黒麹菌の魅惑的なトロピカルフレーバー ー 発酵文化人類学 第二部第14回
2019.05.01 UP

黒麹菌の魅惑的なトロピカルフレーバー ー 発酵文化人類学 第二部第14回

FOOD

日本の発酵食、もっと言えば和食の土台となるのは麹の文化。酒や調味料のスターターとなる日本固有の発酵カビ、アスペルギルス・オリゼのことを一般的には「麹菌」と言うのだけれど、実は南の島の文化にはオリゼとは違う麹の文化があるんだな。ということで、今回は南国のローカル微生物カルチャーを紹介しようではないか。押忍!

泡盛・焼酎をつくる黒麹菌

スーパーで一般的に売っている麹の色はオフホワイト。これは黄麹菌(アスペルギルス・オリゼ)によって発酵しているもの。酒も味噌醤油もこの黄麹でつくられているのだが、沖縄や奄美諸島、伊豆諸島などで黄麹の見た目とは全く違う、黒い砂利のような不思議な麹を見ることができる。これは黒麹菌(アスペルギルス・リュウキュウエンシス)という黄麹菌とは違う微生物の働きによってできる。同じ麹菌でも性質の違う、南国の島の気候風土にマッチしためちゃローカルな微生物なんだね。

「えっ、麹菌って全部同じじゃないの?」

いやそうじゃないんだよ。この黒麹菌は年中暑くて湿気の多い南国に適応進化し、熱帯にうじゃうじゃいる雑菌や病原菌を強い酸(クエン酸)で撃退するたくましい微生物なんだね。本土の黄麹は麹室という麹菌を育てる用の雑菌をシャットアウトした密室をつくって慎重に育てるのだが、南国の黒麹は半野外でおおらかに育てる。黄麹菌(オリゼ)は育てる過程でエアコンやストーブなどの熱源を入れて菌を温めて成長を促す必要があるのだが、黒麹菌(リュウキュウエンシス)は半野外の菌箱に入れて放っておくとどんどん熱が上がって超高速で成長・増殖していくのであるよ。

タイ米に大麦、芋で育てる個性派

主に米につけて育てていく本土の黄麹と違い、黒麹に使うのはこれまたトロピカルな作物なんだよ。黒麹をスターターとする発酵ブツの代表格は沖縄泡盛。この泡盛麹はタイ米で、米の手に入らない伊豆諸島南部の焼酎では大麦で黒麹をつくったりするんだね。この黒麹、僕も実際に蔵に入ってつくるのを手伝ったことがあるのだけど、黄麹とは完璧に別物。あっという間に増殖がスタートして、2日目になるとパイナップルみたいな果実の匂いがプンプンしてくる。

最初は黄麹と同じような生成色の胞子がモコモコと生えてくるのだが、そのうちどんどん色が黒くなり、最終的には40〜45時間ほどで河原の砂利のようなカラカラに乾いた黒い塊に仕上がっていく。この塊をかじってみるとレモンやトマトのようなシャープな酸味を感じる。これが黒麹菌のつくるユニークな酸。この黒麹で仕込んだ泡盛や焼酎には、南国のフルーツや花のような官能的なフレーバーが加わる。蒸留する前のもろみ(酒母)を舐めてみると、強烈な酸味と苦みで泡噴いて倒れそうになるのだが、蒸留してアルコール分を取り出し、数か月〜数年寝かせて熟成することにより、普通の焼酎にはないサイコーにトロピカルな香りが加味され、グラスに鼻を近づけるとそれだけで南の島の浜辺で波の音を聴いているトリップ感に浸ることができるんだよ。

南の島では、人の性質が違うように微生物の性質にも違いがある。素晴らしき南国の発酵文化の多様性よ……!

黒麹菌の魅惑的なトロピカルフレーバー
黒麹菌の魅惑的なトロピカルフレーバー

 

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。