ダークマター
2020.06.12 UP

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか | 16 ダークマター

DIVERSITY

 29歳で夭折した天才棋士・村山。幼少期から腎臓の難病を患いながら、プロ棋士として短い命を燃やし続けた。彼の生涯を描いたノンフィクション『聖の青春』が映画化されているが、最大のライバルであり憧れの人でもあった棋士の羽生善治と語らうシーンが印象深い。

 将棋を深い海に潜る行為に例え、そこから戻れなくなりそうで怖くなることがあると漏らす羽生。羽生が見ている深い海の景色に思いを巡らす村山。村山とならばそこへ一緒に行けるかもしれないと口にする羽生。

 人工知能がプロ棋士を圧倒する時代において、二人が共有し合う深い海は遺産のようになってしまうのだろうか。いや、遺産ならばまだマシだ。僕は二人にしか分かち合えない世界に胸を打たれながら、人工知能がその世界を無意味なものにしてしまうかもしれないことを恨めしく思った。 

 将棋の深い海にも増して、宇宙には深い深い未知がある。果てしなき宇宙のうち、人類が解明できている部分はほんのわずかだ。残りの多くを未知なる物質、ダークマター(暗黒物質)が占めると言われている。

 はるか昔から、人類は宇宙が何からできているのかを探って来た。すべての物質は分割不可能な粒子で構成されるとする原子論が古代ギリシャ時代から唱えられ、原子が宇宙に存在する物質の主成分だと考えられたこともあった。

 のちに、スイスの天文学者であるフリッツ・ツビッキーが1933年にダークマターの存在を初めて主張したことで、それも否定される。人類は、果てしなき宇宙の果てしなき謎の中をさまよい続けている。だが、人類が手に負えなかった果てしなき謎を、人工知能がひもとこうとしているのだ。

 欧州合同原子核研究機関(CERN)は、人工知能を活用してダークマターの検出を目指している。一周 27 キロメートルの円形加速器で宇宙誕生の瞬間を再現し、人工知能が画像認識であぶり出す。成功すればノーベル賞もので、実質的な受賞者は人工知能ということになってもおかしくない。古代ギリシャ人はそんな未来を予測できただろうか。

 一方、研究が実を結んだとしてもある課題が残る。結果までの過程がわからないのだ。人工知能が導いた結論は、途中の計算が複雑すぎるために人間が理由を明らかにすることは困難なのである。人間が解明できなかった謎を人工知能が解明したとしても、その理由はブラックボックスの中。ダークマターを解明したと思ったら、今度は過程がダークマターのようになる。

 解決、結論は大事だ。その積み重ねが未来を切りひらく。「どうあれ解決され、結論に導かれるのであればいいのだ」という考え方も、ゆえに一理ある。宇宙に限らず、ダークマターが次のダークマターを生み、人間がブラックボックスに閉じ込められた時に何が起こるのか。

 人間が人工知能に過程を委ねることで、 ダークマターの連鎖が人間を支配する。「人工知能製ダークマター」に覆われた世界を想像していると、村山聖と羽生善治が将棋の深い海を共有するシーンへと引き戻される。僕はやはり、あの二人が一緒に潜ろうとしている深い海を尊く思うのだ。

文●小川和也

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小川和也

おがわ・かずや
起業家、著作家、研究者、ラジオ番組ナビゲーターとして、ばらばらの点をつなげて未来をつくる活動をしている。起業家として独創的な事業を生み出し続け、2017年、世界的に権威のあるマーケティングアワード「DMA国際エコー賞」を受賞。人間とテクノロジーの未来を説いた著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題に採用され、テクノロジー教育を担っている。北海道大学客員教授として人工知能の研究を行いJ-WAVE『FUTURISM』で番組ナビゲーターとして未来を生きる鍵を声で伝えている。また、実業と学術を往来し多様な表現方法を駆使しながら、未来のグランドデザインを描いている。最新刊は『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)