太田尚樹
2020.05.30 UP

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ | 42 無垢な少年とオカン。

DIVERSITY

 これまで少なくない数、講演や研修にお招きいただいたけど、先日は経験のないワークショップのオファーを受けた。それぞれに事情を抱えた小学・中学・高校生たちに向けて、元気づけたり、勇気づけるワークをやってほしいとのことだった。残念なことに、かつていじめや暴力が身近だった僕が、それをどう乗り越えてきたのか。その過程で気付いたことをワークに落とせないか、という相談だった。

 打ち合わせでは先方が発する熱気に乗せられていろいろなアイデアが浮かんだけど、最終的に「俺のこういうところイケてる説」を考えるワークなんてどうっすかねと提案して、いいね! と決まった。俺のここがイケてる! と胸を張って言い切れなくてもいいから、イケてる“かもしれない”と、自分の魅力の芽を探してみるワーク。これをやりたいと思ったのは、バカにされてばかりだった幼少期を経て、自分のいいところがなにひとつ分からなくなった経験があるからだ。「この世は、自分にはできないことばかり」、そう毎日考えていると、自分の欠点ばかりに詳しくなって、それを克服しようとしか考えられなくなる。その経験は無駄ではなかったけど、できることなら得意なことや好きなことを早く見つけて、それを伸ばすほうが人生の燃費はずっといい。だから今傷ついたり、自信を失ったりしている子たちには、できれば僕のようにはなってほしくないという気持ちがあって、少しでもイケてるところを探してほしいと思ったのだった。

 ワークショップ当日は、すごく緊張してなかなかうまく話せない部分もあったけど、最終的には笑いも起きて盛り上がり、子どもたちとも仲よくなれた。ワークシートに「こんなところがイケてるかも?」とみんなが書いてくれたことは、どれも個性的で笑ったり心に刺さったりしたけど、ひとりのまだ幼い男の子が書いた一文が、胸にしみた。「こうかいしたことをはんせいして、つぎはしっぱいしないようにするところ」。

 それは偶然にも、先日オカンが僕に言った一言と同じでもあった。オカンが腕を骨折して生活も仕事もままならないようで大変そうだ、と姉からメールがきたのは今年2月の初め、すでに飽きてきた寒さが懲りもせずさらに深まる、気が滅入る時期のことだった。

 関西出張のついでに地元の駅前の喫茶店でオカンと待ち合わせをすると、少し遅れて現れた彼女は扉を開けた瞬間から冬に似合わない、三角巾で吊られた腕も似合わない、春のような笑顔を浮かべていた。「腕の調子はどうなん?」と聞くと、今回どうして転んでしまったか、これからはどうやって転倒を防止したいかを、まるでプレゼンでもするかのように楽しそうに話してくれた。

 あまりに元気な姿に驚いて、ふいに「オカン、ウジウジすることないん?」と聞いてみると、彼女は少し考えるように窓の外を見て、「もうそんな先も長くないからなあ」としみじみ言った。「だから前だけな、見てるほうがええやろ」。ムフフと口元に手を当てて笑う様子は、子どものように無垢だった。

 「そりゃへこんだりもするけどな。というか寝る前なんか『わたし、また今日もいらんこと言うたな』とかばっかり考えるで。でもな、次は同じことせんとこって誓うねん。あんたもそれだけ考えたらええで。後悔なんか、せんでええねんで」

 僕が男の子に「これオカンも言ってたわ」と言うと、彼はしばしポカンとしたあとにんまり笑って頷いてくれた。我ながら訳のわからないことを言ったなと反省するが、一歩ずつ生きていこうという健気で気高い宣言が、こんな小さな体から発せられたことに、素直に感動してしまったのだった。

 東京にいると、もっと急がなきゃ、とばかり思う。けど、あれもこれも欲しくなったり、あの人にもこの人にも好かれたくなったりして焦っては、結局同じ失敗を繰り返してきたように思う。「一歩ずつしか進めませんよ」、オカンの腕をさする手が、少年の柔らかな筆蹟が、そう教えてくれたんじゃないかと思っている。

文・太田尚樹 
イラスト・井上 涼

記事は雑誌ソトコト2020年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。