さとうみかを
2020.03.27 UP

連載 | こといづ | 65 ひきつぐ

DIVERSITY

 「おうい、スエさん、ちょいと休もうかい」。茅葺き職人の育弥くんがススで真っ黒になった顔で呼びかける。「ほおい! いっぺん下におりよ」、さらに真っ黒なスエさんが屋根裏からにょきっと現れた。ここに越してから改築を繰り返してきたけれど、いよいよ母屋の屋根裏を使える空間にしようと、最後の大工事がはじまったのだ。屋根裏にあった大量の茅を、茅葺き職人たちが手際よく運び出してゆく。友達として見ていた彼らの姿とはまるで違って、息のあった一切無駄のない働きぶりに、こんな人たちが日本におって本当に頼もしいなあと惚れ惚れする。一匹狼のなんでもできる72歳のスエさんも、久しぶりに若い職人たちに囲まれて嬉しそうだ。「わしはな、若い頃、奈良のほうにも呼ばれて出とったんやで。その頃は左官ばっかりやっとったけれど、お寺やら屋敷やら、朝から晩まで働いた。親方は言葉では教えてくれへんから、やってることをじっと見て覚えるしかなかった。壁塗りをやってると、横では家を建てる大工が働いてる。電気屋も水道屋もおる。そういう人のやってるのをじっと見聞きしてるうちに、わしもいろいろできるようになってしもた」。左官はもちろん、家を建てたり、川から水を引いたり、山にあるものをそのまま使って椅子をつくったり。一人でなんでもできるので、村の人からいろいろと頼まれるけれど、そのアイデアがいつも豊かで驚かされる。例えば、壁にちょっとした飾り棚をつけたいとき、普通だったらL字の金具で固定する。スエさんは裏山に入っていって、ちょうどよい形の丈夫な枝を探してきて、そこらに捨て置かれた古い板などと組み合わせて、あっという間に素敵な棚を作ってしまう。素材も手順も何も隠されていない剥き出しの仕上がりなので、どうやって作ったのか、見れば見るほどよく伝わってくるのだけれど、ゼロからこれを思いつけといわれると、さっぱりわからない。誰でも思いつきそうなのに、自分も同じようにやってみると、うう、なるほど……、これはすごい! と舌を巻いてしまうのが、僕の好みにぴったりなのだ。僕もそんなピアノが弾きたい。

 いま住んでいる家には母屋と離れがあって、この集落ではひときわ大きな佇まいだ。もともと住んでいた方たちは、谷間のわずかな平地を幾つも幾つも整えて米づくりをしながら、山の木を切り出したり、蚕を飼って糸を紡いで織物もしていたらしい。僕たちが毎日汗でぐしょぐしょになりながら草刈りをして「広過ぎる」と思いながら管理している範囲よりも、もっと広大な土地を使って暮らしていたらしく、景色もずいぶん違ったのだろう。たくさんの男衆が住み込みで働きに来たり、ハマちゃんたち、村の娘さんがたも大勢、かったんかったん、織物をしていたのだから。僕はその場所を音楽スタジオとして使っているけれど、ふとした瞬間に当時の賑わいが笑い声と共に横切ってゆく。畑に立つ時も、田んぼに立つ時も、昔の人の面影がそこここにあって、あの時のあの土地をこうやって使っておるのかと、よいことが起こると一緒に喜んでくれている気がする。

 日本中がそうだったように、この立派な母屋の茅葺き屋根も数十年前に「手入れが大変」ということでトタン屋根が上から被せられた(銀歯のようなものか)。昔はそこら中に生えていた茅草を刈っては干し、刈っては干し、それを何十年も続けて大量に貯め込み、村人総出で屋根を葺き替えた。そんな風に大事に残されていた屋根裏の茅たちを見て「これは綺麗な状態やで。まだまだ使えるからね」と育弥くんたちが取りに来てくれたのだけれど、これが出しても出しても終わらない。ようやく茅を全部出したと思ったら、今度は、ススまみれの、ススまみれの竹をひたすら出していく。何度も祈願したのだろう、おふだも大量に出てきた。確かにこの家にたくさんの暮らしがあったのだ。腸の掃除をするみたいに、宿便をすっかり出し切った。ふと屋根を見上げると、もくもく、どよどよぉと黒いスス埃が立ち上っている。家に巨大なバケモノが乗っかっていたのが、いよいよ引き剥がされていくみたいだ。「いやあ、悪いもんはひとつもなかったけれど、やっぱりあたらしい人が入って来たんやもん。入れ替えな、な。ここに住んではった先代の人たちも喜んではると思うよ。家が軽なったって」、育弥くんがニカッと笑った。その夜、確かにすっきり身軽になった母屋を月の明かりで見ていると、屋根裏のあたりをひとつ、ふたつ、光が遊んでいる。「やっぱり来はったなあ」、今まで見た、いっとう一番美しい蛍たちだった。空っぽになった家に何かあたらしいものが入って来るんやろうな、疲れ切ってぐっすりと眠った。

 「おばあちゃんになって、すっかり飼うのが難しくなったみたい。よかったらもらってくれへんやろうか?」、妻がずっと鶏を飼いたがっていたところに、烏骨鶏はどうかと連絡が入った。早速、鶏小屋をこしらえて、おばあちゃんの家に鶏たちを迎えに行った。「可愛がってたんですけれどね、がえろうなってしもて。もろうてくれたら嬉しいわあ」。こけっ、こけぇここここ。白い、ふわふわした生き物が8羽、我が家にやってきた。なんだろう、周りを見渡してみると、あれもこれも、誰かから引き継いだものばかりだ。自分の考えですら、手癖ですら、誰かから、何かから引き継いだものばかりだ。自分の生は何に引き継がれてゆくのだろう。

記事は雑誌ソトコト2017年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・高木正勝
絵・さとうみかを

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高木正勝

たかぎ・まさかつ
音楽家/映像作家。1979年生まれ、京都府出身、兵庫県在住。長く親しんでいるピアノで奏でた音楽、世界を旅しながら撮影した“動く絵画”のような映像、両方を手掛ける。細田守監督最新作『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽などコラボレーションも多数。2018年11月、この連載をまとめた初の著書『こといづ』を木楽舎より上梓。 www.takagimasakatsu.com