情報シャッフリング
2020.04.07 UP

連載 | 福岡伸一の生命浮遊 | 92 情報シャッフリング

DIVERSITY

 精子がもたらす父方からのDNA情報量を50、卵子がもたらす母方からのDNA情報量を50、合わせて100の情報量が受精卵として合体して新しい生命がスタートする(正確にいえばX染色体とY染色体に情報量の差異があるのだが、これまた別の機会に述べることにしたい)。話を単純化するために、50という情報量を50枚のカードということにしよう。

 受精卵は精子から50枚のカードを、卵子から50枚のカードを受け取って100枚のカードをもつことになる。これが細胞の情報量の基本単位である。この100枚のカード、ちょうどトランプの札を2組もつようなものである(トランプは13×4=52だが、そこはご容赦)。どのカードも共に父方から1枚、母方から1枚、同一のカード(たとえばハートのエース)がワンペアずつあることになる。どちらもハートのエースだが、フォントやデザイン、裏地の模様などは父方からきたカードと母方からきたカードは微妙に異なっていて区別がつく。同じ情報がワンペアある、ということは細胞にとって重要なことである。いずれかが何らかの理由で傷ついたり、使えなくなったとしても一方のカードが正常であれば、情報をそこから読み出すことができるからだ。受精卵がもつ100枚のカードは、受精卵が細胞分裂を2倍、4倍、8倍、16倍と繰り返すごとに、コピーされて各細胞に100枚ずつ分配・継承されていく。

 このあと細胞が10回ほど分裂すると、受精卵は1024個の細胞のとなる(2の10乗=1024)。この段階で、細胞の塊は初期胚と呼ばれる状態になり、徐々に細胞の専門化が始まる。将来、皮膚や神経・脳になる細胞群、消化管や内臓になる細胞群、筋肉や血管になる細胞群、という具合に独自の道を進んでいく。これを細胞の分化という。細胞の分化が進むと、各細胞の姿形、機能はまったく異なったものになり、それぞれの細胞がつくり出すタンパク質も独自のものになる。しかし、各細胞が保持するDNAの情報量は基本的に不変である。つまり、最初にもらった100枚のカードを、どの細胞も大切にもっている。細胞の違いは、100枚のカードのうち、どの情報を利用するか(どの情報をタンパク質に変換するか)によって異なってくる。

 例外は、精子もしくは卵子が形成されるときである。細胞の分化が進むと、その中で次世代をつくるための生殖細胞、つまりオスなら精子、メスなら卵子になる細胞が現れる。このとき、もとの細胞がもっていた100枚のカードは、50枚、50枚に2分される。つまり2組もっていたトランプは、もとの1組ずつの枚数に半減されて、精子もしくは卵子に分配される。これがまた他所の個体に由来する精子もしくは卵子と合体して 100になる。

 さて、ここで重要なことが起きる。精子もしくは卵子が形成されるとき、100枚のカードは2分割されて50枚、50枚になるのだが、それは、もともと受精卵が受け継いだ父方、母方の50枚、50枚のカードとは内容が異なったものになっているのである。

 ゲームが終わるごとに、トランプはまとめられ、何度もシャッフリングしてごちゃ混ぜにされると同じように、細胞の内部で、DNA情報は常にシャッフリングされている。つまり、父方からきた50枚と母方からきた50枚は、いったん細胞の中で混ぜ合わされたあと、新しい精子(もしくは卵子)がつくられるとき、そのつど新たに2分割されて分配される。ワンペアあったハートのエースならそのうち1枚は、ひとつの精子に、もう1枚はもうひとつの精子にいく。スペードのエースならそのうち1枚は、ひとつの精子に、もう1枚はもうひとつの精子にいく。しかし、そのハートのエース、スペードのエースはもともと父方からきたものか、母方からきたものか、そのどちらからくるかは偶然に委ねられているのである。この混合こそが新たなバリエーションを生み出す原動力となるのである。生物がわざわざオスとメスをつくってめんどうな生殖方法を選んだ理由もここにある。

記事は雑誌ソトコト2018年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・福岡伸一
collage by Koji Takeshima

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福岡伸一

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。