Walaiporn Phumirat/ワライポン・プミラット
2020.04.24 UP

連載 | SOTOKOTO mtu 人の森 | 91 アジアの若い世代が、これからの防災と地球環境を考える。 ワライポン・プミラット

PEOPLE

タイ北部の街・チェンライで、有機栽培のいちご農家として注目されている、ワライポン・プミラットさん。
「地元をよりよくしたい」と、生まれ育った地域で農業を始めたプミラットさんは、環境問題や、そこから引き起こされる災害にも関心を持ち、日本も含めたアジアの若者たちが防災について学び合う「HANDs! プロジェクト」に参加し、東北の被災地も巡った。
プミラットさんが学んだことを聞いた。

生まれ故郷の環境を守りたくて、有機農業を始めた。

 ワライポン・プミラットさんは、タイで注目されている若手農家の一人。「農薬なしで栽培するのは難しい」というイメージが強いいちごのオーガニック栽培を行い、その成果をSNSで発信したところ、有機農業や環境問題に関心を持つ人々から支持されるようになった。また、フリーランスの映像プロデューサーとして、タイの観光や環境について紹介するドキュメンタリー映像制作にたずさわる顔も持っている。

 もともと防災教育にも興味があったというプミラットさんは、2017年、日本の『国際交流基金アジアセンター』が実施する「HANDs!プロジェクト」に参加した。「HANDs! プロジェクト」はアジアの多様な業種の若者が、クリエイティブ、かつ持続可能な方法を用いた防災教育について学び合う人材育成プロジェクトで、14年から実施されている。今回は17年から18年にかけて、アジアの9か国から選抜された参加者たち26人が、日本を含む3か国を視察する。日本への訪問は、17年10月に行われた。

 参加者は災害の被災地や、防災に関する新しい試みを行う施設を訪れ、災害から獲得した知恵や、その地域ならではの防災についての取り組み、課題解決法などを学ぶ。帰国後は自国での実施を目的とする、防災についてのプランを提出することになっている。

 プミラットさんが「HANDs! プロジェクト」で得たこととは何か。その経験を、今後自国でどう活かしたいのか。日本視察の最終日に話を聞いた。

ワライポン・プミラット(左から2人目)●1985年、タイ・チェンライ生まれ。現在もチェンライ在住。オーガニックいちご農家、タイ国営放送局『PBS』のパブリックオーディエンス評議会会員。フリーランスのドキュメンタリー映像プロデューサーとしても活動。オンラインでのソーシャルキャンペーンなどを通し、有機農業の普及やタイ北部の環境問題解決に取り組むほか、国内外の防災教育にも関心を持つ。
ワライポン・プミラット(左から2人目)●1985年、タイ・チェンライ生まれ。現在もチェンライ在住。オーガニックいちご農家、タイ国営放送局『PBS』のパブリックオーディエンス評議会会員。フリーランスのドキュメンタリー映像プロデューサーとしても活動。オンラインでのソーシャルキャンペーンなどを通し、有機農業の普及やタイ北部の環境問題解決に取り組むほか、国内外の防災教育にも関心を持つ。

ソトコト(以下S) プミラットさんは農業を始めて6年目ということですが、始めたきっかけは何だったのでしょうか。

ワライポン・プミラット(以下プミラット) もともと農家になろうとは思っていなかったんです。私は、地元・タイ北部チェンライの大学に通っていました。そのときにサークルで映像や雑誌制作にもたずさわっていたことから、卒業後はフリーランスのドキュメンタリー映像プロデューサーになり、バンコクなどで活動していました。ただ一方で、父が所有する土地のことが気になっていました。

S 気になるというと?

プミラット その土地は活用できておらず、周りは農地だったため、自分や家族が関わらないままでいたら、知らず知らずのうちに化学肥料や農薬をたくさん撒いた畑にされてしまうのではないかと。チェンライは森も山も川もある、タイの中でもとくに自然に恵まれた地域です。私は子どもの頃から、その環境を守りたいという意識をごく当たり前のものとして育んできました。家業は農家ではないのですが、こういった土地に対する懸念から、最終的には映像の仕事も続けつつ、土地を活用できる農業をしようと決めました。

チェンライは山や森もあり、過ごしやすい地域。
チェンライは山や森もあり、過ごしやすい地域。

S オーガニックな農業の中でも、いちご栽培を選んだのは?

プミラット チャレンジ精神です。タイではいちごというと農薬をたくさん使うイメージが強い。だからこそ取り組んでみたかったんです。かわいくて、摘むときにも食べるときにもハッピーな気持ちにもなれるいちごから、農薬のイメージを払拭できたら素敵だなとも思いました。

環境への配慮と、災害教育を結びつけていく。

S プミラットさんは環境問題や防災について関心を持っています。タイのほかの若者たちの関心はどうなのでしょうか?

プミラットさんが守りたい、チェンライの美しい光景
プミラットさんが守りたい、チェンライの美しい光景

プミラット 学校の授業で環境問題も習いはするものの、ほかの勉強で忙しく、そういった活動に強く意識が向かないように見えます。社会に出て改めて関心を持ち、環境問題を解決しようと取り組んだり、私のように有機栽培農業を始めたりする人が多いという実感がありますね。またタイでは、高いサラリーを求めて都市で生活するのではなく、地元で家族と力を合わせて楽しく暮らしたい、生まれ育った愛着のある地元をよくしたいと考える人が増えてきました。今後はそんな価値観の変化が、環境に対する意識の向上にもつながっていきそうな気がします。

チェンライの農園でいちごの有機栽培を営むプミラットさん。
チェンライの農園でいちごの有機栽培を営むプミラットさん。

S プミラットさんご自身もまさにそうですね。

プミラット 私の場合は、チェンライ周辺でここ数年発生している森林火災と、それを理由とした大気汚染災害にも現在進行形で影響を受けています。森林地帯に住む人々が耕作地を広げようと周囲の森を焼き、大気汚染につながっているんです。行政が介入していますが、根本的な解決には至っていません。私はタイの国営放送『PBS』の「パブリックオーディエンス評議会」に所属していて、農業と環境保護分野で定期的に意見や番組のアイデアなどを提出しているのですが、チェンライに住む人々にも参加してもらい、PBSにこの状況を取り上げた番組をつくってもらったこともあります。このチェンライの大気汚染のような状況ではなくても、環境と災害は密接に関係していると思います。ゆくゆくは、環境への配慮と災害や防災についての教育が自然に結びついていくような活動をしていきたいです。

そのチェンライでは、森が焼かれ、環境問題が起きている。
そのチェンライでは、森が焼かれ、環境問題が起きている。

S 今回の「HANDs! プロジェクト」では、いずれはその活動に結実するような学びや感動、驚きなどがあったのではないでしょうか。とくに印象に残ったことがあれば教えてください。

プミラット 今回のプログラムでは、東日本大震災の被災地を訪問しました。そこで暮らす、今なお残る課題を解決しようとしている方や、伝統を守り続ける方にもお会いすることができました。学べたことも多いのですが、何よりまず、未曽有の大震災から驚異的な早さで立ち上がり、前に進んだ被災地の方の強さに感動し、尊敬の念を抱きました。タイでは見たことがないという意味では、さまざまな立場の方の災害の記録をていねいに収集し、公開するという、仙台の『せんだいメディアテーク』のあり方に感銘を受けました。行政などが一方的に記録するのではなく、一人ひとりのストーリーを尊重しながら共有することで記録者本人も、それ以外の人も、そこから新しい価値観を見出せるのだと感じました。

SNSでの発信で多くの人にいちご栽培を知ってもらえるように。
SNSでの発信で多くの人にいちご栽培を知ってもらえるように。

まずは自国の人々と力を合わせ、経験を行動に変える。

S ほかに、東京の防災関連施設なども視察したとか。

プミラット はい。どこでも新鮮な体験をしたのですが、アイデアをもらえたという点で、東京臨海広域防災公園内にある『防災体験学習ミュージアム』の「そなエリア東京」と、NPO法人『プラス・アーツ』が主導する、子どもがおもちゃの交換会をきっかけに防災について学べるイベント「イザ! カエルキャラバン!」を興味深く感じました。子どもはもちろん、大人にとっても防災意識を高めるのはなかなか難しいと思うのですが、この2か所は「楽しみながら家族で防災を学べる」というコンセプトで、子どもにもなじみやすくなっていました。「イザ! カエルキャラバン!」のようなことは、タイでもやってみたいです。カエルというキャラクターがいることでコンセプトをさらに効果的に表すことに成功していると思うので、参考にしたいです。

「HANDs! プロジェクト」の日本ツアーでは『せんだいメディアテーク』で東日本大震災の記録に触れた。©Purwoko Adhi Nugroho
「HANDs! プロジェクト」の日本ツアーでは『せんだいメディアテーク』で東日本大震災の記録に触れた。©Purwoko Adhi Nugroho

S 日本での6泊7日の間に、さまざまな経験をされたようですね。

プミラット 初めて「HANDs! プロジェクト」に参加したこともあり、本当に勉強になりました。アジアのいろんな国の参加者と交流できたので、それぞれの国での防災の実例を知ることもできました。ただ、今回経験したことはすべて短期的なものです。この経験を持続的・長期的な活動に変え、結果を出すためには、同じタイ人の参加者とコラボして、自国で具体的な行動に移していくことが必要だと思います。

宮城県・女川町のトレーラーハウス宿泊村『ホテル・エルファロ』で震災後の暮らし方を模索する人々に出会った。©Purwoko Adhi Nugroho
宮城県・女川町のトレーラーハウス宿泊村『ホテル・エルファロ』で震災後の暮らし方を模索する人々に出会った。©Purwoko Adhi Nugroho

S やっぱり、スタートはローカルからなんですね。タイの参加者には、ほかにどんな方がいるのですか。

プミラット 地質学の研究者、子どもの権利についての活動家、プロダクトマネージャーなど、いろんな分野のプロです。彼らと力を合わせることで、知識の集約と応用が可能になって、一人ではできなかったことができるようになるでしょう。とはいえ、自分たちに何ができるのかはまだわからず、どんな力を、どういった形でコラボして、どこに向けるか、私たちは帰国後に考えなければなりません。ほかの国の参加者たちと国境を越えて活動することも、夢ではあります。陸続きの国や、大きな川(メコン川)を共有する国もあるので、そのときにはきっと、自国だけでは解決できない問題の解決も叶うでしょう。でも、それは今のところ夢であり、目標です。まずは足元を固め、経験をしっかり活かし、お互い得たものを掛け合わせる形で他国と助け合っていきたいです。

S 帰国してからも忙しくなりそうですね。帰国後、まずやりたいことは何ですか。

プミラット まずはいちごのケアを! 今回のプロジェクトで1か月ぐらい外国を回っていたので、すぐにケアします。

記事は雑誌ソトコト2018年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Hiroshi Ikeda
text by Sumika Hayakawa

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Walaiporn Phumirat

ワライポン・プミラット
1985年、タイ・チェンライ生まれ。現在もチェンライ在住。オーガニックいちご農家、タイ国営放送局『PBS』のパブリックオーディエンス評議会会員。フリーランスのドキュメンタリー映像プロデューサーとしても活動。オンラインでのソーシャルキャンペーンなどを通し、有機農業の普及やタイ北部の環境問題解決に取り組むほか、国内外の防災教育にも関心を持つ。