太田章彦
2020.04.20 UP

連載 | SOTOKOTO mtu 人の森 | 93 日本海の隠岐諸島、島の「暮らし」を撮り続ける写真家。写真家/海士町観光協会職員 太田章彦

PEOPLE

島根県の離島・中ノ島の隠岐郡海士町でマルチワーカーとして働く、写真家の太田章彦さん。
現在、スナックを中心に、島の夜の風景を撮影した写真展「in the night」を大阪で開催中だ。
太田さんはなぜスナックに惹かれ、撮り続けているのか。
マルチワーカーとは、どんな働き方なのか。
そこには太田さんが島で見つけた「暮らし」が関わっていた。

地域に関わりつつ写真を撮りたくて、海士町に移住。

 島根県隠岐郡海士町は、人口約2400人、訪れるには島根半島の港からフェリーで数時間かかる離島の町だ。島外からの移住者を積極的に受け入れ、教育や地域産業に対し、さまざまな振興プロジェクトを推し進め、若い世代のIターンや学生のインターンが年々増えている。

 太田章彦さんは、海士町に移住して5年目の写真家だ。現在、個展「in the night」を、大阪市の『ビジュアルアーツ専門学校・大阪』内のギャラリーで開催中。スナックで撮影した作品を中心に、夜釣りや漁火など島の夜の風景を切り取った写真を展示している。

 写真家であると同時に、海士町観光協会の職員として「マルチワーカー」という働き方もしている太田さん。それは作品づくりとどのように影響を与え合っているのか、また、個展のテーマを決めた経緯や、個展をとおして伝えたいことは何か、話を聞いた。

ソトコト(以下S) 太田さんは写真家として定期的に個展やグループ展を開く一方、海士町観光協会の職員で「マルチワーカー」としても働いています。マルチワーカーとはどんな仕事ですか。

太田章彦(以下太田) 海士町は面積としては小さいものの、漁業、水産加工業、観光業、酒造業などいろんな産業があります。通年での雇用は難しいけれど、繁忙期は喉から手が出るほど人手がほしい業種が多く、だったらそれぞれの繁忙期に合わせて職場を替える働き方をしようというのがマルチワーカーです。春は岩牡蠣の出荷、夏は観光、秋は白イカの加工、冬は酒造関連の仕事がメインですね。観光協会から各現場に「人材派遣」される形です。

早朝の漁船で。漁もマルチワーカーの仕事場の一つ。だからこそ、撮影の際は、漁師の邪魔をせず、場の空気感を壊さずに撮影できる。
早朝の漁船で。漁もマルチワーカーの仕事場の一つ。だからこそ、撮影の際は、漁師の邪魔をせず、場の空気感を壊さずに撮影できる。

 写真家でありながら、そういった働き方をするようになった理由は?

太田 それは学生時代、写真を学び、迷走していた時期にさかのぼります。先生からは常に「写真を撮る理由」や、「自分にしか撮れない写真とは?」を問われ続けたのですが、答えを出せず、葛藤したまま卒業しました。ですが、あるとき「自分にしか撮れない=自分のルーツを撮ってみよう」と思いつき、祖父母のいる島根県浜田市に移住して、限界集落の撮影を始めました。地域の仕事をしながら制作した作品が、若手写真家を対象とする公募「ニコン ユーナ21」で入賞したこともあり、やっと、自分が目指すべき方向が見えてきました。

島の夜の海。この夜のもと、スナックで出会いが生まれる。
島の夜の海。この夜のもと、スナックで出会いが生まれる。

 その方向とは?

太田 僕にとって写真を撮ることは、「その土地での暮らし方を考えること」とイコールなんだとわかってきたんです。わかるにつれ、住む人や地域とさらに積極的に関わりながら写真を撮りたいと思うようになりました。そんなとき、移住者が教育、観光、一次産業などさまざまな仕事やプロジェクトに挑戦し、まちづくりに関わっている海士町のことを知りました。試しに行ってみると、すでにマルチワーカーという仕組みを観光協会が持っており、詳しく話を聞くことができました。その働き方は僕が目指す撮影にもつながるし、島の役にも立てそうだったので、海士町に住むと決め、マルチワーカーになったんです。5年前のことでした。

島では星がよく見える。
島では星がよく見える。

スナックは、島の豊かさを象徴する場所。

 写真家とマルチワーカーはどんな部分でつながるのでしょう?ふたつの仕事の両立の仕方や、それぞれの活かし方を教えていただけるでしょうか。

太田 島の暮らしを撮るのに、いくつもの仕事の現場で実際に働けることはとてもプラスになっています。現場のことを把握するとその場の流れを邪魔せず、暮らしに密着できる「やさしい」写真を撮れます。

 やさしい写真には、例えばどんなものがありますか?

太田 よく漁師の方たちを撮影させてもらうのですが、漁船に乗って漁の仕事をした経験を活かせています。どういう手順で何をするのかがわかるから、作業ごとにどこにいれば迷惑をかけず、それでいていいポジションで撮影ができるかを考えながら動ける。体験した現場が増えるほど、考えられる幅も広がりました。

 今回展示する写真も、そんなふうに地域に住む人々とともに実直に送ってきた暮らしを撮り続けたものの一部なのですね。島の夜の光景、とくにスナックをテーマにしたのはどうしてですか。スナックとは、海士町においてどんな意味のある場所なのでしょう?

スナックは学生インターンやIターン移住者など、島に来て日が浅い人も含め、みんなで楽しめる場所。
スナックは学生インターンやIターン移住者など、島に来て日が浅い人も含め、みんなで楽しめる場所。

太田 海士町には居酒屋やバーはありませんし、ほかに目立つ娯楽施設もありません。そんななかで、スナックはみんなで楽しくお酒を飲めて、社交場としても機能する数少ない娯楽の場です。僕も毎晩のように飲みに行っては、カラオケで歌い、お酒を飲みすぎて記憶を飛ばしながらひたすら写真を撮っています。楽しいとすぐにシャッターを切ってしまって、今回の個展の開催を打診された時点で、ざっと5000枚のスナックの写真のストックがありました。まさかそんなにあったとは、自分でも驚きました(笑)。「夜」全体をテーマにしたのは、店や娯楽の数は少なくても、島の夜はそこに住む人々によって素敵なところになっていると伝えたかったからです。澄んだ星空や幻想的な漁火など、美しい自然の夜景の中にスナックがあって、誰がどう見ても楽しそうに騒いでいる人々がいる。娯楽の多寡と関係なく、暮らしが豊かなんです。

見知らぬ客といっしょにカラオケでデュエットするのもいい。
見知らぬ客といっしょにカラオケでデュエットするのもいい。

 母校での個展開催ということに、何か思い入れはありますか。

太田 もちろんあります。あえてスナックを中心にしたのは、母校での開催だからというのも大きいです。学生時代の自分のように、何を撮ったらいいのかわからず悩んでいる学生に解決の糸口を見出してもらうことが、母校で個展を開く意義ではないかと。僕は学生の頃、いろんなことを考えすぎて、がんばらなくていいところでがんばっていました。今は日々の暮らしの中にこそ撮るべきおもしろいことがあるとわかって、がんばるところが明確になった。今、自分がしていることや見ているものをきちんと撮るだけで、作品は出来上がっていく。そういうメッセージを、海士町で5年間暮らした中で、豊かさを感じながらごく自然に5000枚にまで増えたスナックの写真を見ることでつかんでほしいんです。

「in the night」展に出品されている作品と展示会場。
「in the night」展に出品されている作品と展示会場。

楽しさ、にぎやかさと秘密めいた雰囲気、どちらも魅力。

 太田さんが海士町のスナックを心から愛しているのがわかります。太田さんが感じるスナックの魅力とは何ですか?

太田 そもそもお酒が好きだからスナックも好きだというのが、まずあります。それから、ほかにお酒を飲める店や施設がないものだから、島の人も外から来た人も、とにかくいろんな人がやって来る。ただ集まるだけでなく、最初は別々のグループだったのに気づくとみんなで合流していて、とっておきの宴会芸を披露し合っていたりすることもしょっちゅうです。海士町のスナックはそこにいる人がいつの間にかいろんな垣根を越えてしまう、不思議な場所。軒数が全部で6軒と少ないせいもあるかもしれません。そんなことをやっているうちに後々仕事でつながったり、新しいアイデアが生まれたりもする。僕の場合は、ママとの会話も楽しい。一人でも、行きつけの店にママと話をしに行くこともあります。

一人でカウンターで飲むのもいい。
一人でカウンターで飲むのもいい。

 どんなことを話すんですか。

太田 とくに中身がないのと、いつもたくさんお酒を飲むのとで、じつはあまり内容を覚えていないんです(笑)。きっと、あたりさわりのない町の噂話をしているんじゃないかなあ。でも、楽しかったという記憶だけはあって。ひとつひとつをちゃんと覚えていないのは、それだけ特別ではない、暮らしの延長線上にある時間だからかもしれませんね。

 生活の中のごく普通の、それでいて大切なひとときを撮った写真だからこそ、展示にあたって選定が難しかったのではないかと思います。これまで撮った5000枚の中から、展示写真はどんな基準で選んだのですか。

「in the night」展に出品されている作品と展示会場(下写真)。スナックは学生インターンやIターン移住者など、島に来て日が浅い人も含め、みんなで楽しめる場所。見知らぬ客といっしょにカラオケでデュエットするのもいいし、一人でカウンターで飲むのもいい。

太田 写真として美しいかどうかというのが、まず大前提です。それから、スナックのどこか秘密めいた空気が出ているもの。スナックってどこでもけっこう特殊な場所で、一見では入りづらい雰囲気がありますよね。それは海士町といえども同様で、でも、僕はスナックのそういうところが好きなんです。どことなく隠れ家っぽく、どんなににぎやかでもまだ何か秘密が残っているような写真を選びました。

 太田さんが海士町の暮らしから感じる豊かさの象徴のひとつ、スナックの写真は、これからも増え続けていくのでしょうね。

太田 毎日おもしろがっているうちに、増えているという意識のないまま、8000枚、1万枚と、とんでもないことになっていくのかもしれません……!

記事は雑誌ソトコト2018年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Akihiko Ota
text by Sumika Hayakawa

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太田 章彦

おおた・あきひこ
1989年、島根県松江市生まれ。2010年、『ビジュアルアーツ専門学校・大阪』卒業。同校の研究生となった後、12年、島根県浜田市弥栄町に移住。同年、限界集落をテーマに撮った作品で「ニコン ユーナ21」に入賞。13年、島根県・海士町に移住。写真家としてそこに住む人々や風景を撮影しながら、海士町観光協会のマルチワーカーとして島のさまざまな現場で働く。15年、「東京写真月間」に出展。そのほかにもさまざまな個展、グループ展で作品発表を続けている。