1000人以上と半年間で会う。コンフォートゾーンを抜け出し世界を広げる【成田智哉・中屋祐輔対談】
2020.05.13 UP

連載 | 体験にはいったい何があるというんですか? | 6 1000人以上と半年間で会う。コンフォートゾーンを抜け出し世界を広げる【成田智哉・中屋祐輔対談】

PEOPLE

物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は、北海道厚真町を舞台に活動をしている、マドラー株式会社 代表取締役の成田 智哉さんにお話を伺いしました。

「広い世界が見たい」というビジョンを掲げる

海外駐在先ブラジルにて
海外駐在先ブラジルにて

中屋 成田さんとは、北海道で挑戦したい人と応援したい人をつなぐコミュニティ「ほっとけないどう」で一緒に仕事をさせてもらっていますが、それまではどのような活動をされていたのかお聞きしたいです。

成田
 高校までは北海道に住んでいて「広い世界が見たい」という思いで、東京の大学に進学しました。卒業後は大手自動車メーカーに入って6年間ほど、毎日楽しく仕事をしていましたが、海外駐在をきっかけに、雇われている感覚を感じてしまい、会社を辞めて独立する決意をしました。

仕事を辞めたあとは、自分には何ができるのか分からなかったから、半年間ほどいろんな場所に行っていろんな人に会いましたね。その時に「東京でこんなイベントがあるから行ってみたら」と誘われたのが、初めて中屋さんとお会いした移住スナックのイベントです。「ほっとけないどう」を一緒にやっているメンバーともそこで初めて会いましたね。

中屋
 当時はこのメンバーで「ほっとけないどう」をやっていくとは思わなかったです。

成田 あのイベントをきっかけに北海道の人たちとの繋がりができました。

自分の強みを見つめ直すため、半年間で1,000人以上に会う

鎌倉で先輩のプロジェクトに参加した時の様子
鎌倉で先輩のプロジェクトに参加した時の様子

中屋 先程、半年間でいろんな人に会ったと言っていましたが、実際に何人くらいに会いましたか?

成田 1,000人以上に会いましたね。様々な情報が集まる東京や、プロジェクトに参加するため、鎌倉へと足を運んだこともあります。あとは、地元の北海道や、先輩から声を掛けてもらって島根県海士町に行ったり、岡山に行ったりもしました。その中で地域の面白さにも気付きましたね。

興味があることや自分の強みを探すタイミングでもあったから、面白そうなイベントには全部行くみたいな。

中屋 半年間で会った人の数がすごい!自分の中で仮説を立てて人に会って、それを確認する作業を進めていったということですよね。

成田 そうですね、世界が広すぎました(笑)。「この人のここが面白いから取り入れよう」という繰り返しを行っていくと、自分の人生に関する考え方も変わっていきました。

中屋 普通だったら、本を読んで知ったつもりになって終わってしまう人が多いけど、他と全然違うのが成田さんらしさなのかなと思っています。元々そういう原体験があったのですか?

成田 小学生の時はすごく照れ屋だったんですけど、中学生の時に僕の原体験にもなっている「GO」という映画を見てから変わっていきました。コンプレックスを、勉強や知識でカバーして自分で生きていくというストーリーにすごく感銘を受けましたね。そこからは自分のコンフォートゾーンを出ることを繰り返しています。

大学を受験するときも周りにはすごい反対されましたけど、絶対行った方が楽しいと思っていたから、自分の意思を貫きました。人に会うというのも自分を見つけるための必要なプロセスですよね。そう思うと繰り返してやらなきゃいけないなと思ったし、自分で決めたことをやれることが強みかもしれないです。

中屋 東京大学も3回受験しているじゃないですか?それでも絶対に諦めない心がすごいですよね。

成田 自分で決めたので、絶対行くまでやると思ってしまいますね。失敗も成功のもとなので。さすがに2回目失敗した時は落ち込みましたが、それでもなんとか乗り越えていましたね。

居心地の良い環境に身を置かずにコンフォートゾーンを出て視野を広げる

対談の様子
対談の様子

中屋 コンフォートゾーンの話になりますが、心地良い環境に長く居たくなる人が世の中ほとんどですよね。 結果を出すには厳しいこともやらなきゃいけないし、他の人と同じことをやっていても意味がないというのはすごい共感できます。

成田 気持ちが良くなったらそのゾーンの中から出なきゃいけないと思います。僕は高校から大学に行くときも一つ目のハードルがありました。ある意味でのエリートコースを歩むと、「広い世界を見る」というビジョンとは逆で、視野がすごく狭くなってしまいますよね。敷かれたレールの上を歩くだけでは狭い世界しか知らないし、もったいないと思います。

中屋 今まで持っていた武器や肩書きを捨てて、身一つの状態しかない感覚を持つと世界が変わるなと思います。

成田 去年の半年間は自分に何ができるのか、強みは何なのか探していました。自分のことを知らない人たちがいる場所で立ち向かえるパワーを持ちたいと思って行動していましたが、実際に動くと相当大変だということを身をもって痛感しましたね。

中屋 実際にコンフォートゾーンを出てみると裸一貫じゃないですか。それをやってみた時に自分の中で傷を負ったり、ショックを受けたりしたことはありましたか?

成田 ショックはあまりないですけど、自分がそのまま決められたコースを歩んでいたとしても、知らない世界の量が多かった。例えば、お恥ずかしながら士業の方々やクリエイティブな方々がどんな業務をしているか知らなかったし、普通のサラリーマンをやっていると聞いたことがない情報がたくさんありましたね。

今まで何を勉強していたんだろうと、自分の世界の狭さを知ったというのはあります。

「現地現物」を実行して実際に触れてみる

「ほっとけないどう」で共に活動をしているメンバーとの写真
「ほっとけないどう」で共に活動をしているメンバーとの写真

中屋 体験するというか、その場所に身を置く。そうすることで自分の解像度が上がりますよね。それを体験として蓄積している人はやはり強いと思います。

成田
 前職時代に「現地現物」という言葉があったのですが、例えば自分の手足を動かして現地を訪れて見て触れて聴いて食べて、みたいな体験をしている人と、ネットや人から聞いた情報を元に作業をしている人とでは全然変わってきますよね。

中屋 それが僕等では体験って言葉で言ってるけど、「現地現物=体験」の話ですよね。

成田 そうですね。世界はこんなにも広いのかということを日々体験するので毎日発見があって、人生楽しいです(笑)。その数を継続してやれるタイプなので、「成田がまたなんかしてるぞ」と周りには思われているかもしれないですね。

中屋 一歩踏み出すという、ところでいうと、コンフォートゾーンを出ていつもの行動と違うことをまずやってみる。体験も現地現物も回数を重ねないと解像度が上がらないですよね。

成田 僕は1日1個、気持ちの上で「やりたくないな」と思うことをやるようにしています。1日1%昨日と変わったら「1.01の365乗」になるので、1をずっとやっている人と桁違いの数字が出ますよね。そういう小さな積み重ねを繰り返すだけでも、僕は昨日より人生楽しいと思います。

それを現地現物で1個体験するというか、繰り返していると結構人生変わりましたね。それを昔からずっとやっているので人生が充実しています。

中屋 成田さん自身に軸となる考え方があって、前職でやっていることを本質的に理解できていたという感じですよね。

成田 自分が会社を作るにあたってどんな会社になったら良いかなと考えた時、世界に愛されて何か大きなインパクトを残せたら良いなと思いました。そういう意味で大企業で勉強したことは大きかったし、現地現物で実際に見て触れて、いろんな人たちと会って聞き出すということをやりました。

社会に求められて大きなインパクトを出せるポジションで仕事をできたのは、いい勉強になりました。

自分がマドラーとなって様々なものや人をかき混ぜたい

地域公共交通シンポジウムで登壇した際の様子
地域公共交通シンポジウムで登壇した際の様子

中屋 会社を辞めたあと、いろいろな経験を経て、成田さんは自分の会社を立ち上げたと思うのですが、そこに至るまでの経緯や今後のビジョンを教えてください。

成田 半年間くらい自分の得意不得意を探した結論として出た答えが「自分はいろんなセクターに行くことができる」ということ。大企業も経験したし、ベンチャーも始めた、田舎も好きだけど都会も好き、ベテランもワカモノもリスペクト 。

僕が見てきた中でどちらもやってる人はあまりいなくて、そこが自分のバリューになるのではないかと思ったんです。「境界を越えて世界をかき混ぜる存在になりたい」という想いを込めて「マドラー」という会社名にしました。

サービスとしてはA×Bをプロデュースしたり、Cを生み出して新たな価値を創出していけるような事業を作れたら良いなと思っています。今は北海道の厚真町で、ローカル×テクノロジーという観点で、地域の交通手段を確保するため「Mobility Meets Community」というコンセプトで「移動」を「出会いの場」にする「MeeTs」というモビリティサービスを作っています。

あとは北海道をもっと盛り上げられるような「ほっとけないどう」にジョインしたり、社会に新しい価値を作っていきたいですね。

いろんな要素を掛け合わせたサービスを生み出していきたい

北海道厚真町を舞台に、新しい価値創造にチャレンジする仲間を発掘・育成・選考するプログラム「厚真町ローカルベンチャースクール」に成田さんが参加した時の写真
北海道厚真町を舞台に、新しい価値創造にチャレンジする仲間を発掘・育成・選考するプログラム「厚真町ローカルベンチャースクール」に成田さんが参加した時の写真

中屋 対照的な都会と地方、いわゆる反対に属する人たちがお互いをあまりよく思わないケースはどこでも存在すると思うんですが、仕事を通じて相手のことを知ると、互いに否定しあう必要性は最初からなかったという結論になるのかなと思いました。

成田 他者を受け付けない心が生まれる時は自分の心が狭い時だし、自分が世界を知らない時だから、知れば知るほどどんな世界も面白いです。厚真町には良いところがいっぱいあるし面白い人もいる。さらにそこがここと掛け算するともっと良くなるんじゃないかみたいな話が出てくるし、やればやるほど可能性が広がっていきます。

中屋 成田さん自身がマドラーってことですよね。

成田 将来的にはいろんな軸になっていきたいですね(笑) 。

その観点で言うと事業の形って本当に何でもできると思っているから、幅広くいろんなことをやっていきたい。いろんなところに良いところがあるからそこを見つけて、SDGsじゃないですけど、取り残されない仕組みを作れるといいですよね。そうして世界平和を作っていきたいです。

体験には何があった?

成田さんが実行委員会・理事を務める「イチカラ」メンバーとの写真
成田さんが実行委員会・理事を務める「イチカラ」メンバーとの写真

仕事を辞めたあと、自分の強みを見つめ直すために半年間で1,000人以上に会った成田さん。現地に行って、実際に触れて体験するという回数を重ねることで視野を広げ、自分の得意分野を活かしたサービスを提供することにも繋がっていきました。

「境界を越えて世界をかき混ぜる存在になりたい」という想いは、「広い世界が見たい」というビジョンがあったからこそ生まれたのではないでしょうか。居心地が良い環境に依存せず、コンフォートゾーンを出て新しい場所に身を置くということを繰り返し行っていく。そんな体験を大切にしているからこそ生み出せるサービスがあるのだと感じました。
マドラー株式会社

文・木村紗奈江
※このインタビューは1月13日に行われたものです。

【体験を開発する会社】dot button company株式会社

キーワード

成田 智哉

マドラー株式会社 CEO
1988年北海道千歳市出身。東京大学文学部卒業後、トヨタ自動車人事部入社。会社役員サポートや様々なバックグラウンドをもつ約8万人の従業員をまとめる業務等を経験。6年間の勤務後、ブラジルでの海外駐在を経て独立。帰国後、多くの人々に出会う中で、世界の広さを感じ、様々な立場の人々をリスペクトしながらつなぐ(かき混ぜる)ことの重要性を感じ、世界をつなげる取り組みを推進する。

中屋祐輔

体験を開発する人。
シナジーマーケティング株式会社にて「復興デパートメント」リブランディング、東北の若手漁師集団「FISHERMAN JAPAN」のファンクラブ担当、熊本地震の復興クリエイティブチーム「Bridge KUMAMOTO」理事。ほっとけないどう事務局。2017年4月よりdot button company株式会社を設立。

木村 紗奈江

dot button company株式会社・エディター、ディレクター。大学を卒業後、ピースボートで初海外・世界一周の旅に出る。帰国後は日本中を約2年半旅しながら働く生活を送る。映像クリエイター、ライター、カメラマン、料理人など、多彩な顔を持つ旅を愛する自由人。
自らの体験が人生を変えたように、今度は自分がワクワクする体験を開発したいと思い日々奮闘中。