DNAのシャッフリング
2020.03.24 UP

連載 | 福岡伸一の生命浮遊 | 92 DNAのシャッフリング

DIVERSITY

 同じ父親と母親から生まれているのに、どうして兄弟姉妹でここまで容姿や性格が違うのか、なんてことがよく言われることがある。しかしそれは精子と卵子にDNAの情報がどのように分配されるかを知れば、違っていて当然のことだと納得できる。

 精子(もしくは卵子)は、それぞれを形成するもとの細胞が分裂してつくり出されるのだが、そのとき、親が持っているDNA情報が半分に分けられて配される。もとの細胞に100あった情報は50と50に分割されて精子に受け渡される。もとの細胞に100あったDNA情報はそもそもは父方からきた50の情報と母方からきた50の情報が合体したものである。これが次の世代をつくる生殖細胞(精子、もしくは卵子)が形成される際、再び半分に分かれて配されることになるが、ここに有性生殖(子孫をつくるのにオスとメスが存在する生殖方法)の存在理由がある。

 生殖細胞がつくられるとき、父方からきた50と母方からきた50が、そのままもとどおり、50と50に2分割されるのではなく、50と50が合わさってできた100のカードは、トランプのようにランダムにシャッフリングされたあと、再び50と50に分けられるのである。だから新たにできた50の中の一部は父方由来、一部は母方由来のものになる。そしてシャッフリングはひとつひとつの精子ができるごとに、卵子ができるごとにその都度行われる。それゆえ、二つとして同じ情報内容の精子はなく、同じ情報内容の卵子も出現しえない(ヒトの実際のDNA情報量は、50枚のカードどころか、遺伝子の数でいえば二万数千枚、DNAの情報量で30億塩基もあるので、父母からきた2組のDNAが、シャッフリングされて再分配されると、確率的に二つとして同じ手持ちのカードにはならない)。

 そのようにしてできた異なる情報内容をもった数億個の精子のうちたったひとつが、異なる情報内容をもつ数十万個の卵子のうちのひとつと結びついて受精卵ができる(1回の射精に含まれる精子は数億個、卵巣からはあらかじめ準備された数万個の卵子から1回の排卵でひとつの卵子がランダムに放出される)。それゆえに、同じ父、同じ母をもつ兄弟姉妹とはいえ、同じ組み合わせの情報内容をもつ精子と卵子から発生することは原理的にありえないのだ。

 これが有性生殖の生物にバリエーションを生み出す原動力になる。オスとメスが存在し、わざわざ面倒なプロセスを経てそれぞれがパートナーを見つけ出し、そこからまた面倒なプロセスを経てセックスし、ようやく受精卵ができる。なぜこんなにも回りくどい生殖方法を採用せねばならなかったのか。微生物のように単に細胞分裂することで増えるほうがどんなにか簡単なことか。それはそのとおりである。しかし単に細胞分裂するだけでは、もとのDNAがコピーされて分配されるだけなので、この方法では偶然、遺伝子の一部が書き換わるような突然変化を待つ以外に、遺伝子のバリエーションを生み出すことができない。しかも遺伝子の突然変異はまれにしか起こり得ないし、突然変異はランダムな方向にしか起こらないので、環境に対して有利になるような変化をもたらすとは限らない。

 有性生殖、つまりオスとメスという性をつくり、これが出合わないと次世代がつくれない方法ではその手続きは面倒ながら、常にDNAをシャッフリングすることができるので、DNA上に起こる突然変異を待つことなく、いつも異なる遺伝子(先のたとえではトランプのカード)の順列組み合わせをつくり出すことができる。トランプそのものが書き換わらなくとも(つまり突然変異が起こらなくとも)、手持ちの札のパターンを変えることができる。それはときには“ロイヤルストレートフラッシュ”になったり“フルハウス”になったりする。

 ただし、このポーカーのたとえは正確ではない。カードの順列組み合わせがどのような意味を持つのかは、トランプのようにその数字や絵柄だけによって決まるのではなく、常にそれが環境に対してどのように適合するかによって決まる。つまり、生命が有性生殖を編み出したのは、それだけ変化を生み出すことが重要だったからである。進化の歴史とは、強いもの、優れたものが生き残ったのではなく、変化できた生物が生き残ったのだ。

記事は雑誌ソトコト2018年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・福岡伸一
collage by Koji Takeshima

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福岡伸一

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。