ハテノミドリ
2020.03.02 UP

待合室にはピアノがあります。平城京の端っこにある、京終の駅舎カフェ『ハテノミドリ』。

LOCAL

JR奈良駅から桜井線に乗ってひと駅の「京終」。
明治31年に建てられた駅舎が2019年4月に修復・復元された。
駅舎に併設されたカフェ『ハテノミドリ』から、まちづくりが始まっている。

駅舎を活用したまちづくりのはじまり。

 京終とは、その名の通り京の。平城京が終わるところであり、奈良市内の、古い街並みが残る、ならまちの南エリアのこと。JR京終駅はその最寄り駅だ。電車がくるのは30分から1時間に1本ほどで地元の人たちが通勤や通学に利用している。2019年に復元された京終駅舎はレトロな雰囲気。無人駅だが、ボランティアでコミュニティ駅長を務める丸山清文さんが1日4回、乗降客を迎えている。待合室の中央は黒いアップライトピアノ。誰が弾いてもいいそうだ。

左/『NPO KYOBATE』理事長の萩原さん。 中/同じく専務理事の藤岡さん。 右/コミュニティ駅長の丸山さん。みんなに安心して利用してほしいと就任以来、一日も欠かさず駅を見守っている。
左/『NPO KYOBATE』理事長の萩原さん。 中/同じく専務理事の藤岡さん。 右/コミュニティ駅長の丸山さん。みんなに安心して利用してほしいと就任以来、一日も欠かさず駅を見守っている。

 待合室の北側にはカフェがある。天井が高く、入るとコーヒーのいい香りが漂う。奈良県で生産されているウェアや靴下(奈良県は日本一の靴下生産地)、奈良晒、薬草茶なども販売している。そこが京終駅舎カフェ『ハテノミドリ』。京終で酒類業を営む萩原敏明さん、麻工房で奈良晒を作る岡井大祐さん、奈良の町家保存に関わる藤岡俊平さんの三人が、京終駅の駅舎活用とまちづくりのために立ち上げた『NPO KYOBATE』が運営している。

復元された京終駅。向かって左側が待合所、右側が『ハテノミドリ』。 駅の前の広場もいろいろなイベントに活用される。
復元された京終駅。向かって左側が待合所、右側が『ハテノミドリ』。駅の前の広場もいろいろなイベントに活用される。

まちづくりのキーワードはお店と音。

 そもそものはじまりは、2016年に古い駅舎がJR西日本から奈良市に譲渡されたことだった。飛鳥神社(北京終町)に地域の自治会長や地元有志が集まり『京終駅周辺まちづくり協議会』を奈良市にぎわい課が設立した。「駅舎を新しくして、ならまち観光の南の玄関口にしたいということまでは決まっていたのですが、具体的に決めるにあたり私たちにも声がかかりました」と萩原さんは当時を振り返る。三人は仕事の後に集まり、そこから延々京終のまちについて話し合い、出てきたのは「子どもたちが住みたいと思い続けられるまちにしたい」というまちづくりへの思いだった。観光による活性化もいいが、長い目で見れば、子どもたちが魅力を感じるまちを目指すべきではないのか、それぞれに子どもを持つ親としての実感でもあった。

京終駅のホームに面している『ハテノミドリ』の窓は、 入ってくる電車や乗降客を“額縁”のように切り取る。
京終駅のホームに面している『ハテノミドリ』の窓は、入ってくる電車や乗降客を“額縁”のように切り取る。

 そのために「いいお店を増やしたい。その第一歩に駅舎を使う」と三人は協議会に提案した。いいお店があるということは、地域の人たちの日常を豊かにし、町への愛着を育むと考えたからだ。どんなお店にするのかを決めるために、駅周辺の空き店舗を借りて本屋や八百屋、カフェなどを2日間限定でオープンする「KYOBATE THINKING〜2日間のオープン商店街〜」を開催した。「来場者は2500人を超えて驚きました。そこで人気だったカフェを駅舎で開くことにしました」と藤岡さん。

 もうひとつ行ったのが音のあるまちづくりだ。ギタリストの青木隼人さんとボーカリストの太田美帆さんによる無料ライブと公開作曲を行う「」を駅舎で開催した。「音はまちや人、心などいろいろなものを結んでくれると思うんです。地域に密着している京終駅で、世界に通用するアーティストがライブを行う。そんな両面性のある場所にしたかった」と萩原さんは言うが、藤岡さんは少し不安も感じていたという。「こういうイベントは敷居が高いかなという気持ちもありましたが、外から来た人が京終駅舎を素敵だと思いライブを開いてくれるのは、地域の人たちがこの場所のよさを再認識することになると思いました」。多くの人が駅舎でのライブを楽しみ、以後「結び音」や声のワークショップなどが継続していく。

“歌う場所から声を届ける”音楽家・太田美帆さんはこれまでライブや声のワークショップを行ってきた。
“歌う場所から声を届ける”音楽家・太田美帆さんはこれまでライブや声のワークショップを行ってきた。

 2019年2月、京終駅舎カフェ『ハテノミドリ』がオープン。地元の人たちや観光客に認知されるなか、萩原さんたちは子ども祭りの開催に動き出す。駅の前の広場を使いたこ焼きやたこせん、射的にウナギ釣りなどの屋台を用意。近隣の小学校と幼稚園・保育園にチラシを配ったところ、「こんなにも子どもがいたんだ」と驚くほど当日はにぎわったそうだ。

2019年11月9日に行われた「京終こども祭り」。ウナギ釣りは萩原さんがどうしても実現したかった。
2019年11月9日に行われた「京終こども祭り」。ウナギ釣りは萩原さんがどうしても実現したかった。

 こうしたイベントを通して三人が実感したのは「幅をもたせる」ことだった。「間口を広くとると言ってもいいんですが、ちょっと敷居が高いけれど感性が磨かれるものと地域の人たちが日々の生活の中で必要としているもの、その両方があることで、いろいろな人がこの場所に集まり、協力してくれる。それがまちづくりにつながっていくと思います」と萩原さんは言う。

2日間のオープン商店街。八百屋さんも出店。
2日間のオープン商店街。八百屋さんも出店。

水のようにまちを潤す存在でありたい。

 この5月『ハテノミドリ』で予定されているのは、なんと結婚式。思いついたのは藤岡さんだ。「この場所が二人や参列した人たちにとって特別な場所になり、それをまちの人たちも祝福する、そんな結婚式ができないかと思いました」。結婚式を挙げる足立優希さんは大学時代を奈良市で過ごし、奈良が気に入って、今は奈良市役所に勤務している。「あまり結婚式にはこだわりがなかったのですが、京終の駅舎を見て、ここで結婚式を挙げる自分がイメージできました。今はどんな結婚式にしようか、とても楽しみです」とワクワクしている。ウェディングコーディネーターを務める森下ちはるさんも、この空間に魅かれたそうだ。「外は芝生、レトロな駅舎。窓からホームが見えるので、新郎新婦には電車から登場してもらうとか、一緒に電車を降りた人たちにもフラワーシャワーに参加してもらったら楽しいなとかいろいろなアイデアが湧いています。まち全体に祝福していただけそうです」。

結婚式を挙げる優希さん。新郎の景亮さんは京終に縁はないが、駅舎を見て「おもしろそうやん」と賛成したそうだ。
結婚式を挙げる優希さん。新郎の景亮(きょうすけ)さんは京終に縁はないが、駅舎を見て「おもしろそうやん」と賛成したそうだ。
ウェディングコーディネーターの森下さん。母の真理子さんと一緒にウェデイングドレスブランド『クチュールママン』を経営。
ウェディングコーディネーターの森下さん。母の真理子さんと一緒にウェデイングドレスブランド『クチュールママン』を経営。

 「地域に僕たちが欲しいものはなんだろう。子どもたちに残していけるものはなんだろう」ということをていねいに考え、一つひとつ取り組みを積み重ねている『NPO KYOBATE』。『ハテノミドリ』は水のようでありたい、と萩原さんは言う。「無色透明で色や匂いもないから、いろいろなものが取り込める水のように、取り込んだものによって柔軟に色や形を変える。それと同時に一滴の水が岩を穿つような力強さでまちをぐっと持ち上げる。そしてまちを潤し、緑にしていく、そんな存在になりたいです」。

 そんな彼らが次に考えているのは近隣の空き家を活用し、お店をやりたい人たちをサポートする「実験店舗プロジェクト」だ。「オープン商店街のように自分たちがやりたい商売を一日できる店舗をやってみたい。体験で終わらないように商売の勉強会も開きます。ここをスタートにして素敵なお店が増えていけば、京終への愛着も増えていくと思います」。

この日、『ハテノミドリ』に集まってくれた人々。ここで働く人、地域の人、協力している人など多彩な人が関わっている。
この日、『ハテノミドリ』に集まってくれた人々。ここで働く人、地域の人、協力している人など多彩な人が関わっている。

『NPO KYOBATE』 理事長・萩原敏明さんの人が集まる場づくり3つのポイント

自分たちが楽しく、ワクワクする。

 やってみようと思うことをとにかく楽しむこと。あるいは、自分たちが楽しめる範囲のことに取り組むこと。

振り幅=間口を広くとる。

 NPOの主催にしたのは、ひとつの用途に限定されないため。いろいろな興味のある人を惹きつける場所に。

ターゲットは絞る。

 イベントごとに対象としているターゲットをしっかりと絞り、そこに向けた情報発信の仕方を考える。

人が集まって生まれたこと、変わったこと。

参加する人が自然と増えていった。

 住民が「自分もまちに関わる」と感じてくれて、自然と参加する人が増えた。

記事は雑誌ソトコト2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Mao Yamamoto
text by Reiko Hisashima