谷口京
2020.03.18 UP

連載 | 写真で見る日本 | 9 旅の果て、頂の向こうへ 谷口 京×長野県茅野市

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 登山を始めて15年が経つ。これまで、国内外のさまざまな山に登ったけれど、最も通ったのは八ヶ岳連峰。長野県と山梨県にまたがる山域だ。そして僕のこの山々へのアプローチは、美濃戸、桜平、麦草峠など、主稜への登山口が集まる長野県茅野市からが多い。

 八ヶ岳は、主峰・赤岳(2899メートル)を最高峰に、南北30キロメートルに連なる山々の総称。地元の民話によれば、かつて八ヶ岳は富士山よりも標高が高かった。しかし、背比べに負けた富士山に蹴飛ばされ、八つの峰に分かれたという。地質学的にも、約10万年前までは八ヶ岳のほうが高かったことが分かっていて、幾度もの噴火と浸食を経て現在の姿になった。有史以前の地球の営みが民話となり、現代に語り継がれてきたことは、この山と人との関わりの深さを表しているのだろう。茅野の山麓にある棚畑遺跡からは「縄文のビーナス」と呼ばれるやかな女神像が出土していて、国宝にもなっている。八ヶ岳には、人の美意識や想像力を掻き立てる、不思議な力があるのかもしれない。

旅の果て、頂の向こうへ

 山に登り出したのは、6年間の海外での活動を終え、東京に拠点を移したのがきっかけだった。カメラを手に世界各地を巡るうちに、日本の自然美と文化の豊かさに気づかされたのだ。また、ニューヨーク在住時に世界同時多発テロを目の当たりにしたことも大きい。それまでの世界観や人生観、死生観を揺さぶられた体験は、立ち止まり、自分を見つめ直すきっかけとなった。

 自然はすべての人に平等だ。どんな富豪や権力者も、自然には太刀打ちできず、地位や名誉や肩書も、意味を持たない。東京からアクセスもよい八ヶ岳は、下界のノイズから離れ、自分と向き合うには絶好のフィールドだった。苔むす森、噴火口、山上湖、断崖絶壁の頂に至るまで、その山容は変化に富み、大陸的なおおらかさと荒々しさを併せ持つ、特有の包容力がある。山域のさまざまなトレイルを歩きながら、自然の機微や神秘、そして、山に登る人々のひたむきな姿に心を動かされ、シャッターを切るうちに、生きる力や感性が研ぎ澄まされるのを感じていた。東京郊外で育ち、故郷と呼べる場所を持たぬ自分にとって、いつしか八ヶ岳は、いつでも還れる場所、心のふるさとのような存在になっていた。

旅の果て、頂の向こうへ

 時は流れ、人生は、旅から暮らしへとシフトした。幼い子どももいる今は、以前のように、ヒマラヤはおろか、勝手気ままに山に行くこともできなくなった。けれども、晴れた休日には、家族で近所の森やトレイルを歩いている。子どもたちの後ろ姿を追い、写真を撮る時間は、このうえなく幸せなひとときだ。子どもたちがもう少し大きくなったら、一緒に八ヶ岳の森を歩き、いずれは頂に登りたいと思っている。その日を夢見て、僕は今日も、山に想いを巡らせる。

記事は雑誌ソトコト2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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谷口 京

たにぐち・けい
写真家、十文字学園女子大学非常勤講師。日大芸術学部を卒業後、渡米。ニューヨークを拠点に世界を巡り、2004年に帰国。人物、自然、ランドスケープを中心に、雑誌、企業・公共広告、Webなどさまざまメディアで活動するかたわら、アフガン復興支援や環境保護など、社会的活動にも積極的に参加。その活動の場は多岐に渡る。