永岡里菜
2020.06.16 UP

連載 | 「自分らしく生きる」を選ぶーローカルプレイヤーの働き方とは | 6 お手伝い×旅で地方と若者をつなぐ。 人・想い・お金が循環するプラットフォームを。

PEOPLE

お手伝いと旅を掛け合わせ、都市の若者と地方事業者とをマッチングするサービス「おてつたび」を運営する永岡さん。自分がすべき、誰かを幸せにする仕事とは何か、模索したと言います。「おてつたび」を見つけ、形にするまでにはどんな想いがあったのでしょうか。お話を伺いました。

魅力は自分で見つけるもの

三重県尾鷲(おわせ)市で生まれ、愛知県名古屋市で育ちました。四人兄弟の次女で、姉と妹、弟に囲まれて育ちました。

夏休みになると、祖父母のいる尾鷲に行くのが楽しみでした。遠くに住むいとこも来ていて、みんなで川へ行ったり、海へ行ったり、山でセミとりをしたりして遊んでいましたね。歩いていると、地域の人が「永岡さんとこのお孫さんかね」と声をかけてくれましたし、海に行った帰りに祖父の行きつけの店に行くと、お店の人がかき氷を作ってくれました。夢の国みたいでしたね。休みの終わりにはみんな帰りたくなくて、涙を流してお別れしていました。

小学4年生になったある日、学校で友達と些細な喧嘩をして、口をきいてもらえなくなってしまいました。モヤモヤして、家に帰って父にそのことを話したんです。すると、父から「ケンカしたとしても、自分が相手を嫌いになったら、相手が好きになってくれることはない。自分から相手の良いところを発見できるようになって、相手を好きでいた方がいいよ」と言われました。父はバリバリの営業マンで、誰とでも仲良くなってしまうような社交的な人。だからこそ余計に、その言葉が心に残って。「魅力は自分で見つけるもの」だと感じて、それからは自然と、自分から相手の良いところを見つけに行くようになりました。

中学校ではバスケットボールに打ち込みました。私以外はみんな小学校からバスケをやっている子達だったので、レギュラーを目指して一人、自主練の毎日です。その甲斐あって、2年生の後半からは少しずつ選んでもらえるようになりました。でも、私がレギュラーになるということは、誰かが抜けるということ。しかも、1番仲の良かった友達が同じポジションだったんです。

大事な試合で、私の方がレギュラーに選ばれました。すると友達が、「行ってこい」とでも言うように肩を叩いてくれたんです。切磋琢磨できる仲間と一緒に、目標に向かって進んでいく。チームで頑張ることの喜びを知りました。高校ではインターハイまで出場していた姉に憧れバトミントンを選びましたが、実際に3年間やってみて、私は個人競技よりもチームでみんなと一緒に強くなっていく方がモチベーションが上がり、好きだと実感しました。

教育から、民間の道へ

将来は、漠然と小学校教師になりたいと思っていました。大学を決める際、経済や経営などの学部は手触り感がありませんでしたが、教育は身近に感じられました。教師はイメージしやすかったですし、子どもが好きな自分に合っているのではないかと思ったんです。

大学の授業は楽しかったです。どういう風に人と向き合うべきか、どうやって正解のない問いを子どもたちと一緒に解いていくのか。子どもだから、ではなく、同じ目線で物事を考えて一緒に進んでいく大切さを感じました。幼稚園から高校までの免許の取得を目指したので、2回の教育実習にいくことに。1回目の小学校での実習は、大学付属の小学校という事もあり意識の高い先生たちから刺激を受け、子どもとの接し方や先生としての立ち位置などを学びました。

しかし、地元の高校の教育実習に行った時、迷いが生じました。素敵な先生は多くいましたが、必ずしも頑張っている人が評価される訳ではないと知ったからです。私の指導についてくれた先生は、朝一番に学校に来て、カーテンを開け掃除して環境を整え、「教師の役割は生徒たちが学びやすい環境を作ることだよ」と教えてくれました。しかも、終業後は大学院にも通って、学びの質を高めようと努力していたんです。それでも、若かったその先生はあまり評価されていなくて。逆に、お気に入りの生徒は贔屓するような年配の先生が、高い評価を受けていました。

そういう世界を目の当たりにした時、「この仕組みの中に飛び込むには、自分の強さが必要だ」と思いました。私に指導してくれた先生のように、他人の評価ではなく自分が良いと信じられるもの、生徒にとって良いと思うものを貫ける強さがないといけない、と。そして、今の自分が飛び込んでも、流されてしまうんじゃないかと怖さを感じました。加えて、一度自分で社会を見てから、それをしっかり伝えられた方が良いという思いも湧きました。

そこで、3年間は民間企業に行こうと決めたんです。民間の中でも、大企業じゃなくて、1年目からバリバリ働かせてくれるベンチャーがいい。そう考えて就職活動を開始しました。でき合いのものを売るのではなく、お客さんと一緒に何かを作り上げていくのがいいなと思い、第一志望はウエディングプランナーに。しかし数社受けても受からず、どうしようかと考えている中、あるプロモーションやPR等のイベント企画会社と出会いました。社員はおしゃれで自己表現している人ばかり。キラキラしてかっこよく見えました。面談でも、なんでも包み隠さず話してくれて。その頃ベンチャー企業に就職する人はとても少なく、私が行っていた大学は特に公務員か大企業へ就職する人ばかりだったので、友達や親にも心配されましたが、自分を信じてその会社に就職を決めました。

働き方はハードで、よく椅子をつなげて会社で寝ていましたし、上司は会議室の机に緩衝材を敷いて寝ていたりもしました(笑)。でも、それが苦にならないくらい夢中になっていましたし、望み通り若手からプロジェクトを任せてくれる会社でした。成果が出たら若手に花を持たせてくれるし、失敗したら先輩が必ずフォローアップしてくれる。失敗したらしっかり反省して、あとはお酒を飲んでみんなで笑おう。そんな気持ちの良い先輩たちが多くて、かっこいい働き方だなと思いました。私もそんな先輩になりたいと思い、仕事に没頭しましたね。できることが増えて成長実感があり、ものづくりの楽しさも知りました。教育の道には戻らずに、民間でやっていくことを決めました。

地域に入り込んで感じた魅力

3年目を迎えたころから、少し余裕ができたこともあり、段々となんのために仕事をしているのかわからなくなりました。例えば展示会に出展したら、名刺を何枚集められるかが重視されます。でもたくさん名刺を集めたところで、誰のためになるんだろう?って。自分のやっている仕事が、誰を幸せにしているのかが見えなかったんですよね。もちろん自分がお客さんにもっと良い提案をすればよかったのですが、エンドユーザーの顔が直に見える形で働きたいと思いました。

そこで、自分の納得できる形で働こうと社長や取締役に自分の意思を伝え、何度も話し合いをした上で円満に退職しました。新卒から育ててもらったにも関わらず恩返しできないままなのに、本当に良い形で送り出してもらいありがたかったですね。社会人としての基礎を作ってもらったと実感し、周囲の人に反対されても自分を信じてこの会社に入って本当に良かったと思いました。

退職後は何をやろうか考えた時、浮かんだのが「食」でした。働き方がハードで食べ物がおろそかになる中で、食の重要性を改めて感じていたんです。中高の家庭科の教員免許も持っていたので、食の分野への転職を考えました。その中のある会社の代表が、「うちでやりたいことを探せばいいじゃん」と言ってくれて。その会社に入社しました。

そこは、一次産業をサポートする会社で、主に農林水産省の事業を請け負い、日本全国でプロジェクトを推進していました。私は、和食を推進するプロジェクトの担当となり、全国の市町村と連携しながらいろいろな地域を巡るようになりました。

入社後しばらくして、会社が年に一度開いているパーティーに参加する機会があったんです。その中で、各地から集まった人たちが口々に、「代表がいたから今があるよ」と話していました。それを聞いて感動して。私も代表のように、世の中に価値を出せるような何かをしたい、と思うようになりました。

仕事をする一方、通学してフードコーディネーターの資格を取得したり、土日を使って飲食店でアルバイトをさせてもらったりと、自分のやりたいことを模索しました。ただ、フードコーディネーターの仕事をお手伝いしてみると、食の良さを伝えるというより料理一つひとつの見栄えを第一に考えることが多いので、自分のやりたかった食の良さを本質的に伝えるようなことがしにくいと感じました。この仕事が自分がやりたいことではないのではないかと思いましたね。食自体は好きだけれど、料理人になりたいわけでもなくて。私は何が好きなんだろうと探していたとき、和食を推進するプロジェクトの中で、食自体よりもその地域単位での背景や物語を知ることが楽しいんだと気づいたんです。

例えば、一緒にお酒を飲んで熱くなった人が語る、自分の地域への愛や、自分の仕事へのやりがい。本当に些細なことかもしれませんが、地域一つ一つで全然ストーリーが違っていて、とても魅力的に思えました。地域には、自分の人生を生きている人が多くてかっこいいとも感じましたね。特に観光地がなくて知られていなくても、素敵なものがある地域はたくさんある。そう思った時、自分にとって夢の国みたいだった尾鷲のことを思い出しました。地域の方とコミュニケーションをとって触れ合えば、尾鷲のように一見「どこそこ?」と言われてしまう地域の魅力を伝えられる。そんな地域と都心の人が出会えるサービスをしたいと思うようになったんです。

不安の日々を超えて、アイデアを形に

やりたいことが見つかったので、社長に報告。業務の引き継ぎをしてから退職し、フリーランスをしながら事業の準備に入りました。とはいえ、尾鷲のような地域の魅力を伝えたい!という強い想いはあっても、地域の人が本当に何を求めているかはわからない状態。東京の家を解約し、地域を巡りながらひたすら一次情報を集めることにしました。

半年間かけて、いろいろな地域を巡り、事業者や住民、行政関係者からヒアリングしましたね。動き回っていましたが、日々不安で仕方ありませんでした。

結局自分は何の役にも立っていないんじゃないか。二酸化炭素を吐き出しているだけで、何の生産活動もしていない。友人たちがステップアップしていく中で、自分だけストップしているんじゃないか。本当は全部無駄なんじゃないか。自己満足なんじゃないか。

ずっと葛藤を抱えながら、ひたすら仮説検証を繰り返しました。これから起業しようという同じ状況の仲間と、励まし合いながら毎日を過ごしていましたね。

そうしている間にも、素敵なものがある地域でも人がいなくなり、過疎化がどんどん進行していました。それを目の当たりにすると、スピード感を持って進めなければと思うように。チームとしてやっていこうと考え、個人ではなく法人化しようと決めました。

地域に行く一方で、都市部でも200人くらいにアンケートをとりました。その時、地域に行く際のハードルを2つ見つけたんです。

一つは、金銭的なハードル。どれだけ地域に素敵な人がいるよと言われても、往復の交通費プラス宿泊費として5、6万円を出して「どこそこ?」と感じるような地域へ行くのはハードルが高いんですよね。今は5、6万円あれば海外にも行けてしまうので余計です。もう一つは、著名な観光名所がある地域程の情報がないので、楽しみ方がわからないという心理的なハードルです。いきなり近くに道の駅しかない無人駅に降ろされても、ほとんどの人が何をしたらいいかわからないんです。この2つのハードルを払拭し、地域の人のためになる仕組みってなんだろうとサービスをいくつも考えました。

その中で、お手伝いと旅を掛け合わせた「おてつたび」を思いついたんです。私自身、地域をめぐっていた時に、共同作業や地域の方と一緒に仕事をさせてもらうことで、地域に入り込ませてもらっていましたし、自分自身がその地域に足を運ぶことで見える魅力は絶対にあると思っていました。「お手伝い」というキッカケを通して地域の方と地域外の方が出会って、その中で地域や人の魅力を知れる。このストーリーが重要だと感じました。さらにヒアリングを重ねたり、仮説検証を何度もして自分自分自身も体験したりして、2018年に会社を立ち上げ、サービスを公にリリースしました。

特別な地域を見つける仕組みづくり

今は、都市の若者と地域の事業者をつなぐマッチングプラットフォーム、「おてつたび」を運営しています。若者の中には、地方創生への関心、地域の良いものを世界に伝えたいという熱い想いを持つ人も多くいます。でも、聞いてみると、実際に地域に行ったことがあるひとは残念ながらほとんどいないんですよね。その事実が物語っているのは、誰かに紹介してもらわないと地域へ入り込む事が難しいという現実かと思います。だからこそ、「おてつたび」を通じて誰でも自然と地域へ入り込むキッカケを提供したいと思っています。

地域への旅行はひとときの交流になりがちですが、お手伝いを通して深いところまで入り込むと、自分にとって特別な地域になります。実際に、おてつたびを利用いただいた方は再訪率が6割と高いんですよ。参加した子たちは、私がちょっと羨ましくなるくらい、地域の方と仲良くなって、その地域のことを語ってくれるんです。そんな姿を見ると、サービスを立ち上げてよかったなと心から思います。

日本国民全員が、自分の居住地と出身地以外に特別な地域を2、3個持てた時、私は未来が少し良くなると信じて活動しています。現在はなかなか、他の地域へ入り込むキッカケが少ないので、自分の出身地の良さや他の地域の良さはわかりにくくなっています。でも、いろいろな地域へ入り込んだ経験があると、他の地域と比較して、客観的に自分の出身地や他の地域を見ることができるようになるんです。そうなった時に、日本の地域間の距離は近くなり、日本各地の様々な地域の魅力が顕在化するのではないかと思っています。ついつい誰かに紹介したくなるような自分にとっての特別な地域を持つ人、つまりロイヤリティの高い関係人口を生み出すことで、日本全国に人と想いが回る仕組みを作りたいと考えています。

今、注力しているのはソーシャルインパクトの最大化と、ビジネスとしてスケールする仕組みを作ることですね。私自身、事業を立ち上げる時にいろいろな方に助けていただいたので、地域が消滅する前までに早く結果を示したい。みなさんの期待に応えられるサービスで、チームでいたいと考えています。結果を出した後は、自分が得た知見を元に、これから起業する方々に自分がされて嬉しかったような支援をできるようになりたいです。

この連載記事は、自分らしく生きたい人へ向けた人生経験のシェアリングサービス「another lie.」からのコンテンツ提供でお届けしています。

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永岡 里菜

ながおか・りな
三重県出身。生まれ育った尾鷲(おわせ)市の魅力を知ってほしいという思いで、『おてつたび』を開設。