10代の恋は今日もせつない。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.2
2019.04.24 UP

10代の恋は今日もせつない。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.2

DIVERSITY

僕はいつも、なるべく自然に「ゲイなんです」と自己紹介するようにしている。それにはいくつか理由があるが、一番は男子たちの過度な興奮を誘わないためだ。はたして僕がスケベそうな顔をしているからなのか、世のスケベ男子人口たるやすごいものなのか分からないが(両方やわな)、多くの男子の意識が、僕がゲイだと分かった瞬間、すさまじいスピードでエロの方角に旅立ってしまう。初対面でさえニヤニヤと「え、チ◯ポに興奮すんの?」、みたいなことを聞かれることは少なくない……まぁ、するんですけど(笑)。もはや今の僕には、そんな質問を受けることもバカらしく、愛しい日常のワンシーンになっている。けど、こんな振り切ったノリで生きているLGBTの人って多くはないことを考えると、この実情はよくないなぁとも思う。「ちょっと、みんな、LGBT=エロとかじゃないからね!」と。何より、10代の若者のためにも、そう言いたい。

というのも、誰もが自分の初恋のことを思い出せば分かるのではなかろうか。中廊下、広がる校庭。10代の頃、世界は善くも悪くも圧倒的に鮮やかだった。彼らの恋は冬の朝みたいに澄んでいて、切ない。それは当然、LGBTであれ何であれそうだ。エロとLGBTをやたらと結びつけることは、彼らを傷つけることにつながっていると僕は思う。

今も僕は、好きだった人の校庭を走る姿とか、夏服を着た背中とか、黒板に書かれた名前とか、そういうのを思い出すことがある。彼に彼女ができた時は「おめでとう!」と元気に別れて、帰り道でこっそり泣いた。同窓会で再会した時には、胸の中で何枚もの扉がパタパタと開いて、ていねいに仕舞っていた記憶が、当時と全く同じにおいを放ったりもした。あ〜、好きだったなぁ! って。それを苦いビールで流し込む、みたいな。自分を例に出し恐縮だが、こういうのって「切ない」と呼んでいいんじゃないかと思う。もちろん僕は、彼の胸筋とかめちゃくちゃ見てたけど(笑)、でもそれは好きな子のおっぱいを見ちゃうのと同じようなもので、別にそれだけの話である。

同性が好きだと気づいた10代の中には、まだ幼い頃から自分の恋心に「変態」という言葉が宛てがわれることで、自分の恋愛は汚れたものだと思う子も少なくない。僕の周りには、大人になっても「自分の恋愛に価値はない」と思って生きているゲイやレズビアンの友達だっていて、もちろん制度的問題も背景にはあるけど、きっと若い頃の傷の深さも影響してるんじゃないかと思う。それこそ本当に切ないことだ。人を好きになる度に、自分に「自分って気持ち悪い」とラベルを貼る人がいる。そんな事実が普通にある世の中は、早くおさらばしたいものだ。

僕みたいな(LGBTとか関係なく)変態なやつでも、頑張る横顔を見て、さりげない優しさに触れて、楽しく笑い合って、人を好きになっていくわけで(そうなんだよ?)、それは10代の繊細な若者はもっとそうだ。だから今日はそう、「やっぱりみんな、その脳内エロ新幹線に飛び乗るの、やめとこ?」と言いたくなった。相手がLGBT当事者だと分かった時には、「どんな人がタイプなんだろうな?」とか「今、つき合ってる人はいるのかな?」とか、いわゆる普通の連想をする習慣をつけてほしい。もうみんな、恋バナの鈍行に乗ろう。弁当でも食いながらガタンゴトンいこう。それでも十分楽しいはずだし、それだけで救われる人が意外と結構いると思うから。どんな初恋も、甘く切ない。どうか、10代のLGBTの子たちが、もっともっと自分の恋を肯定できる社会になりますように。……そして、マジ、この原稿を当時好きだった彼が読みませんように(笑)。いやぁ、初恋って思い出しても、いいもんですね。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

本記事は雑誌ソトコト2017年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。