磐田市 伊藤貴規 | 12 | NEXTスーパー公務員
2019.05.02 UP

磐田市 伊藤貴規 | 12 | NEXTスーパー公務員

WORK

静岡県磐田市自治市民部地域づくり応援課の副主任保健師。静岡県浜松市で育ち、高校生の時に磐田市に転居。『聖隷三方原病院』で看護師として勤務後、磐田市初の男性保健師として働く。1983年生まれ。趣味は、車で日本一周すること。

救命救急センターの看護師を経て、静岡県磐田市初の男性保健師となった伊藤さん。保健師という立場を超えて、人と人とのつながりから地域の健康を育む取り組みを紹介します!

男性保健師として、
発揮できる価値がある。
人と人とをつなぎ、
地域を健康にしていく。

 静岡県の西部に位置する、人口約17万人の都市・磐田市。今回紹介させていただくのは、その市で最初に採用された男性保健師である、伊藤貴規さんです。1993年に保健師が男性にも解禁されてから26年経ちますが、未だその数は全体の約2パーセントにとどまっています。その中で昨年11月、「全国男性保健師の集い」が磐田市で開催され、80人近くの男性保健師が全国から駆けつけました。その呼びかけをしたのが、伊藤さんです。「保健師は地域を健康にしていくプロ。だからこそ地域社会でもっと果たせる役割があるし、男性だから発揮できる価値もある」と伊藤さんは言います。伊藤さんの取り組みを通じて、そもそも保健師の方々が地域でどのような役割を果たしているのか、その価値などについてお伝えできれば幸いです。

看護師の経験で学んだ、
「命に限りがある」こと。
地域に飛び出し、
人をつなげることの価値。

 年をとるにつれて老いていく祖父母と、それを献身的に支える母親の背中を見て、看護師になろうと決意した伊藤さん。大学での保健師実習で、地域の高齢者の方々が、転倒の予防教室を通して笑顔になっていく姿に触れ、病気にならないように健康な人をさらに健康にしていくことも大切だと思うようになりました。悩んだ末、看護師として『聖隷三方原病院』の救命救急センターで働くことに。多くの人の命に向き合う中で感じたのは、「自分の命にも限りがある」ということ。「このままでいいのか」という悶々とした日々を過ごしていました。
 看護師として働いて2年後、病気の予防の重要性を感じ、磐田市に保健師として転職。健診の結果から判断し、保健指導で地域を回ってみて、指導の対象者には男性も多く、同性だからこそしてもらえる相談もあり、男性保健師として働く価値をとても感じました。それでも、「このままでいいのか」という思いが続く中、運命の出来事が。たまたま運営に携わったイベント「いわたゆきまつり」。滅多に降らない雪を岐阜から約100トン運び、子どもたちを喜ばせようというものでした。そこでは、子どもが集まり、親が集まり、地域の人が集まり、笑顔があふれていました。そして運営する自分も笑顔になって元気をもらっている。「健康ってこういうことから生まれるんじゃないか」と気づきました。今まで自分は血糖値などの数値を改善しようとしていたけど、健康に対するアプローチはいろいろあって、人と人とがつながって、人生が豊かになることも健康につながるんじゃないか。
 それからは、仕事でもプライベートでも多くの人たちをつないできました。秘書政策課では、俳句大会や川柳コンテストを実施して、多くの地域の方がつながる場をつくったり、婚活事業を企画・運営してカップルをつなげたり。広報広聴・シティプロモーション課では、週1回の市のラジオ放送の企画をする中で、市を盛り上げてくれている方々とつながっていきました。現在の地域づくり応援課でも、「30歳の大同窓会」や自治会のサポートなど、幅広く地域をつないでいます。プライベートでは、竜洋昆虫自然観察公園の職員“こんちゅうクン”と一緒に昆虫食のイベントなども開催し、子どもを通じた家族同士のつながりもつくっています。そんな中で感じるのは、公務員であることの信頼という価値。人をつなげるには、ハブになるための信頼が重要な中、公務員だからこそ安心して参加してもらえる。保健師として地域を回り一人一人に寄り添ってきた経験が、ここにも生きていると感じています。

非日常から見えてきた、
日常の中の大切さ。
全国の男性保健師を
公務員としてつなぐ。

 伊藤さんは東日本震災直後、被災地支援にも志願しました。医療従事者として何か役に立たなければならない。そんな思いで、震災の翌日には上司に派遣を志願し、岩手県・山田町に。避難所で暮らす被災者の血圧測定や健康相談を行うほか、自宅に残っている方々を訪ね、体調管理をしました。そこで出会った現地の男性保健師に言われたのは、「いざという時には、地域のつながりが一番大事」という言葉。日頃、人のつながりができているからこそ、一緒に支え合ったり、誰かのために動くことができる。その時、伊藤さんの頭をよぎったのは、「もし静岡で南海トラフ地震が起きたら」。そのためにも日頃からのつながりをもっと増やさなければと心に誓います。
 2013年、「全国男性保健師の集い」が、当時沖縄県で初めて採用された男性保健師・牧内忍さんらによって開催され、全国から70名近くの方が参加しました。その過程を見ていて、こうした価値あるつながりが生まれる場をつくりたいと、昨年、磐田市にも誘致しました。今では、全国に1000人近くいる男性保健師の約4分の1、250人近くが加入するLINEグループが立ち上がり、さまざまなつながりが生まれています。マイノリティゆえの強み、結束の力を感じているところです。
 伊藤さんは、今思えば、命の現場に身を置いて「命に限りがある」と知り、悶々とした時間を過ごしながらも、人の役に立つために動き続けたことがよかったなと感じています。「いわたゆきまつり」での気づきも、被災地派遣での気づきも、男性保健師になったこともそう。誰かのために頑張っていれば、結局それが自分の幸せにつながっていく。伊藤さんは、今後も地域の人たちをつないでいくことで、地域の健康をサポートしていきたいと言います。保健師として、公務員として、そして、一人の住民として。

\上司は見た/
地域コミュニティの変化に
柔軟に対応できる職員へ。

磐田市 地域づくり応援課 礒部公明課長

 磐田市では、採用時の職種に捉われず、若手職員の経験と知識を広めるため、伊藤くんのようにさまざまな職場で活躍できる機会を与えています。現在の地域づくり応援課は、あらゆる地域活動や自治会活動の総合的な窓口を担うことから、福祉や健康増進などの知識を活かしながら、保健師では得られない多くのことを経験しています。
 伊藤くんは、一般事務職員とは一味違う積極性と考え方を持った個性豊かな職員で、何事にも明るく前向きな姿勢は、他の職員だけでなく地域からも絶大な信頼を得ています。
 この先、深刻な少子高齢化や人口減少により、地域コミュニティの形態が大きく変化し、地域の自主性の促進と併せ、行政の関わり方にも変革が求められる時代に、柔軟に対応できる職員を育てる意味でも、伊藤くんのように多様な経験と人脈をつくり出せる職員は大変貴重な存在だと認識しています。これからも世代を超えた人とのつながりを大切に、さまざまなことに挑戦していってほしいと願っています。

text by Masaaki Waki
illustration by Masaki Takahashi

本記事は雑誌ソトコト2019年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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脇 雅昭

わき・まさあき
1982年生まれ、宮崎県出身。2008年に総務省に入省。神奈川県庁に出向し、現在は観光部長と政策推進担当部長を兼任。 47都道府県の地方自治体職員と国家公務員が集まる「よんなな会」を主宰。「47都道府県の大人たちを仲間に」をコンゼプトに、民間企業の経営層はじめ国、自治体の公務員など「誰かのために何かできる」セクターを超えた仲間づくりを進めている。http://47kai.com