マライエ・フォーゲルサング
2020.04.02 UP

連載 | SOTOKOTO mtu 人の森 | 100 「お弁当」の中へ精霊といっしょに入ってみる。イーティング・デザイナー マライエ・フォーゲルサング

FOOD

コミュニケーション・デザインの視点からお弁当をとらえる「BENTO おべんとう展」が、東京・上野の『東京都美術館』で開催されている。マライエ・フォーゲルサングさんは、お弁当の、ふだんは「見えない、触れられない」部分を再発見できる展示を行っている。お弁当がもつ可能性にまで広がる思いを聞いた。

食べ物ではなく、「食の経験」を

 現在、東京・上野にある『東京都美術館』で開催中の「BENTO おべんとう展—食べる・集う・つながるデザイン」(10月8日まで)。毎日のお昼ごはんから行楽弁当まで日本人の生活や文化に深く根付いたお弁当は、人とのつながりを深めるソーシャル・ツールでもある。「おべんとう展」は弁当の魅力をコミュニケーション・デザインの視点からとらえ、新たな気づきを得られる空間だ。

 出展作家の一人でオランダから招かれたイーティング・デザイナーのマライエ・フォーゲルサングさんは、この展覧会で「『お弁当の精霊』と一緒にお弁当の中に入り、ふだんは見ることや触ることのできない側面を考える」という参加体験型作品「intangible bento」を発表している。イーティング・デザインとは何か、そして、作品で伝えたいことについて話を聞いた。

BENTO おべんとう展—食べる・集う・つながるデザイン
BENTO おべんとう展—食べる・集う・つながるデザイン

ソトコト(以下S) イーティング・デザイナーとはどんな仕事なのでしょうか。

マライエ・フォーゲルサング(以下マライエ) 食べ物そのものを扱うフード・デザイナーと間違われることもありますが、私がデザインするのは「食の体験」です。さまざまな「食べるという行為」を通して、人は物理的・精神的にどんなふうに変化するのか、人と人の間にどんなコミュニケーションを生み出せるのかを模索しています。

S どういう経緯でイーティング・デザイナーになったのでしょうか?

マライエ 私はオランダの『デザイン・アカデミー・アイントホーフェン』という大学で、プロダクト・デザイナーになるために学んでいました。学びながら、どんな素材を自分のツールにすればいいのか探していましたが、同時にすでにたくさんのものがあふれている世の中で、これ以上何かをつくらなければいけないのかという疑問もありました。そんなとき、家の食材棚を開けて食べ物を目にしたら、ふと「食べ物をテーマにして、人間の体や心づくりにつなげられたら素敵なのでは?」と思いついたんです。

S イーティング・デザイナーとして、これまでどんなことを行ってきたのでしょうか。

マライエ たとえば以前、日本で行ったプロジェクトでは、たくさんの人を招待してちょっと変わったディナーを振る舞いました。あるお皿には大きな塊のお肉だけ、あるお皿には山盛りのマッシュポテトだけ、またあるお皿にはレタスだけ……というサーブをしたんです。すると、それまで「見知らぬ他人」だった人々が自然にシェアを始めて、なごやかなコミュニケーションが生まれました。また別のプロジェクトでは、「白い布で口以外の全身を覆った状態で、人に食べ物を食べさせる、食べさせてもらう」体験をしてもらったこともあります。顔だちや服装といった記号のない状態で、その行為がどういう意味を持つのか考えてもらうのが目的でした。

見ることや、触ることのない部分を五感で。

 今回の展覧会のテーマは「お弁当」で、日本独特の文化です。マライエさんの作品では、来場者は精霊がお弁当について語りかけてくれる音声ガイド器「精霊フォン」を持って、無数のリボンが縄のれんのように垂れ下がったブロックの中を歩き回ります。10種類のブロックがあって、それぞれ「記憶」「魚」「廃棄物」「お米」「未来の肉」などのテーマが設けられています。このアイデアはどうやって生み出したのでしょうか。

精霊の声を聞く「精霊フォン」。子ども向け、大人向けの2種類がある。
精霊フォン

マライエ 実はイーティング・デザインについて考えを深めていくきっかけのひとつとして、お弁当をはじめとする日本の食文化の存在がありました。お弁当は、きれいな箱に食べ物がきれいに並べられていて、お土産や贈り物にもなりますし、愛情も思い出も入っている。18歳の頃に日本食のことを知って、強く感動したのを覚えています。ですから、自分にとってお弁当は馴染みのあるものでした。日本では古代から「どんなものにも精霊(スピリット)が宿る」という考え方が浸透していることも学んでいたので、お弁当にも「お弁当の精霊(スピリット・オブ・ベントー)」がいるだろうと、今回の展示では、精霊と一緒にお弁当について考えられる展示にしました。お弁当そのもののことは日本人のみなさんのほうがよくご存じでしょうから、あえて普段気づかないことや、目には見えないものに光を当てようという思いもありました。

お弁当の精霊
お弁当の精霊

 「本来なら見ることや触ることのできないお弁当の側面」を表現したとのことですが、どんな側面でしょうか。

マライエ さまざまな「つながり」です。小さなお弁当でも、いろんな人の手が入り、思いが込められています。お弁当を食べる人とつくった人のつながりはもちろん、食材をつくる人、それを運ぶ人、ひいては食材そのものや、その食材を生み出す地球にもつながっていると、来場してくれた方に感じてほしいです。

 ブロックごとの展示にはどんな思いを込めたのですか。

マライエ 素材がお弁当に詰められるまで、どんなふうに育まれてきたか思いを馳せることができたり、食肉や魚の未来を身近なこととして考えられたりするような展示があります。新しい資源の可能性を提示したり、微生物(菌)など“悪者”として見なされることもあるものへの見方がきっと変わるブロックもあります。

記憶
記憶

 物理的、具体的なものだけでなく、精神的なつながりに気づかせてくれるブロックもありますね。

マライエ お弁当にまつわる記憶を参加者がそれぞれ残すことで時間をかけて完成していく、「お弁当の記憶のモニュメント」ともいえるブロックがあります。ブロックの中と外とで、人々がお互いの姿がわからなくてもコミュニケーションできるようにした展示は、子どもたちがとくに楽しんで遊んでくれるでしょう。

 大きな展示なので、迷ってしまいそうですが……。

マライエ いろいろな色のリボンをかき分け、文字どおり手探りしながら新しい発見をしてほしいので、あえて「道案内」はしていません。視覚だけでなく、嗅覚や触覚も活用できるようなデザインにしています。五感のアンテナを立て、お弁当の中にたっぷりと迷い込んでください。

食はシンプル。食を介せば、つながりやすい。

 小さなお弁当の、さらに小さな精霊の視点で、身近な関わりだけでなく、地球のことまで考えるというのは、今までにない体験になりそうですね。ですが、地球規模のこととなると、環境破壊や資源の枯渇に関わる問題など、少し暗い気持ちになってしまうテーマもあります。

廃棄物
廃棄物

マライエ もちろん楽観視できない問題ですが、私自身は人類を信頼していますので暗い気持ちにはなっていません。それに私はイーティング・デザイナーとして、現状を変えていくための視点を人々に提供したいと思っています。環境問題について触れるなかで、あえて明るい雰囲気にしなかったブロックもありますが、同時に解決案も提示して、悲観することだけで終わらせないように努めました。

 今後、イーティング・デザイナーとして発信したいことや、目指したいことはありますか。

マライエ 私が大学を卒業した2000年、つまりイーティング・デザイナーとして迷いながらも活動を始めた頃、この分野の“住人”は私だけでした。今は食料に関する問題がより可視化されてきたこともあって、フード・デザインではなくイーティング・デザインを考える人が増えていますし、私自身も『デザイン・アカデミー・アイントホーフェン』で、学部長として人材を育てる役目を担っています。いろいろな特技や能力を持つ人が増えればできることも広がりますし、彼らの力でこれまでにはつながらなかった立場や職業の人々、たとえば農家、政治家、子育て中のお母さんなどを積極的につなげていきたいとも考えています。そこで、オランダを中心に世界中のイーティング・デザイナーをつなぐネットワーク「DIFD(Dutch Institute  Food & Design)」を立ち上げました。ここを起点に、今までにできなかったグローバルで多様な活動を展開します。

 食べ物のいいところは、食べるという機能や行為はみんな同じで、とてもシンプルな点です。複雑な手順で無理に理解し合おうとしなくても、「みんな一緒」と実感できるシンプルなベースがあると、相手を尊重することも、違いを認めることもできます。「人々が本当につながっていく」ことを、食を通して次世代のイーティング・デザイナーとともに実現させたいです。

記事は雑誌ソトコト2018年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Yusuke Abe
text by Sumika Hayakawa

キーワード

マライエ・フォーゲルサング

1978年、オランダ・エンスヘデ出身。『デザイン・アカデミー・アイントホーフェン』卒業後、イーティング・デザインのパイオニアとして飲食、医療、教育などさまざまな分野で「食べる行為」にまつわるデザイン提案を行う。2014年より同大学のマン・アンド・フード学部学部長に就任。