唐津ゲストハウス鳩麦荘
2020.03.05 UP

佐賀県で唯一の銭湯に寄り添い、お客さんを増やしたい。「町の勝手口」となるようなゲストハウス。

LOCAL

「銭湯にお客さんを紹介したい」という思いから生まれた佐賀県唐津市の『唐津ゲストハウス鳩麦荘』。
オーナー・中島彩希さんの「当たり前にあるものを残したい」という思いは、「当たり前の唐津の暮らし」を人々に伝え、惹きつけることにもつながっていました。

銭湯のために、自分ができること。

 佐賀県唐津市は古い伝統を持つ「唐津焼」や、勇壮なお祭り「唐津くんち」のまちとして知られる。大きな戦禍や災害に見舞われることもなく、何百年と変わらない区割りを残した歴史あるまちだ。

 この唐津市の中心部、江戸時代、唐津藩が献上碗をつくる職人を住まわせた「御茶盌窯通り」沿いに、中島彩希さんが経営する『唐津ゲストハウス鳩麦荘』(以下、鳩麦荘)がある。築約80年の民家を改修し、昭和の佇まいはそのまま残した一軒家のゲストハウスだ。

『恵びす湯』を経営する島﨑羊子さん(右)と義理の娘の里美さん(中央)、中島彩希さん。佐賀県には温泉が多いので銭湯はもともと少ない。
『恵びす湯』を経営する島﨑羊子さん(右)と義理の娘の里美さん(中央)、中島彩希さん。佐賀県には温泉が多いので銭湯はもともと少ない。

 中島さんは唐津市出身だが、長崎県にある高等専門学校に進学し、福岡県で就職。5年間働いたあと唐津市に戻ってきた。そして市の空き家バンク制度を利用して空き民家を借り、大家さんの協力も得て改修して、2017年12月に鳩麦荘をオープンした。

唐津焼の陶片で装飾した『鳩麦荘』受付で、中島さんが迎えてくれる。
唐津焼の陶片で装飾した『鳩麦荘』受付で、中島さんが迎えてくれる。

 以前は地元に関心がなかったという中島さんがUターンし、かつゲストハウスの経営まで始めたのには理由がある。鳩麦荘から徒歩10分弱のところにある、佐賀県で唯一の銭湯『恵びす湯』をゲストハウスのお客さんに紹介し、入浴客を増やし、無理のない範囲で銭湯を続けてもらいたいからだ。

住宅街の中にある『恵びす湯』。
住宅街の中にある『恵びす湯』。

 元を辿れば、中島さん自身が旅行好きというところから話は始まる。学生時代はバックパッカーとして東南アジア、中東、南米などを回っていた。

 就職後は長期の休みが取りづらくなったことから、国内旅行にも目を向けるように。ゲストハウスを泊まり歩きながら、銭湯や赤提灯の飲み屋といった、その地域の味わい深いスポットを訪れることも好むようになった。その延長線上で自分の地元にある『恵びす湯』を知り、初めて行ってみたのが『恵びす湯』との出合いだった。

昭和35年、先代がこの銭湯を買い取って営業を始めた。長年手入れしながら使い続けている。
昭和35年、先代がこの銭湯を買い取って営業を始めた。長年手入れしながら使い続けている。

 「昔の姿を残したまま続いているのがすごいと思いました。唐津を『いいまち』だと思えるようになった理由や、後に鳩麦荘の建物を選んだ理由にもつながるのですが、いいもの、古いものだからとわざわざ残されたものではなく、昔から脈々と続いて、当たり前にそこにあるものが好きなんです」

平成8年以来、入浴料は280円。「気軽に使ってほしくて、値上げしなかった」と羊子さん。
平成8年以来、入浴料は280円。「気軽に使ってほしくて、値上げしなかった」と羊子さん。

 『恵びす湯』の入浴料は平成8年以来、据え置きで280円(洗髪料は別途50円)だ。「あるとき『設備が壊れて、修理費がむようだったら廃業するかも』と銭湯のお母さん(銭湯の経営者)から聞きました。そのときに、『当たり前にあると思っていたものがなくなるかもしれない』という危機感を覚えました。何かできないかと考えたときに、経験から出てきたのが、お客さんを紹介できるゲストハウスを経営すること。ゲストハウスのお客さんが近くの銭湯に行くことは普通なんです」。こうして鳩麦荘は産声を上げた。

大家さんの家族が建て継ぎをしながら住み続けてきた家が『鳩麦荘』に。
大家さんの家族が建て継ぎをしながら住み続けてきた家が『鳩麦荘』に。

暮らしを感じながら、まちを歩いてほしい。

 『恵びす湯』を義理の娘の里美さんとともに経営する島﨑羊子さんは、「お客さんが高齢化して減ってきたので、畳むのもそう遠くないと思っていましたが、鳩麦荘のお客さんが来てくれたり、メディアで取り上げられるようになってここも紹介され、お客さんの数が戻りつつあります。できるところまではやっていきたい」と語る。

 中島さんも、『恵びす湯』にとって逆に負担にならないよう「べったり」になりすぎず、「寄り添う」くらいの距離感でいる。その感覚は、まちに対しても、お客さんと接するときも持っている。

番台には島﨑羊子さん(手前)か里美さんが座る。ここで唐津の観光案内をすることも。
番台には島﨑羊子さん(手前)か里美さんが座る。ここで唐津の観光案内をすることも。

 中島さんは、鳩麦荘を訪れた人に、『恵びす湯』のほかにも唐津のおすすめのお店や場所を紹介することもある。その際にはガイドブックにあるような“正解”のコースは言わないようにしている。

 「エリアとしての説明をするくらいにとどめて、一つに絞らずにあえてたくさんの店を紹介したり、逆にお客さんが自分で探し出せる余地を残して、ほどよく突き放しています」

唐津市中心部には商店街もあり、洋服屋、飲食店などが並ぶ。
唐津市中心部には商店街もあり、洋服屋、飲食店などが並ぶ。

 その結果、「ちょっと失敗しちゃったな、行く店を間違えたな」ということがあってもいい。むしろそういう人のほうがその経験を「宿題」として持ち帰って、また唐津や鳩麦荘を訪れてくれるという。

『鳩麦荘』では、初めての宿泊者でもリピーターでも、夜、居間に人が集まって食事や飲み会が始まることが多い。唐津移住を考えている人が来たり、宿泊を経て移住をした人もいる。
『鳩麦荘』では、初めての宿泊者でもリピーターでも、夜、居間に人が集まって食事や飲み会が始まることが多い。唐津移住を考えている人が来たり、宿泊を経て移住をした人もいる。

 東京から移住し、今年から鳩麦荘に就職して働く、パートナーの夏井俊吾さんの視点も参考にしている。夏井さんは昨年5月、友人とともに偶然唐津を訪れたとき、鳩麦荘に泊まったことがきっかけで中島さんと知り合った。

 「ゆったりと流れる時間が気持ちよくて、せっかくだから1泊しようと思い、鳩麦荘を見つけました。唐津に住み始めたのは夏から。今は住人と旅人の間くらいの視点を持っています」と夏井さん。

唐津おすすめの店の一つ、創業60年の『みやこ食堂』。店のご主人の井手口清一さん(中央)とは、すっかり気心の知れた仲に。麺類、丼もの、洋食などのメニューが、なんと約50種類。
唐津おすすめの店の一つ、創業60年の『みやこ食堂』。店のご主人の井手口清一さん(中央)とは、すっかり気心の知れた仲に。麺類、丼もの、洋食などのメニューが、なんと約50種類。

 中島さんは、「唐津はコストパフォーマンスで測れないまち」と言う。「長い時間をかけて暮らしと観光が一体化したまちだから、スピーディで合理的な歩き方ではよさが伝わりきらない。暮らしを覗きながら手探りで歩いてみてほしいです。その結果、唐津の生活が垣間見える、昔ながらの食堂に辿り着いたりしてもおもしろいと思います」。

 「鳩麦荘の縁側で寝転んで、ビールを飲みながら風景を眺めて午後を過ごしてしまったというような、贅沢な時間の使い方もおすすめです」とは夏井さんの言葉だ。

自分の飲食したいものを持ってきて置いていくゲストも多い。「勝手なシェアリングエコノミー」と中島さんは呼んでいる。
自分の飲食したいものを持ってきて置いていくゲストも多い。「勝手なシェアリングエコノミー」と中島さんは呼んでいる。

気軽に入り込める、「勝手口」でありたい。

 中島さんはほかにも、地域のFMラジオのパーソナリティを務めたり、本好きが高じて、恵びす湯のそばのアパートの一室に、喫茶スペース付き予約制書店『よしみ荘12号室』を開いたりしている。多忙ではあるが、「肩肘張らず、無理をしない」を大切にする。

『恵びす湯』の近くにある、カフェ併設の小さな書店『よしみ荘12号室』。予約時のみのオープン。家具は廃校になった小学校のものをもらった。
『恵びす湯』の近くにある、カフェ併設の小さな書店『よしみ荘12号室』。予約時のみのオープン。家具は廃校になった小学校のものをもらった。

 「自分たち自身がハッピーにやりたいので、生活の延長線上にあることが大事だと思っています。鳩麦荘でもあえて企画してのイベントなどはほとんど行っていないです。近所の人から魚をもらうことがあれば共有スペースで振る舞うときもあるし、自分たちが温泉に行くときにお客さんを誘うこともある。自分たちの日々の生活に、お客さんにちょっと参加してもらっている感じで、その時次第です。ゲスト目線が欠けているとは思いますが(笑)、そのぶん唐津の生活の一部に触れることができます」

 鳩麦荘にはリピーターが多いが、無理をせず生活に加われるこんな関係性が「また帰りたい」という気持ちにつながるのかもしれない。

 常連のお客さんが鳩麦荘を指して言った「町の勝手口」という言葉を、中島さんは気に入っている。

 「玄関というとおこがましい(笑)。そこまで敷居が高くないし、私たちもかしこまっていませんから。飾らない唐津での生活に気軽に入り込んで、いいところを見つけてもらえるような、出入り口のような場所でありたいですね」

『唐津ゲストハウス鳩麦荘』オーナー・中島彩希さんの人が集まる場づくり3つのポイント

生活の延長線上にある。

 自分たちの普段の生活に加わってもらえるような場所にする。自分たちが無理しないことが、「帰りやすさ」にもつながる。

こちら側がまず楽しむ。

 自分がハッピーで、まわりもハッピーになれることをやる。ゲストの要望だからと楽しめないことをやっても後が続かない。

答えを絞らない。

 こちらが示したひとつの「答え」を得るだけでなく、何か「宿題」を残したり、お客さんが自分の感性で答えを探せるようにする。

人が集まって生まれたこと、変わったこと。

小さな起業支援が増えた。

 ここと関係があるかわからないが、行政の起業支援が手厚くなった気がする。

中島さんは、夏井さんとともに出かけていく人には「いってらっしゃい」、来る人には「おかえり」と声をかける。
中島さんは、夏井さんとともに出かけていく人には「いってらっしゃい」、来る人には「おかえり」と声をかける。

 

記事は雑誌ソトコト2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photogaphs by Yusuke Abe
text by Sumika Hayakawa