田中佑典
2020.04.14 UP

連載 | SOTOKOTO mtu 人の森 | 96 アジアのおもしろいもの、幸せを運ぶ“天使” 田中佑典

PEOPLE

外から一歩引いた目線でそのおもしろさを見る。
そんな思いで台湾と日本を行き来し、コミュニティをつくる感覚で、両国のカルチャーをつなぐ発信をしたり、リトルプレスの発行をしている田中佑典さん。
アウトサイダーの視点を持ち続けるからこそ、新しいものが見えてくる田中佑典さんの次なる展開は?

似ているけれど、アウトプットが違う台湾と日本の関係性の中で。

 昨年12月、東京・蔵前にオープンした『台感』は、「日常に台湾を」をテーマに、台湾茶などを提供するとともに、台湾の旬のクリエイターやアーティストを紹介する台湾ティー&ギャラリー。

 この店をプロデュースしている田中佑典さんは、台湾と日本をつなぐ「台日系カルチャー」をテーマに、『離譜(LIP)』というリトルプレスを2011年から発行している。

 『離譜』とは中国語で「ありえない」、さらには「逸脱」の意味。文化とは、枠にはまらず常識や国境を軽々と超える人たちによって新しくつくられる。そんな存在になりたいと考える田中佑典さんは、あえてアウトサイダーとして身を置くことで、新しい関係性をつくり出そうとしている。その思いや目指すことを聞いた。

台日系カルチャーマガジン『離譜』。これまでの特集は「女子最強」「働き方」「空間」など。
台日系カルチャーマガジン『離譜』。これまでの特集は「女子最強」「働き方」「空間」など。

ソトコト(以下S) 『離譜』のテーマである「台日系カルチャー」。どんな思いを込めて、この言葉をつくったのでしょう?

田中佑典(以下田中)台湾人と日本人って、ものづくりや好きなカルチャーの方向性がかなり似ています。その一方で、アウトプットの方法が圧倒的に違っていて、日本だとブランドを一つつくるにもきちんと形にし、それから発表するので時間がかかるけど、台湾だと変に構えず、見切り発進する感じがします。お互いのいいところをかけ合わせれば、今まで見たことのない特別な世界を見ることができると思って、お互いの国でいいものを出し合いながら、おもしろいものをシェアしていきましょうと、「台日系カルチャー」の発信を始めたんです。

S 台湾人のような身軽さが日本人にあってもいい?

2011年、日本の東日本大震災直後に台湾へ。
2011年、日本の東日本大震災直後に台湾へ。

田中 僕が「台日系カルチャー」を言い出した11年当時と比べると、今は台湾に行く日本人が圧倒的に増えたのですが、その理由の一つに、日本人が自分たちのクリエイティブに疲れちゃったからじゃないかな? とも思っていて。日本のデザインって、1ミリもズレてはいけない、格好いいものが当たり前になっています。でも、実はそれってものすごく疲れるから、もっと人間くさいものを求めて、台湾が注目されている気もするんですよね。

カフェや店の中にいるときに感じた居心地のよさが「台日系カルチャー」の発信につながっていった。
カフェや店の中にいるときに感じた居心地のよさが「台日系カルチャー」の発信につながっていった。

S 田中さんのおもしろいところは、台湾で日本のメディアや企業のコーディネートの仕事などをしながら、台湾に住んでいないこと。それは意識的にですか?

田中 かなり意識的です。僕は「住めば都」って言葉があまり好きじゃないんです。今はどこでも暮らせる時代で、その中で台湾に住んでしまうと、恋愛と一緒で慣れた関係になって、扱いがひどくなるんじゃないかと思っていて。僕、福井から出てきて東京に12年間住んでいるんですけど、東京の扱いが雑で、行く店といえばチェーン店だったり、あまりこだわりのない生活なんです。それを台湾でしちゃだめだなと思って。

日本に台湾の空気感を伝えたいと思った。
日本に台湾の空気感を伝えたいと思った。

S 意識的に外に身を置いておくということですか?

田中 ホームをもたないアウェイの立場でカルチャーに触れたいのです。現地から「おもしろいよ」というよりも、旅行で行く日本人と同じ目線と感覚で紹介したほうが響くし、住まないほうがアンテナがビンビン立った状態でつき合える。台湾の『男子休日委員会』という創作ユニットが、京都市の左京区に特化してつくった『左京区男子休日』という本があるのですが、旅人ながらも生活日記のような目線で左京区を紹介していて、台湾で大きな共感を生みました。こうしたマレビト(民俗学者の折口信夫が唱えた、外からやって来る異邦人・稀人のこと)であり、外から中を見るアウトサイダーの目線が起爆剤になって、新しいものごとは生まれていく。そういう人たちの存在はこれから重要になると思っています。

「微住」で、「一期三会」の関係性をつくる。

S 田中さんは新たに「微住」という言葉をつくり、これからの台日間における交流のキーワードとして挙げています。

田中 最近、福井のインバウンド誘致の仕事を手伝っているんです。福井県は訪日外国人の訪問先として最下位クラスなんですが、来ている外国人としては台湾人が多い。だったら台湾人に向けて福井を紹介する本をつくりましょうということになり、そのメインテーマのために「微住」という言葉をつくったんです。台湾で発行されている日本を紹介する雑誌『秋刀魚』編集部の4人と、写真家の川島小鳥さん、僕とで福井に2週間「微住」をして、そのときの様子を『青花魚』という本にまとめました。これからの旅行って、観光地といった非日常の場へ行くのではなく、『左京区男子休日』の本のようにその国の生活に近いところへ行き、それを楽しむスタイルが増えていくと思います。福井でも、地元の人と交流しながらその土地でしか味わえない生活を体験してほしいと思って。

単行本『青花魚』は、台湾の『秋刀魚』編集部4名、写真家の川島小鳥さんと一緒に福井県に2週間「微住」をした様子をまとめた一冊。
単行本『青花魚』は、台湾の『秋刀魚』編集部4名、写真家の川島小鳥さんと一緒に福井県に2週間「微住」をした様子をまとめた一冊。

S 「微住」は新しい言葉ですが、これまで田中さんがやってきたことを言い表す言葉ですね。

田中 そう、僕の経験を含めて「微住」です。そこからさらに「一期三会」の関係をつくりましょうとも言っています。「微住」の定義の一つとして、2週間以上その場所に滞在することとしているのですが、地方ってどこでも3〜4日もいると、やることがなくなるんです。そこから何をするかというと、出会った人ともう一度会うようになる。人って、2回会うといい感じで距離が近くなって、そこで関係性が出来上がります。そして何が起きるかというと「また、来年会いましょう」。それが「一期三会」です。

一部全国書店と、https://lip.stores.jpで販売。
一部全国書店と、https://lip.stores.jpで販売。

S たしかに、そうすることで新しい関係がつくれますね。

田中 人を呼びたかったら「来て、来て」だけじゃダメだと思います。たとえば、台湾から来てくれた人と2度、3度と会い、仲良くなったら、じゃあ今度は自分たちが台湾へ行って「一期四会」にする。そんな出会いや関係のつくり方、おもしろさを『青花魚』で伝えたらな、と思っています。

S 日本人も台湾への「微住」を求める人が増えてきそうです。

田中 そうですね。そして、僕は台湾のマレビトを卒業しようと考えています。多くの人の関心が台湾へと向いた今、今度はもっとディープなアジアへ入っていこうかと考えています。

香港の街角で。これからは「アジアリンガル」の視点で、台湾だけでなく、アジアを舞台に活躍していく。
香港の街角で。これからは「アジアリンガル」の視点で、台湾だけでなく、アジアを舞台に活躍していく。

アジアの「辺境」、香港・台湾・韓国・日本をつなぐ「アジアリンガル」。

S マレビト目線はやめる?

田中 もう、マレビトではもの足りない。「アジアリンガル」として、僕自身がアジア微住を始めるんです。3〜4年後にはソウルや香港、バンコクなど、アジアのどこへ行っても現地の仲間がいて、例えば、「小商い」ができるような状態をつくりたい。もちろん軸足は台湾なんですけど。

S その思いはどこから?

田中 「台日系カルチャー」と言うとき、ほかのアジア地域を切り捨ていているような引っかかりがいつもありました。同じように、台湾人も日本だけを見ている人が増えました。台日系がぬるま湯に浸かった状態になっているので、そこに喝を入れようかなと(笑)。大阪で昨年、台湾と韓国の出版社も出展したアジアブックフェアが開催され、台湾側の出展のコーディネートをしました。台湾と韓国から計10組の出版社が来てくれて、僕は夜、みんなで盛り上がるのが楽しみで、少しですが韓国語の単語も覚えました。でも、蓋を開けてみたら、台湾と韓国の人が互いにあまり交流しようとしなかったんです。

昨年5月、台湾、韓国の出版社も出展して開催された「KITAKAGAYA FLEA 2017 SPRING & ASIA BOOK MARKET」。撮影:倉科直弘
昨年5月、台湾、韓国の出版社も出展して開催された「KITAKAGAYA FLEA 2017 SPRING & ASIA BOOK MARKET」。撮影:倉科直弘

S どうしてでしょう?

田中 台湾の人は、カルチャーに関して、韓国には負けないぞみたいな自負がある。でも、韓国って音楽も出版も最初に不景気になって、そこから復活した分、学べるものが多いんです。本屋もおもしろい店が多いし。でも、台湾人は興味を持とうとしなかったです。

撮影:倉科直弘
撮影:倉科直弘

S これから、田中さんはどんなアジアリンガルに?

田中 まずは大陸に対する「辺境」としての香港、台湾、韓国、日本をつなげられたらおもしろいなと思っています。台湾と香港は大陸に対して似たような感情をもっているのでわりと仲がいいんですけど、韓国とはあまりつながっていません。でも、辺境としての感覚は共有しているはずなのでつなげていきたい。僕は肩書を聞かれると、職業として「天使」って言っているんです。幸せになるもの、おもしろいものを運ぶ、つなぎ役になりたくて。

S 職業は「天使」!

田中 人と人をつなげたり、誰も知らないおもしろいものを伝えたり。そこに快感を覚えます。とはいえ、これまでと同じように、ストレートなものを紹介したいわけじゃありません。それぞれのカルチャーの中で遊んでいたいという思いがあります。それを、アジアリンガルとしてつなげて、遊んでいこうと思っています。

記事は雑誌ソトコト2018年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Hiroshi Ikeda
text by Kaya Okada

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田中佑典

たなか・ゆうすけ
職業・生活芸人。アウトサイダーの視点で、台湾と日本をつなぐ「台日系カルチャー」の発信を続けてきたが、その足場をアジア全体に拡大。自ら提唱する「微住(びじゅう)」とは一つの場所で2週間以上滞在してみること。観光以上、移住未満でアジアを俯瞰する。