。

 地域の人たちや仲間とDIYでお店づくりをすることで、多くの人に関わってもらえる機会をつくり、自分ごとにしてもらう。 

親が行きたいを大事に。

 子育てに奮闘する親の息が抜ける場所にするため、子どもに好まれるよりも親の気持ちを一番に考えて設計している。

対象をミックスする。

 2つの機能を合わせることで、親子、カフェ利用者が自然に接点を持ち、みんなのサードプレイスになっていく。

人が集まって生まれたこと、変わったこと。

奥州市の玄関口に。

 奥州市の人はもちろん、市外からの人もカフェを利用することで場が活性化。

記事は雑誌ソトコト2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Masaya Tanaka
text by Mari Kubota