田中康夫と浅田彰
2020.03.07 UP

連載 | 田中康夫と浅田 彰の憂国呆談 season 2 憂国呆談 season 2 volume 117

PEOPLE

東京・足立区千住にある『本と酒 スナック明子』は、お酒を飲みながら本を読んだり、本について語り合ったりする不定期開店のスナック。
訪れた田中さん、浅田さんも棚の本を手に取り、目を通していた。
そして、新型肺炎やアメリカの政治状況など、さまざまな話題について論じ合い、日本の行く末を案じた。

新型コロナウィルスから、
iPS細胞と科学技術予算、
アメリカ大統領選挙、
ブレグジットまで。

新型コロナウィルスと肺炎の流行。パンデミックは防げるか?

浅田 今日は『センジュ出版』の吉満明子さんが運営する『本と酒 スナック明子』にお邪魔してる。店舗の2階を週に数回、夕方だけ間借りしてお酒を出してるそうで、棚に置かれた『センジュ出版』の本や、吉満さんが勧める本を1冊買えばそれがチャージ料となってお酒が飲めるとか。

田中 北千住周辺は東京藝術大学、東京電機大学と、いくつもキャンパスが出現して新たな学生街なんだね。デジタル時代の学生街に、活字の温もりの空間が根づいているのは希望だと思う。店内で読める書棚には、昔の『憂国呆談』の単行本も置かれていて、懐かしい気分になったよ。

浅田 さて、中国の湖北省武漢市で新型コロナウィルス(COVID−19)による肺炎が流行しはじめ、人口1100万人規模の武漢市を丸ごと交通封鎖する事態にまで陥ってる。それでも日本を含む各国に感染が広がってきた。致死率は2パーセント程度のようだけど、潜伏期間が長く、発症前でも他人に感染するってのが問題。エボラみたいに激烈だと感染者がすぐ動けなくなるから広がりにくい、その逆だね。

田中 パンデミック(Pandemic)は「すべて」を意味する「pan」と「人々」を意味する「demos」が合わさったギリシヤ語の「pandemia」が語源で、2002年から翌年にかけて広東省や香港で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年にロンドンで確認されたMERS(中東呼吸器症候群)が記憶に新しい。古くは黒死病と呼ばれた14世紀のペスト、また、第一次世界大戦末期にアメリカから世界に広がって5億人が感染し、1億人近い死者を記録したスペイン風邪と、世界的に幾度かパンデミックを経験している。

 以前に広東省の広州を訪れた時、オオサンショウウオやヘビだけでなく、ワニやネズミまで売っていた。その場でサルを殺して脳みそを食べちゃうんだからハイリスク極まりないよね。

浅田 今回のウィルスはコウモリ由来らしいけど、いろんな動物の籠が積み上げられた市場でコウモリの糞が落ちたりすると、ほかの動物も汚染されるしね。

 去年の12月には人間への感染が報告され、警告する声もあったのに(警告した医師の一人は感染して死んだ)、武漢市人民政府と共産党はそれを隠蔽した──いま中央はそう言って地方に責任を押しつける一方、武漢を封鎖するって荒療治に出てる。「Too Little, Too Late」って言葉があるけど、今回は「Too Late, Too Much」っていうか、遅くなってから極端なことをやってる感じ。

 まあ、事ここに至っては人権なんて言ってられないってことだろうけど、特定の集団、たとえば武漢の住民や武漢と縁のある人を隔離すると決めたら、そういう人たちが地下に潜っちゃうんで逆効果。

田中 国家主席の習近平体制のびとならぬよう、李克強首相が陣頭指揮する形で武漢に813病床の『火神山医院』、1300病床の『雷神山医院』を10日間の突貫工事で完成させた。それはそれで恐るべきダイナミズムだ。

浅田 確かに危機感の証しだろうね。実際、扱いを間違えれば、国民の不満が噴き上がりかねない。本当は、地方が中央の顔色を見るんじゃなく、市民の生命と権利を重視して動く体制にするのが、防疫のためにも一番いいんだけど……。日本ではこれを機に、憲法改正と絡めて緊急事態に対応する権力を政府に与えるべきだって議論が出てきてる。とんでもないよ。

田中 「中国ガー」と見下す「愛国者」は、日本の対応の後手後手ぶりが全世界で報じられてしまった現実こそ、真剣に考えるべきだ。1879年の検疫停船規則を引き継ぐ1951年施行の古めかしい検疫法を根拠に「水際対策」と称し、乗客2666人、乗務員1045人の計3711人を『ダイヤモンド・プリンセス号』の船内に幽閉し続けた「逆・ロシアンルーレット」は、「復興五輪」とは名ばかりな「#Tokyoインパール2020」の迷走ともシンクロして、前時代的対応の日本を印象づけ、を煮やした米国に続いて、カナダと香港、オーストラリアも「自国民」を日本政府から奪還。

 しかも日本発着向けに『三菱重工業長崎造船所』で2004年に建造された今回のクルーズ船は、「ディーラーがエスコートするテーブルゲームと多彩な種類のスロットマシン」の船内カジノをホームページで大々的に謳っている。山下ふ頭に計画するカジノを巡って横浜市政がてんやわんやの大黒ふ頭に着岸した船内の感染者が2月17日の段階で454人を超えてしまうとは嘆かわしい。

 AFP通信の日本語ホームページに動画入りで紹介されている、中国から戻った179人をマルセイユ近郊の海辺の保養施設に隔離したフランス政府の対応には舌を巻いた。医師・看護師・心理学者の20人のチームに30人の赤十字スタッフ。物資補給は国家憲兵隊が担当。マスクさえすれば隔離者は自由に庭園を散策したり、テニスを楽しめたりする。幼児の図工教室も開設され、食事も充実している。年金問題で窮地に陥っているエマニュエル・マクロン政権だけど、このあたりの「人権感覚」はフランスならでは。

 と、ツイートしたら、日本とは人数が一桁違うと“脊髄反射”してきた“痛い人”がいたけど、政府チャーターのANA第1便で帰国して千葉県勝浦市の『勝浦ホテル三日月』に2週間、宿泊した人数は176人。フランスよりも少ない人数なのに、相部屋を求められた人もいたとは言葉を失う。ロジスティックスという兵站の大切さを、牟田口廉也中将のインパール作戦の悲劇から何も学んでいない。

 武漢を出発前、成田到着時の検査に同意するサインすら求めぬ一方、航空運賃8万円分を支払う誓約書だけは用意されていたのにも呆れた。行うべき優先順位が違うだろ。結果的には政府が全額負担することになったけど、4年前から武漢便をデイリー運航してきたANAのホームページには事前座席指定も可能でエコノミー片道2万9220円と明記されていたのが航空オタクの間で話題となった。年間広告宣伝費に113億円も投じる2兆円企業のANAは、困ったときはお互いさまと政府に申し出たなら、全国民から拍手喝采だったのに残念だ。全日本空輸ANA第2代社長の岡崎嘉平太は、日中覚書貿易事務所代表としても周恩来と親交を深め、彼がいたからこそ田中角栄は日中国交回復に漕ぎ着けたんだよ。泉下で二人は嘆いていると思う。

 懸念するジョン・コーツIOC副会長に「日本には梅雨という、ウィルスをやっつける最高の季節がある」と胸を張った東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会評議委員会議長という長い肩書の川淵三郎の“神風感”にも絶句だよ。

iPS細胞備蓄の予算が打ち切りに?

浅田 iPS細胞からつくった心臓細胞をシート状にして、心不全の患者の弱った心臓に貼り付けて機能を回復させるって手術を大阪大学が治験として行ってて、けっこう順調そう。シャーレで細胞シートが脈打ってる映像はちょっとすごいよ。

田中 京都大学ではiPS細胞からつくった細胞をパーキンソン病患者の脳に移植して機能回復を目指す治験が行われている。批判を恐れず申し上げれば、治験とは「人体実験」にほかならぬけど、治療法の確立を一日千秋の想いで待ち望んでいる本人や親族が同意するなら積極的に挑戦すべき。

浅田 なのに、iPS細胞の備蓄を支援する政府の資金が、2022年まで出ることになってたのが打ち切られそうになった話はひどいね。しかも、『週刊文春』によると、京都までそれを伝えに行った和泉洋人首相補佐官は大坪寛子厚労省審議官(和泉が室長を務める内閣官房健康・医療戦略推進本部の次長でもある)と不倫旅行を楽しんだとか。山中伸弥のノーベル賞受賞を機にiPS細胞だけに予算を集中したのは見直すべきだとしても、そこで必要なのは他分野の予算を増やすことであって、この分野の予算を減らすことじゃない。山中を偶像視はしないものの、あれだけの業績を上げたのに、研究資金の獲得に奔走して、大阪万博のプレゼンテーションにまで駆り出されてる姿を見ると、気の毒に思うよ。

田中 まったくだ。おまけに和泉・大坪「失楽園」カップルはミャンマー、インド、中国、フィリピンと2018年度の4回の海外出張でコネクティングルームでコネクトしていたと(爆笑)。その「コネクト大坪」が新型肺炎のスポークスパーソンってどういうこと? 国立感染症研究所出身の医師なのに機能してない痛い専門家。

 心ある霞が関官僚は心が折れちゃってるよ。信賞必罰で、湖北省と武漢市のトップを更迭した中国のほうがマトモに見えてしまうオリンピック・イヤー2020。その中国は、人工知能や量子コンピューター、再生医療といった先端技術10分野のうち9分野で特許出願の首位。特許の質では上位100位の中の64を米国企業が押さえていて、日本は置いてきぼり。もはや、技術大国は幻想でしかない。

浅田 中国と対抗したいんだったら科学技術予算を増やすべきなんで、iPS細胞以外の生命科学にも、ほかの科学にも、どんどん出さなきゃ。

田中 かつては英領北ローデシアだったアフリカ南部のザンビアの無医村に診療所をつくろうと、ボランティア活動に取り組んでいる秋田大学医学部の宮地貴士さんによると、ザンビアには600社を超える中国企業が拠点を構え、在留中国人も10万人を超えるらしいけど、そのザンビアから中国の大学機関への留学生は4000人以上。中国が学費を負担して医学部を出た多くのザンビア人が地域医療に携わっていると。

浅田 キューバだって優秀な医師を育てて世界に派遣してきたからね。マイケル・ムーア監督が『シッコ』でアメリカはキューバに助けを求めるべきだって言うくらい。

田中 日本が受け入れている留学生はアフリカ全体からでも2000人台前半。彼我の差は大きい。ところが昨年の夏に53か国が参加して横浜で開催されたTICAD(アフリカ開発会議)で、安倍晋三首相は「財政事情の悪い国に債務管理の専門家を派遣する」と演説した。その日本は社会保障や財政の持続性が不安視されてるんだからブラックジョークみたいな話だ(苦笑)。

 それで思い出したのは、日本ペンクラブ会長だった阿刀田高が長野県庁のガラス張り知事室を訪れた際、「日本ではペンクラブはリベラルっぽいイメージで、第三世界も当然そうなのだろうと思っていたら違う。みんなフルブライト奨学金でアメリカに留学して、アフリカへ帰国後に文化大臣を務める詩人や作家はアメリカの代弁者なんだよ」と語ってくれた。それと同じ戦略の現在の中国。ここでも日本は空回りしている。

トランプ再選へ?アメリカ政治の迷走。

浅田 ドナルド・トランプ米大統領がウクライナ大統領に自分の政敵ジョー・バイデン前・副大統領の息子の不正の捜査を求め、やらないならロシアの脅威に対するウクライナへの軍事援助を保留するって脅した件で、下院は弾劾を可決したものの、上院が無罪と認めて終わった。リチャード・ニクソン大統領が弾劾されかかったときは録音テープがあったし、ビル・クリントン大統領が女性インターンとの性関係の隠蔽で弾劾されたときは体液のついたドレスがあったのに対し、今回はまだ物的証拠が提出されてない。しかし、下院で政府や軍の複数の高官が証言したし、ジョン・ボルトン前・大統領補佐官も証言するって言ってたのに、上院は証言すらさせず、ミット・ロムニーを除く共和党上院議員全員が無罪の評決を下した。それどころか、評決前日の一般教書演説では、共和党の両院議員が「あと4年!」のコールでトランプ再選を求める前代未聞の光景が展開される始末。「GOP(グランド・オールド・パーティ)」だったはずの共和党が、実は心の狭いポピュリスト政党になり果ててたわけだ。

 こうなるのはわかってたから、ナンシー・ペロシ下院議長をはじめとする民主党指導部は、弾劾に乗り気じゃなかった。あまりにひどい行状が明らかになって弾劾せざるをえなくなったってとこかな。そのペロシも、一般教書演説のコピーをトランプから渡されて握手を求めたのにトランプが応じなかったら、演説終了後にコピーを破り捨ててたけどね(笑)。

 それより問題なのは、前日に行われた民主党予備選挙の第1弾であるアイオワ州党員集会。集計のため、慌ただしく導入したスマートフォンのアプリの不具合で、一応の結果が出るまで4日もかかるたらく。1位のピート・ブティジェッジはマッキンゼーのコンサルタントも務めた中道派で、情報将校としてアフガニスタンに従軍もしたインディアナ州サウスベント市長。ゲイだけどマイノリティの権利を声高に語ることはない。ただ、若すぎるし、4位のバイデンほど党員一般に親しまれてない。他方、僅差で2位につけ、続くニューハンプシャー州では1位につけたバーニー・サンダース上院議員やアイオワでは3位だったエリザベス・ウォレン上院議員は左派で、格差が問題なんだからタイムリーだとは思うけど、中道派じゃないと本選挙に勝てないって声は強い。

 だからこそトランプは中道派のバイデンを警戒してたわけで、開票をめぐる混乱や開票結果を見てほくそ笑んでるだろうね。弾劾より選挙で勝つのがいいには違いないんだけど、状況は楽観を許さない。

田中 ニューハンプシャーでは中道派のエイミー・クロブシャー上院議員が事前予想を大きく上回って3位。ここでもバイデンは5位に終わった。経済・金融情報を扱うブルームバーグの創設者マイケル・ブルームバーグも参戦して14州で予備選が行われる3月3日のスーパーチューズデーの行方は、我々は祈祷師じゃないので予測不可能だけど(苦笑)、ここでもバイデンが不調だと撤退もあり得る。

 全米の世論調査で浮上してきているブルームバーグは、環境保護と大気汚染対策を掲げてニューヨーク市長時代は地下鉄通勤を売り物にした人物。投資証券会社ソロモン・ブラザーズの共同経営者を解雇されて1981年に起業した彼は、2001年のニューヨーク市長選にはルドルフ・ジュリアーニの後釜として共和党から出馬してるんだよね。その直前まで民主党員だったらしい。このあたりが機を見るに敏な彼はいまひとつ信用できないと言われる理由で、市長を3期務めた後、CEOとしてブルームバーグに復帰。しかも2016年の大統領選に色気を示した彼は、2018年には何と再び民主党員となり、今回もスーパーチューズデーから参戦という異例ずくめ。

 この経歴だけ聞くと胡散臭いと思われがちだけど、同性婚や中絶を容認し、死刑廃止論者で銃規制賛成の中道派。考えてみればトランプも、2008年にヒラリー・クリントンが大統領選に出馬した際には多額の献金を行い、「彼女は才能に満ちあふれ、極めて聡明だ」と述べていたんだからね(苦笑)。ビリオネアの大金持ち同士が戦うのも、意外とありかもしれない。

ブレグジットとメグジット。王室・皇室の未来は?

浅田 国民投票から3年半も経って、とうとうイギリスがEUから離脱した。「古き良き大英帝国に戻りたい」って不可能な幻想を追って、あらゆる意味で愚かな決断をしたわけだ。その幻想を煽った保守党のボリス・ジョンソン首相は、まずはEUと新たな貿易協定を結ぶって難題に始まって、これから厳しい現実と直面することになる。他方、労働党のジェレミー・コービン党首は最終段階で再度の国民投票を提案したけど、時すでに遅し、退陣に追い込まれたのも仕方ない。いろんな意味でアメリカと似た状況だね。

田中 ブレグジット(EU離脱)は、大英帝国の「終わりの終わり」の始まり以外の何ものでもないとわかっているイギリスの若者層の支持を集めきれなかったコービンの不甲斐なさは、日本の野党指導層と二重写しだ。他方で、EUのワン・オブ・ゼムだなんてジョンブル魂の名が廃ると思い込んでる中高齢者は、その昔の学生運動家のなれの果ての団塊世代が嫌韓・嫌中の『月刊Hanada』や『月刊WiLL』を愛読して、「ニッポン凄いゾ論」に酔いしれているのと似ているね。百害あって一利なしだと見抜いているエリザベス2世は、94歳を迎える4月21日に、英国を愛すればこそ、遺言代わりに「ブレグジット一喝宣言」をすべきかもしれない。いや、冗談でなく本当に。

浅田 このブレグジットとほぼ同時に起こったのがメグジット(メーガン妃の英国王室離脱)。アフリカ系アメリカ人を父にもつメーガン妃に対する人種差別を含んだマスメディアの報道にうんざりしたヘンリー王子が、イギリス王室から離脱した。母のダイアナ妃がパパラッチに追われて事故死した記憶も影響してるんだろうな。公務はやらないけど王室ブランドで商売して「経済的に自立」したいってのは虫がよすぎる。でも、いまのような情報社会で王室のような制度を維持するのは無理があるのも確か。日本の皇室だって同じことで、眞子内親王と小室圭もうらやましく見てるんじゃないかな。

田中 上皇・明仁、上皇后・美智子のお二方の心労・心痛や、いかばかりか。同情を禁じ得ない。

記事は雑誌ソトコト2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kentaro Matsui

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田中康夫

たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。