理系と文系の再統合のために | 106 | 生命浮遊
2019.05.02 UP

理系と文系の再統合のために | 106 | 生命浮遊

DIVERSITY

 理系と文系のあいだに“橋を架ける”こと。これは私のライフワークといえるかもしれない。理系の学問の探究には文系的な想像力や統合力が必要だし、文系の学問の追究には理系的な論理構成や解像力が必要である。ところが理系と文系のあいだに大きなクレバスが開いてしまっている。
 これは何も学問領域の問題だけではない。一般の社会人でも、日本の教育環境では相当に早い時期から、大学入試準備の都合によって理系と文系が区分けされてしまい、そのまま一生、互いにほかの分野の豊かさを知らないまま時が過ぎてしまう。しかも、それは中学校か高校初年度くらいの段階において、数学が好きか嫌いか程度の基準で理系・文系の区分けがなされてしまう。
 これは文化的に見ても、とてももったいなことだ。大学でいろいろな学生と話してみると、理系的なセンスをもった文系の学生としばしば出会う。その逆も真なり。理系的なセンスというのは、たとえば私の専門の生物学の場合、数学ができるかどうかとはあまり関係がない。むしろ、細胞の切片(薄くそぎ切りにしたもの)を顕微鏡で観察したとき、それをすぐに脳内CTスキャナーで三次元的空間に再構成できるかどうか、そんなイメージ投影能力のほうが重要である。そういう能力はむしろ芸術家のほうが圧倒的に優れているはずだ。
 一方、文系的なセンスというのはこういうことである。科学的に考えると、オカルトやスピリチュアルなことはありえない。あるいは宗教的な信仰心みたいなものも否定される。利己的遺伝子論のリチャード・ドーキンスは、この宇宙に神がいないことを、それこそ徹底的な理系マインドに立って繰り返し主張する。ダーウインの進化論を擁護する視点から、創造説を完膚なきまでに否定することに躍起になっている。その志やよし。しかし彼に欠けているのは、理系マインドから合理的に考えれば神など存在しないはずなのに、なぜ人間は有史以来ずっと宗教を必要としてきたのか、その進化的理由を考えようとしないことだ。
 神を必要としてきた人間の歴史のあり方を考えるのが文系的センスである。あるいは、オカルトにも流行りがある。UFOを目撃したと主張する人々が現れ出した背景には社会的な文脈がある。あるいは、軍や国家がUFOに関する重要な事実を知っていながら国民の目から隠しているという陰謀論が語られ出したことにもタイミングがある。
 それは第二次世界大戦後、世界が米国と旧・ソビエト連邦の二極に分裂し、東西冷戦が始まったことと軌を一にしている。見えない対立とるべき核戦争への危機感、あるいは西側勢力が率先して煽った共産主義に対する恐怖などが、本来存在しないはずの影を人々の心の中に生じさせたのである。だから、科学は、非科学的なことを非科学的であると言下に否定する前に、なぜ人が非科学的なことを進んで信じてしまうのか、その文脈を考えてみる必要がある。これが理系にも求められる文系的なセンスである。
 私が、フェルメールやダ・ヴィンチの作品や人物像に惹かれるのも、芸術というどちらかといえば文系的な営みの中にあって、彼らの内部には透徹した理系的なマインドを感じるからである。彼らの探究の中に科学者的な研究姿勢が見て取れるからである。実際、ルネサンス期に生きたダ・ヴィンチ(1452─1519年)は、理系的な観察と解析的思考によって、鳥の飛行を研究し、化石の由来に思いを馳せ、地層の形成を推論し、あるいは人体の構造を詳細に調べた。
 そこから100年を隔てた時代に生きたフェルメール(1632─75年)もまた透視図法や遠近法を研究し、光の作用を調べ、レンズやカメラ・オブスキュラ装置を絵画の作成に援用した。それでいて彼らの最終的なメッセージは、言葉による研究論文ではなく、言葉を超えた芸術表現によって達成された。そのメッセージは数百年の時間の試練をくぐり抜けて、なお私たちを感動させ続ける。それは彼らがなし得たことが、理系と文系の統合あるいは総合だからである。いや、むしろ物事を探究する営みはもともと統合的・総合的なものだったのだ。それを近代が分断し、細分化し過ぎてしまったのである。
 ではそこから回復するにはどうしたらよいのか。理系と文系の再統合のために何が必要なのか。それはシンプルなことでしかない。過去に学びつつ、未来を開いていく。振り返りながら、前に進む。すでに先人たちが感得していたことを、少しだけ解像度の高い方法で語り直す。文系的な時間軸を片手に、理系的なレンズをす。これを繰り返すしかない。

text by Shin-Ichi Fukuoka
collage by Koji Takeshima

本記事は雑誌ソトコト2019年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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福岡伸一

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。