富山県射水市
2020.03.19 UP

富山県に移り住んで10年。「場」を拠点にまちの価値を高める、明石さん夫妻の思うこと。

LOCAL

明石博之さん・あおいさん夫妻が、東京から富山市へと移住した2010年5月から、今年でちょうど10年が経つ。
その間、ふたりは「通う人」から「向かい入れる側」まで、関係人口のさまざまなグラデーションを体験。ふたりの10年、そしてふたりが考える「関係人口」とは?

 富山県射水市新湊の内川地区に暮らす明石博之さん・あおいさん夫妻は、地域とのつながりを求める人や、移住を夢見る人にとって、憧れの存在だ。ふたりはそれぞれに会社を経営していて、博之さんは場づくり、まちづくり事業をプロデュースする『グリーンノートレーベル』の、あおいさんは編集やデザインを主軸にまちづくりを行う『ワールドリー・デザイン』の代表をそれぞれ務めている。

左/明石博之さん 『グリーンノートレーベル』代表。右/明石あおいさん 『ワールドリー・デザイン』代表
左/明石博之さん 『グリーンノートレーベル』代表。右/明石あおいさん 『ワールドリー・デザイン』代表

 仕事場は、古民家を改築したオフィス『ma.ba.lab.』。2013年には、古民家カフェ『uchikawa 六角堂』(以下、六角堂)を、昨年5月には水辺の民家ホテル『カモメとウミネコ』をオープン。これらの企画・運営のほか、内川地区(以下、内川)のスモールオフィスやバーなどの場づくりの手伝いもふたりとその仲間たちで手掛けてきた。

明石さん夫妻のオフィス『ma.ba.lab.』。古民家カフェ『uchika wa 六角堂』の次に、博之さんが手掛けた。
明石さん夫妻のオフィス『ma.ba.lab.』。古民家カフェ『uchikawa 六角堂』の次に、博之さんが手掛けた。

 ふたりは思い描いた目標を着実に達成して、夢を叶えてきたかのように輝いて見える。しかしながら「10年前、自分たちがこうなっているとは想像してなかった」と博之さん、あおいさんはあっけらかんと笑う。

あおいさんの会社『ワールドリー・デザイン』では現在7名の社員が働く。
あおいさんの会社『ワールドリー・デザイン』では現在7名の社員が働く。

漠然と抱いていた、地域のプレイヤーになる未来。

 そんなふたりの地域に根ざしたプレイヤーとしての始まりは、内川との出合いがきっかけだった。緩くカーブした小さな川に沿って木造家屋が並ぶこの町の風景を初めて目にしたとき、あおいさんは「こんな場所があるなんて」とハートを撃ち抜かれて、すぐさま博之さんへ報告。すぐにふたりで町を歩いた。のちに『六角堂』となる、空き家と出合ったときは「雷に打たれたかのように、ここをどうにかしなくちゃ」と思ったのだという。

水辺の民家ホテル『カモメとウミネコ』のリビングは、川に面した開放的なスペースだ。
水辺の民家ホテル『カモメとウミネコ』のリビングは、川に面した開放的なスペースだ。

 もともと東京のまちづくり会社でコンサルタントとして働いていたふたりは、「どこかの地域に根を下ろし、プレイヤーになりたい」という思いが熟成していた。絵に描いたような田舎暮らしに対する憧れもあったので、移住先には畑があるといいななどとぼんやり思っていた。

 いろいろな候補地があったが、ひとまずあおいさんの実家がある富山県で暮らしてみることにして、県内の15市町村に移住の政策などを尋ねるも、分厚い観光パンフレットが何冊も届くばかり。「あの当時、観光と移住って分かれていなくて、住民以外は観光客とくくられることがほとんどでした。発信していることも、お祭りやイベント情報がメインだけど、私たちが知りたいのは365分の1の特別な日のことではなく、365分の364の日常のこと。そういう情報の整理をして、発信する人が必要なんだなと思いました」というあおいさんは、1年間の期限付きで富山県の定住コンシェルジュとして働くことに。前職と自分たちの経験を活かして、移住受け入れ側の整備を行っていた。内川の町と出合い、恋に落ちたのも職務で地域を回っていたときのこと。富山市へ移住してから2か月にも満たない時期だった。

明石さん夫妻自身の自宅にするためリノベーション中の町家。
明石さん夫妻自身の自宅にするためリノベーション中の町家。

自分の視点で町に入っていくということ。

 このときに惚れ込んだ建物が、『六角堂』としてオープンするまで3年近くかかったのは、大家さんへの説得もさることながら資金調達の難しさもあった。銀行に融資を求めると1回目はほぼ門前払いだったが、当時富山にはあまりなかったオーガニックな食材へのこだわりと、熱意によってなんとか2000万円調達。リノベーションをして開店すると、マスコミにも取り上げられ、確実に人の流れが変わった手応えがあった。

 とはいえ、この当時もまだ富山市内にある自宅から通っていたため、「観光地に遊びにきている感覚」だったと博之さん。しかも、内川と関わった約3年前から、300軒近い古民家が壊されて、好きな景色がどんどん変わるのを目の当たりにしていた。『六角堂』が軌道に乗れば、古民家改修の新しい動きが出ると予測していたのに、なにも変わらない歯がゆさもあった。

 「だったら自分が2番目の点になればいい」と思いたったのは、あおいさんだった。自分たちのオフィスをつくるべく、博之さんへ依頼。オフィス『ma.ba.lab.』が完成した2016年、自宅も内川の近くへと移した。自宅も事務所も内川になったことで、決定的に変わったのが滞在時間だ。町の人たちと話す機会が増えたことで、いろいろな相談事が舞い込んできた。

「富山の白エビを世界の人々に知ってほしい!」という野望をもつ漁師のグループ「富山湾しろえび倶楽部」の野口和宏さんと打合せするあおいさん。
「富山の白エビを世界の人々に知ってほしい!」という野望をもつ漁師のグループ「富山湾しろえび倶楽部」の野口和宏さんと打合せするあおいさん。

 あおいさんはといえば、定住コンシェルジュを終えた後に、自身の会社『ワールドリー・デザイン』を設立。もともとは編集やデザインをするつもりはなかったけれど、地域の歴史、生活文化、風習などを見つけて感動していたものの、誰もそれを残し、伝えている人がいないことに気づいた。「それならば私がやるしかない」と思い、編集・デザインを主軸にしながら地域ならではのよさを伝える会社を設立。大切にしていることは、ただ編集してアーカイブするのではなく、それらを生活で使えるようにすることで、「簡単にできる郷土料理レシピ」などを手掛けてきた。

民間や行政などの依頼で『ワールドリー・デザイン』が制作した印刷物の数々。
民間や行政などの依頼で『ワールドリー・デザイン』が制作した印刷物の数々。

 そんなあおいさんの元に、「結婚式の衣装のパンフレット制作をお願いしたい」と相談に来た貸衣装屋の川口貴巳さんから、「実は拠点を持ちたい。『六角堂』みたいな場所にしたい」と聞き、博之さんにバトンタッチ。2017年7月、『おきがえ処KIPPO』のプロデューサーを通して、博之さんは「自分の経験が人の役に立つ」ことを認識。町の活性化につながる「場」をプロデュースするイメージをつかみ、その後の多くの事例へとつながっていった。

 実はそれまでの数年間、博之さんは焦っていたという。富山県に移住したにもかかわらず、仕事はほぼ県外のこと。この場所に根ざしたいという思いで来たのに、地元の仕事もなく、自分の町がここだともまだ思えない。「数年間はすごくアウェイ感があって、もしかしたら東京に戻るのかというイメージもちらついていました」と振り返る。

 そんな博之さんは、現在は100パーセント富山県内だけの仕事を行っているというから驚きだ。自分が地に足をつけて『六角堂』という場所を運営していること、場をプロデュースする人が求められていたことなどその理由はいろいろあるが、博之さん自身が富山県外の仕事を意識的に断っていたことも大きいという。「喉から手が出るくらいやりたい仕事もありました。でも、それをやってしまうと県内100パーセントから遠いてしまう。県内だけでは食べられないクリエイターが多くいるのも知っているので、やればできるという事例をつくりたかったんです」。

『カモメとウミネコ』の対岸から声をかける、明石さん夫妻。絶妙な距離感が魅力的な町だ。
『カモメとウミネコ』の対岸から声をかける、明石さん夫妻。絶妙な距離感が魅力的な町だ。

境界線にいるからわかることがある。

 そんな活動を通してか、仕事や、プライベートで二人を頼る友人・知人も含め、これまで多くの移住希望者たちの物件探しから、移住に関わってきた。側から見れば関係人口を次々と迎え入れているけれど、ふたりは「自分がこの町の人間と言い切れるほどにはまだ思えず、参加させてもらっている感覚は常にあります」という。

 そして、「多分、僕たちは境界線があいまいなところにずっといて、移住者の気持ちもわかり、地元の人の気持ちもわかる。その境界がどんどん広がっていて、時と場合に応じて、期待される役割を想像し、対応しているんだと思います」と分析する。

 関係人口にグラデーションがあるように、迎え入れる側もグラデーションのなかを揺れ動きながら、ご縁があった人との関係を深めていく。とはいえ、ひとりが一度に関係をもてる人数は限られている。そんなときに、「町にふわふわと漂う多様性みたいなもの」を大切にしながら場をつくる、明石さん夫妻のような人たちが増えていけば、さまざまな色に満ちた居心地のよい場が増えていくのだろう。

明石さん夫妻と巡る、内川散歩。

 古民家や古い町並みが残る内川地区はぶらぶら歩いてもおもしろい。明石さん夫妻と関係する店や物件を見て回る、“誌上散歩”へ出掛けよう。

uchikawa 六角堂

木製の窓枠がノスタルジックを誘う。内川の町並みを見渡すお気に入りの座席。
木製の窓枠がノスタルジックを誘う。内川の町並みを見渡すお気に入りの座席。

オーガニックコーヒー&サンドイッチのお店。

 かつて畳屋だった築70年の角地にある六角形の木造住宅をリノベーション。こだわりのカフェへと生まれ変わり、内川の町歩きの拠点として遠方からも多くの人が訪れる。

水辺の民家ホテルカモメとウミネコ

すべてにおいて快適さを追求した設備と空間づくり。案内してくれたのは、同ホテルマネージャー・西田芽以さん。
すべてにおいて快適さを追求した設備と空間づくり。

朝から夜まで、一日中、内川のよさを体験できるホテル。

 元・漁師の町家を、一軒貸し切りの宿泊施設に。定員2名の「カモメ」と4名の「ウミネコ」。大きな窓からは内川の風景が広がり、緩やかに町とつながっている感じが心地よい。

おきがえ処 KIPPO

2016年に川沿いにオープン。着物のレンタルは3000円から。
2016年に川沿いにオープン。着物のレンタルは3000円から。

レトロな着物に着替えて、内川をぶらぶら散歩。

 アンティークな着物を来て町を歩くイベントを定期的に行ってきた、川口貴巳さんの「拠点」。木造りが心地よい内装で、中庭からも内川の風景が見える造りに。

気まぐれ食堂 トラトネコ

気まぐれ食堂 トラトネコ

地元の人も、観光客も一緒になって食べる定食屋。

 大阪府のホテルや、石川県金沢市の中華料理店で働いていたご主人と、新湊生まれの奥様が、念願かなって内川に昨年8月にオープン。虎は肉好き、ネコは魚好きをイメージしてメニューを考えている。

この日の「猫の気まぐれ丼」は、炙りサーモン丼。
この日の「猫の気まぐれ丼」は、炙りサーモン丼。

野村屋

3代目店主、野村英隆さんと話しているうちに、いつのまにか「ところであのパッケージどうする?」打ち合わせが始まる。
3代目店主、野村英隆さんと話しているうちに、いつのまにか「ところであのパッケージどうする?」打ち合わせが始まる。

創業53年、つきたてのお餅と伝統&創作スイーツがおいしい。

 「最初に内川へ来たときに、こちらのお菓子と出合ってすぐにファンになりました」というあおいさん。通っているうちに、パッケージやポスターなどのお手伝いをするように。

野村屋

BRIDGE BAR

カウンターや川沿いのテーブル席など、客席は何層かに分かれているため、いろいろな人が集える造りになっている。
カウンターや川沿いのテーブル席など、客席は何層かに分かれているため、いろいろな人が集える造りになっている。

隠れ家でむ、オーセンティックバー。

 東京で20年間くらしたハワイ生まれのスティーブン・ナイトさんが内川に一目惚れ。川沿いの古民家を『グリーンノートレーベル』にリノベーションしてもらい、夢だったバーを2018年12月にオープン。

BRIDGE BAR

明石さん夫妻の関わる富山県内の「場」。

COMSYOKU

『大阪屋』というスーパーマーケットの2階にある。会費は月1万5000円。
『大阪屋』というスーパーマーケットの2階にある。会費は月1万5000円。

 博之さんがコワーキングスペースの立ち上げを依頼され、プロデュース&運営に関わっている、高岡市にある北陸最大級のコワーキングスペース。金沢からもやってくる人も多く、この場所だからこその出会いも多い。

ヨガなどのイベントも実施。
ヨガなどのイベントも実施。

喜代多旅館

喜代多旅館

 富山市の繁華街の入口にある築70年の老舗旅館の「場」づくりをプロデュース。古い建物でも快適に過ごせるよう、共用スペースの快適さにこだわり、キッチンやラウンジになどに力を入れ、クールでモダンな空間にした。

和室のほか、車椅子でも使いやすいユニバーサルルームもある。
和室のほか、車椅子でも使いやすいユニバーサルルームもある。

『ワールドリー・デザイン』代表・明石あおいさんに聞きました。

Q:関係人口が増えると、地域はどう変わる?

A:町の温度が上がる。

 新しいことが始まることで、町の“界隈性”とともに、わくわく、どきどきとするものが増え、みんなの楽しみを広げ、気持ちを豊かにしてくれます。

『グリーンノートレーベル』代表・明石博之さんに聞きました。

Q:関係人口を増やすコツは?

A:言い訳を提供する。

 訪ねる場がないと関係はつくられません。カフェ、イベント、マルシェなど、人が町にやって来ることができる「言い訳」をいろいろつくっておきます。

記者の目

関係人口の現場を取材して。

 内川という町にとことん惚れ込み、目をキラキラ輝かせながら、その気持ちを町の人に伝える明石さん夫妻。場づくり、まちづくりのプロである以上に、心を開いて町の人と接して、関係を深めていくことの大切さを実感しました。

記事は雑誌ソトコト2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Yuki Inui
text by Kaya Okada