北海道斜里郡斜里町
2020.05.11 UP

連載 | 写真で見る日本 | 10 偶有性と多様性 石川 直樹×北海道斜里郡斜里町

SUSTAINABILITY

写真だからこそ、伝えられることがある。
それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。

 その地域とのつき合いの長短は、ひとえに縁でしかない。ふらっと訪れた旅先に、それから先、何度も通うことになる否かは偶然の出会いが左右する。だから、旅の目的地は頑なであってはならない。旅では過度な期待を抱かず、流れに身を任せ、すべてを受け入れる柔軟な姿勢でありたい。そうすると、時々とてつもなく大切な出会いを引き寄せる。

 国内外を含め、たくさんの場所に身を置いてきたが、その後も繰り返し訪れるようになる場所はそこまで多くなかった。そんななか、道東の知床半島とのつき合いは20代前半に初めて旅をしてから、すでに20年近く続いている。こんなにも足繁く通うようになったのは、この地に暮らす人と自然との出合いが、自分にとって本当に魅力的だったからだ。

 ぼくが初めて知床を訪ねたのは、オホーツク海沿岸を流氷が埋め尽くした真冬だった。今でこそ人気のアクティビティになった「流氷ウォーク」も、20年前は地元の小さな試みにすぎなかった。今では、2月になるとドライスーツに身を包んだ観光客が流氷の上を歩き、時には凍てつく海に浮かんで歓声を上げる姿を見ない日はない。それほど、このシンプルな体験が、万人に驚きと喜びをもたらしたということだろう。

 流氷の上を歩くこうしたツアーをはじめ、知床の旅は正真正銘の体験型だ。ショッピングモールもないし、いわゆる名所旧跡のようなものもほとんどない。森を歩き、雪の感触を確かめ、波を眺め、山に登る。鹿やキツネには頻繁に出合うし、時には熊も出る。その時々の天候や季節や時間帯によって出合う風景はガラッと変わるから、唯一無二の自分だけの体験として人々のなかに刻まれる。

 偶然に身を任せる自分の旅の姿勢と、こうした知床の自由さや奥行きの深さが、同じ体験を二度とできない偶有性の海にぼくを解き放ってくれる。

北海道 斜里郡斜里町

 さらに惹きつけられるのは、ここに根を張った人々だ。もともと開拓の地だったがゆえに、先祖代々ここに住んでいるという人は少ない。どんな人も元をたどれば、流れ流れて知床に行きつき、それぞれの思いを強く持って暮らしている。だからみんな個性的で、おもしろい。

 漁師も農家も観光の人々も、教育関係者や役場の人たちでさえも、熱い。廃校になってしまった小学校での子どもたちとのワークショップや小さな会場でのトークイベント、写真展の開催などをしていくうちに知り合いは飛躍的に増えて、ぼくはますます知床を好きになっていった。

 と同時に、今までの対外的な知床のイメージ、すなわち大自然を強調するような在り方に共感できなくなり、自然の微細な変化やこの地に住む人々の暮らしや文化に焦点を当てた写真を撮るように、ぼく自身も変わっていった。

 冒頭の写真は、英語では「スラーピーウェーブ」、日本語では「氷泥」と呼ばれるシャーベット状の白い波だ。これは流氷が押し寄せる直前の、ことさら気温の低い日だけに見られる現象である。一年のうちでも、条件の整った数日間か長くとも1週間ほどしか見られない。つい先月に撮影してきたばかりだ。

 新型コロナウィルスの影響で、日本も世界も危機的な局面に瀕し、生活の空気感が一変してしまった。けれど、知床の四季がそこにあり続けること、そのことを自分がどこにいても思い出し、想像できることが救いだ。写真家の仕事が「見続けること」だとしたら、ぼくがずっと見続けたいのは、北のてにあるこの知床半島の未来である。

記事は雑誌ソトコト2020年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

石川 直樹

いしかわ・なおき
1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『CORONA』(青土社)により土門拳賞受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最新刊に写真集『Gasherbrum II』(SLANT)、『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)など。