福岡伸一
2020.05.17 UP

連載 | 福岡伸一の生命浮遊 | 82 探査針はGPS

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 さて、いよいよ遺伝子の隠れ家を突き止めるときがきた。少し前の回に書いた千枚漬けの話を思い出していただけるだろうか。直径10センチほどの白いナイロン製の薄い円盤のことを千枚漬けに例えた。わたしたちはこの円盤のことを通常、フィルター、もしくはメンブレンと呼んでいる。
 これまでのプロセスをもう一度整理しておくと、次のようになる。これまでのプロセスをもう一度整理しておくと、次のようになる。
 1.特定の細胞(わたしたちの実験の場合は、膵臓の機能しているGP2の遺伝子を調べたかったので、膵臓の外分泌細胞)から m(メッセンジャー)RNAを取り出し、逆転写酵素とDNA合成酵素を使って、c (コンプリメンタリー=相補的)DNAを合成する。cDNAは、その細胞で発現しているすべての遺伝子(mRNA)の写し鏡となる。これを遺伝子ライブラリーと呼ぶ。mRNAと異なり、cDNAは安定で、二重らせん構造をとっているので、複製・増幅できる。
 2.膵臓の遺伝子ライブラリーをベクター(cDNAを細胞の中に運搬してくれる核外遺伝子)に組み込む。それを大過剰の大腸菌と混ぜ合わせ、大腸菌体内に取り込ませる。ベクターは一分子一分子ごとに分散し、それぞれ大腸菌の内部に入る。ベクターを取り込んだ大腸菌だけが生き延びるようにした寒天培地の上に、大腸菌液を塗布し、広げる。大腸菌は、寒天培地の上では自走できないので、その場にとどまり増殖を開始する。
 3.寒天培地は、丸いシャーレの中につくってある。大腸菌は、体長1ミクロンしかないので肉眼では見えない。しかし、大腸菌が細胞分裂し、菌体数が増えてくると、小さな光る点々となって見えるようになる。これをコロニーと呼ぶ。温度、栄養、酸素の条件がよいと、大腸菌は20分ほどで1回細胞分裂する。それゆえ、寒天培地に大腸菌を塗布し、恒温器の中に一晩入れておいて、次の日の朝、シャーレを光にかざすと、コロニーがまるでプラネタリウムの小さな星々のように無数に見える。やった! ライブラリーはちゃんと大腸菌によって運ばれている。
 4.丸いシャーレと同じ直径のナイロンフィルターを用意し、そっとシャーレの表面に重ねる。大腸菌のコロニーはナイロンフィルターに写し取られる。ナイロンフィルターを注意深くシャーレから剥がす。コロニーの一部はナイロンフィルター面に貼り付き、残りはシャーレの表面にとどまる。ナイロンフィルターとシャーレは互いにほかの鏡像となる。シャーレは後日の実験のため、冷温下で保管される(大腸菌は増殖を止めるが、死滅はしない)。
 5.ナイロンフィルターにいったん貼り付いた大腸菌タンパク質、および大腸菌が運ぶcDNAは、ナイロンフィルター表面に固着して二度ととれなくなる。このままナイロンフィルターを高温にさらすか、アルカリ条件下に置くと、cDNAは、ナイロンフィルターに貼り付いたまま、その二重らせん構造がほどけて、2本の一本鎖DNAとなる。
 オープン状態になった一本鎖DNAは、その塩基配列と相補的な塩基配列を有するDNAと結合できる。これがプローブ(探査針=次項参照)を使った遺伝子捜査に利用される。
 6.わたしたちは、膵臓のタンパク質分子GP2の遺伝子を探し出すことを目標としてきた。そのためまず、膵臓からGP2を精製・純化して、タンパク質のアミノ酸配列を部分的に決定した。GP2遺伝子は、GP2タンパク質のアミノ酸配列の情報をコード(暗号)化している。アミノ酸配列から、遺伝子(塩基)配列が推定された。推定された塩基配列をもとに、人工的な合成DNAが製作された。アミノ酸1つにつき、塩基は3つ必要なので、アミノ酸10個の配列は、塩基数30個のDNAとなる。塩基をつなげるほうが、アミノ酸をつなげることよりも化学的には簡単にできる。これが遺伝子捜査の探査針(プローブ)となる。探査針は、GP2のcDNAと相補的な配列を有しているから、cDNAのうちいずれかの一本鎖DNAと結びつくことができる。
 7.合成されたDNAの端に、ラジオアイソトープ(放射性同位元素)のリン(P)を付加する。これはラジオアイソトープを含んだATP(リン酸供与体)と特殊な酵素を使うことによって行われる。これによって探査針がたどり着く場所を特定することが可能となる。
 8.密封できるプラスティックバッグにナイロンフィルターを入れ、溶液で満たす。その中に探査針を入れる。探査針は溶液中に拡散し、またナイロンフィルターのあいだをくぐり抜ける(探査針1分子にとって、ナイロンフィルターはすかすかの網目であり、自由に行き来できる。網目の各所に、大腸菌由来のcDNAが固定されている)。
 9.もし、探査針が、自分の塩基配列と相補的なcDNA構造を見つけると、その場所に結合することになる。探査針はいわばGPS端末で、そこから発せられる電波がラジオアイソトープの放射線、そのエネルギーの発生源を追跡することによって、探査針が辿り着いたナイロンフィルターの場所を特定することができる。

collage by Koji Takeshima

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福岡伸一

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。