これは綺麗事じゃない、壮絶な希望。イマ・ココから、世界を変えていくことができる。
2019.05.08 UP

これは綺麗事じゃない、壮絶な希望。イマ・ココから、世界を変えていくことができる。

PEOPLE

「瀬戸内国際芸術祭2019」に出展される『大切な貨物』の舞台は国立ハンセン病療養所『大島青松園』。
作品制作に際して初めて訪れたその場所で、出演者である女優のリヴ・ウルマンさんには理解し、感じ、語ったことがあるといいます。

私は相手とつながりたい、相手から学びたい。

女優であり舞台演出家であり、監督であり作家でもある、リヴ・ウルマンさん。ドラマ部門でゴールデングローブ賞主演女優賞に輝き、作家としてフランス文化勲章を受章したと言えば、その活躍のほどがわかるだろうか。一方で、女性初のユニセフ親善大使を務めるなど、人権活動家としてのキャリアは40年超。彼女の職業はもはや、ひとつの言葉で言い表すことはできないが、本人はきっとどれも同じだと考えているのだろう。「自分が理解し自分の中から出てきた感情を、自分の言葉で語る。それこそが私の活動なんです」と話す。

そのリヴさんは、「瀬戸内国際芸術祭2019」に出展する日欧共同プロジェクト『大切な貨物(Valuable Cargo)』出演のために来日。作品舞台となる、瀬戸内海に位置する大島と、島内にある国立ハンセン病療養所『大島青松園』を訪れた。ハンセン病とは、人類史上最も古くから知られ、恐れられてきた病だ。感染力は極めて弱く、ほぼすべての人が免疫を持っているとわかった今も、身体の一部が変形するなど特有の後遺症により、偏見や差別が続く。

リヴさんとハンセン病の出合いは、マカオにある難民キャンプを訪れた40年前。重度のハンセン病に侵されたベトナム人老女と対面した当時のことを、こう振り返った。「まだ若かった私は、愚かですが彼女に恐れを持っていました」。

しかしリヴさんは、愛情を伝える時・慰める時、これまで自分が大事な人にそうしてきたように、勇気を持って老女をそっと抱きしめたという。「病への恐怖から赤ん坊のように震えて泣いていたその人が、ふと泣き止んだんです。と同時に、私は彼女の首筋から愛する祖母と同じ匂いを感じ取りました」。
 目の前にいる相手は、ハンセン病患者という特別で遠い存在なのではなく、自分にとって大切で身近な人と同じ。人間はみんな家族なんだということを、彼女は身をもって知った。この経験はリヴさんの人生に大きな影響を与え、以降、ハンセン病をはじめ助けを必要としている人たちの援助にかかわるようになり、現在に至る。

そして今回、撮影のために訪れた大島でも、ひとりの女性との印象深い出会いが待っていた。83歳のその人は、「強制的に大島に連れて来られた14歳のある日、自分はもう二度と母親には会えないんだとわかった」と回想した。リヴさんは、ハンセン病患者だけが暮らす、世の中から隔離された島へ送られた、当時14歳の少女に思いを馳せ、「どうかあなた自身の出来事を、物語として残してほしい」という願いを伝えた。島から出ることすら許されず、学びたくとも大学へ通うことも許されず、家族と会うことも子どもを持つことも許されなかった、大島で生きてきた人たち。この忌まわしい出来事を、絶対に忘れてはいけないという思いからだった。

すると彼女は、過去には捉われていないとでも言うように「私は、現在という時間を生きています。今日という時間こそが、私そのもの。私は幸せなんですよ」と微笑んだ。その言葉に感銘を受けたリヴさんが、改めて彼女に視線を向けた時、驚くべきことに気づく。彼女の目はほとんど見えていなかったのだ。

「彼女は目に後遺症がありましたが、確かに私のことを見つめていて、私の心の中まですっかり見透かしていると思うほどでした」。ハンセン病により、人間としての最低限の尊厳も守られなかった人生。視力も失いつつあるなかで、どれほどの理不尽を感じたかは計り知れない。しかし、彼女は凪のような有り様で、心の目で相手を見つめることができる人だった。

リヴさんが彼女との対話を経て得たもの。それは、絶望的な過去にだけ目を向けるのではなく、どうやって未来を描いていくのかということだった。「私たちは今からだって、世界を変えていくことができます」。リヴさんのこの言葉には、綺麗事ではない、大島で学んだ壮絶な希望が込められている。

リヴ・ウルマン
取材陣に向かって、おどけて手を振り和ませた直後の、一枚。チャーミングさと、凛とした佇まいが同居する。

大切な貨物

オランダ人アーティスト クリスティアン・バスティアンスさんが、ヨーロッパ・日本のキャスト・スタッフと共創する、映像インスタレーションとライブパフォーマンス。ハンセン病療養所『大島青松園』の実話から着想し、人間の尊厳と価値を問いかける。パフォーマンスは2019年11月1日・2日サンポートホール高松第1小ホールで。日本からの参加は、俳優・演出家の笈田ヨシさんに舞踏家の大野慶人さん、そして女優の石橋静河さんだ。

『大切な貨物(Valuable Cargo)』
写真:池上直哉

 

photographs by Mao Yamamoto text by Maho Ise

本記事は雑誌ソトコト2019年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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リヴ・ウルマン

Liv Ullmann
1938年東京生まれ。20世紀最大の巨匠イングマール・ベルイマン監督のミューズとして数多くの作品に出演。2度のアカデミー賞主演女優賞ノミネートなど、国際的評価を受ける。また著書『チェンジング─リヴ・ウルマン自伝』はベストセラーに。2001年カンヌ国際映画祭審査委員長。人権活動にも精力的で、国際救援委員会(IRC)では35年以上国際名誉副会長を務め、女性難民委員会の設立者でもある。