寺子屋
2020.04.01 UP

釈迦の生誕地・ルンビニで開く「寺子屋」。子どもから運営側まで、大きな変化をもたらしています。

DIVERSITY

『日本ユネスコ協会連盟』は、基本的人権として、誰もが教育の機会を得て、
公平に学べる場をつくる「世界寺子屋運動」を世界各国で進めています。
その運動のなかで、ネパールでの実践を3号連続で紹介してきた本レポート。
最終回は釈迦の生誕地として知られるルンビニでの取り組みと成果を紹介します。

 ネパール・ルンビニの玄関口であるバイラワという町にあるのは、ゴータマ・ブッダ空港。日本の地方空港とは比較にならないほど小さな空港だ。カトマンズからは南西に約190キロ、30分ほどのフライトで到着する。ルンビニは、自動車やバイクで混雑し大気汚染がひどいカトマンズとは違い、のどかな農村地帯が広がっている。空港から車で10分も走ればインドとの国境に着く。

ゴータマ・ブッダ空港。近くでは国際空港の建設が進んでいる。
ゴータマ・ブッダ空港。近くでは国際空港の建設が進んでいる。

 ルンビニは、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)が紀元前623年に生まれた場所として知られており、仏教の聖地として熱心な仏教徒が巡礼に訪れる。スリランカやタイ、韓国などからの巡礼者が多い。ルンビニでは、東京都庁舎や国立代々木競技場などの設計で有名な建築家・丹下健三の「マスタープラン」をもとに聖園(ルンビニ・ガーデン)の整備が進められており、1997年に世界遺産に登録されている。園内には、チベットやミャンマーなどさまざまな国の寺院が建てられている。

 聖園に入ると、釈迦の生誕が記された石碑のあるマヤデビ寺院やアショーカ王が建立した石柱、釈迦が産湯を使ったとされるプスカリニ池などを見ることができる。経典が書かれた五色の旗「タルチョ」がたなびく菩提樹の下では、オレンジや赤の袈裟を着た僧侶や白装束をまとった巡礼者が読経をしている。

マヤデビ寺院が見える菩提樹の下で読経をする僧侶や巡礼者。
マヤデビ寺院が見える菩提樹の下で読経をする僧侶や巡礼者。

 ルンビニから車で1時間ほど走るとティラウラコットという場所があり、釈迦が29歳で出家するまで住んでいたとされるカピラ城跡がある。日本やイギリスの大学を中心に遺跡の発掘調査が続けられている。

イスラム教徒のための小学校クラスも開講。

 インドとの国境に近いルンビニでは、カトマンズと比べて識字率が低い。そのため、「世界寺子屋運動」では、ルンビニでも「寺子屋」の建物や識字の先生の家、村の民家を活用して大人の女性のための識字クラスを行っている。生徒のなかには子どもを連れてクラスに来る女性たちもめずらしくない。

年齢に関係なく、学ぶ意欲の高い女性がクラスに参加している。
年齢に関係なく、学ぶ意欲の高い女性がクラスに参加している。

 ルンビニを含む南部の平原地帯では、学校に通っていない子どもの数も多い。「世界寺子屋運動」では、これまでに小学校に通ったことのない被差別カーストである「ダリット」の子どもや、学校を中途退学した児童・生徒を対象に3年間の小学校クラスも実施してきた。多くは10歳から14歳くらいの子どもで、初めて学校に通う児童・生徒も多い。クラスでは、ネパール語、英語、算数、社会、理科の5教科を学び、3年間の授業修了後のテスト結果によって公立の中学校、または小学校高学年に編入することができる。

ダリットの子どもたちが多く通う小学校クラス。
ダリットの子どもたちが多く通う小学校クラス。

 ダリットとは、ネパールに根強く残るカースト制度のなかで司祭や王族・武人などの職業階層の最下層、「不可触民」として差別されてきた人びとである。カースト制度が1963年に法律で廃止された現在でも、ダリットの人びとは農村部を中心に教育や結婚、就労などで社会的、経済的に疎外され続けている。

 ルンビニは仏教の聖地でありながら、イスラム教徒が多い地域だ。街中では「マドラサ」(イスラム教の学校)や礼拝をする「マスジッド」(モスク)をはじめ、全身を覆う服(ニブカ)を着た女性を見かけることも多い。「世界寺子屋運動」ではイスラム教徒のための小学校クラスも行ってきた。イスラム教徒の学校であるマドラサのカリキュラムでは、コーランなど宗教的なクラスはあってもネパール語や英語などが十分でないためだ。

幼稚園クラスでは、「おやつ」も提供される。
幼稚園クラスでは、「おやつ」も提供される。

 ルンビニの「寺子屋」では、授業を受けた人びとだけでなく、運営に携わった人びとにも大きな変化がもたらされた。ネパールで2017年に約20年ぶり行われた地方自治体の選挙でルンビニの「寺子屋」の運営委員の一人がルンビニ市長に当選した。彼の日頃の寺子屋を通じた地域への貢献が評価されてのことだ。ほかにも、地方議員に選出された「寺子屋」の運営委員や元学習者もいる。

地域の人びとがボランティアで「寺子屋」の運営に携わっている。
地域の人びとがボランティアで「寺子屋」の運営に携わっている。

 巡礼地として長い歴史を持ち、のんびりとした雰囲気が残るルンビニだが、現在大きな変化の途中にある。『アジア開発銀行』によるクリーンな交通手段プロジェクトや、中国企業が手掛ける国際空港の建設、新しいホテルなどの建設が進められている。ルンビニの風景も今後は大きく変わっていくかもしれない。

記事は雑誌ソトコト2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs & text by Tomoya Kamoshida

キーワード

鴨志田 智也

かもしだ・ともや
2008年に『公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟』に入職。これまでにアフガニスタン、インド、ネパール、ラオスおよびカンボジアの教育支援プロジェクト「世界寺子屋運動」に従事。また、これらの国のNGOや政府の担当者を日本や海外で研修する事業なども担当している。