かんずり
2020.03.30 UP

連載 | 発酵文化人類学 | 29 気候変動と発酵の関係

FOOD

 ヨーロッパの猛暑やオーストラリアの大規模な山火事など、ここ一年、地球上で気候変動による非常事態が頻発している。日本も例外ではなく、年始に山形県に行ったらなんと! まったく雪が積もっていない。僕の専門とする発酵は、その土地の風土から生まれたもの。異常気象の影響をもろに受けてしまうものなのだな。

標高が高くなるブドウ畑

 僕の住む山梨県の家は、標高800メートルほどの山の中にある。ここ数年、我が家の近くに相次いでブドウ畑やワイナリーが造られた。これまでこの地域では、ワイン用のブドウ栽培の限界は標高600〜650メートルとされてきたのだが、じわじわとその上限が上がってきている。理由としては、栽培知識が豊かになって、従来の型にとらわれないブドウづくりへのチャレンジが目立つようになってきたこともある。しかし大きいのは気候変動だろう。ブドウはある暑い時季の寒暖差が大事で、湿度が高過ぎると病気になってしまう。なので、冷涼な高地の、日差しの強い斜面を目指してブドウ畑が開拓されていくことになる。

 かくいう僕も、我が家の敷地でデラウェアというブドウを育てている。苗を植える時に近所のおじさんが見物に来て「お前はブドウのこと、わかってねえな!」と笑われるかと思いきや、「懐かしいねえ。ここは50年前、デラウェアの畑だったんだ」と言うではないか! このブドウは冬の寒さにめちゃ強く、雪をかぶっても春には元気に芽を出す。今ではほとんど廃れてしまった高地のブドウ栽培が、また復活するのかもしれない。

寒さのなくなる弊害

 今年の暖冬は各地の醸造家を困惑させている。新潟県の豪雪地帯・妙高市の、唐辛子を雪に晒して漬け込む発酵調味料「かんずり」の現場からは「雪が積もらないので雪晒しができない!」と悲鳴が上がり(結局年始にそれなりに積雪があったそうだが)、酒造りの現場では「温度管理のやり方がわからない!」と泣きが入る事態に。伝統的な酒造りは「寒造り」といって、冬の寒い時季にを仕込み、仕込みタンクを温めて微生物の動きをコントロールしていく。かつて冷房設備がなかった時代、熱いものを冷ますよりも、冷たいものをピンポイントで温めるほうがラクだったんだね。ところが夏のような冬が来てしまうと、せっかくの寒造りのメリットが台無しに。古い蔵はたいてい空調設備がないので、温度管理の手間は大変なことになる。

 気候変動の影響は広範囲に及んでいる。獲れる魚の量と種類が変わると、魚介を使ったおすしや調味料の製造に影響が出る。気温が上がると雑菌の働きも活発になり、腐敗のリスクも高まる。このあいだも滋賀県でふなずしを漬けている知人から、「いつもと同じように漬けているのに、最近は出来上がりの味が臭くなる」という話を聞いた。微生物は、人間よりもはるかに温度や湿度、風向きなどの自然条件に敏感だ。ふなずしの発酵菌たちは、漬け込む人間よりも、「あれ、最近なんだかおかしくない?」と困惑しているはずだ。

 変化に適応するための知恵をつけることも大事だが、何よりも破滅的な気候変動を食い止める意識と実践が必要だ。“マクロ”(地球規模)な課題に対しては、“ミクロ”(微生物視点)のアクションが有効なのではないかと発酵デザイナーは思うよ。

記事は雑誌ソトコト2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・イラスト●小倉ヒラク

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。