農のある都市型ライフスタイル「さかのうえん」で斜面市街地の課題解決!
2020.06.17 UP

農のある都市型ライフスタイル「さかのうえん」で斜面市街地の課題解決!

SUSTAINABILITY

日本有数の斜面都市・長崎市。坂+農園を組み合わせ、地域の課題解決を図りながら住民と若者との交流を生み出す仕組み「さかのうえん」が進行中。農のある暮らしを気軽に楽しむ若者たちのインタビュー第1弾。

農=田舎でやるもの?

現代の若者は、実家が農家でもない限り、農に触れる機会はほとんどない。
食卓に並ぶのは、スーパーで買った野菜たち。
どこかの知らない田舎で作られたものかのように、農や生産者との距離は疎遠だ。
このようなご時世にも、若者が気軽に楽しく農を満喫しながら、地域住民とコミニュケーションを取る。
そんな光景が、ある斜面市街地で見られるようになってきた。

市街地面積全体のうち、斜面市街地面積の割合が全国でも最も大きいとされる長崎市において、
各地で“坂+農園“を組み合わせた「さかのうえん」プロジェクトが動き始めている。

「さかのうえん」を提唱するのは、「長崎都市・景観研究所null」。(以下、null)

nullの提案資料

長崎市よりまちづくりアイデアを募集する事業が行われ、nullメンバーも本件に参加した。
nullは「若者の居住・来街の促進」「斜面都市住民の生活向上」を目的に設定。若者のニーズや現地の調査・分析を重ね、長崎市の地域課題解決デザインとして考案、2011年の3月に行政にアイデアを提案した。

null提案書作成風景
SWOT分析などを駆使して、斜面都市の戦略を模索。

気軽に自然に触れ合いたいというニーズを持つ若者と、空き地問題を抱える斜面地とをマッチングすべく、辿り着いた答えの一つが、農のある都市型ライフスタイルだった。

nullの提案資料、さかのうえん
当時の「さかのうえん」ロゴデザイン。

斜面地で農園をやることにどんなメリットがあるのだろうか。
事例紹介とともに、「さかのうえん」の在り方を見ていこう。

プライベートなコミュニティ・ガーデン

場所は、長崎市の東琴平2丁目。
空き地ではないが、地域住民が持て余していた畑の一部を、若者に貸し出している。
畑の持ち主・松崎さん夫婦と、このエリアで地域活動などに取り組む金氣穂乃香さんらだ。
若者同士で地域に足を運ぶうちに顔見知りになり、松崎さんの方から畑についての提案があった。

松崎さんと穂乃香さん
松崎ゆかりさん(写真左)、金氣穂乃香さん(写真右)

家の敷地内にある、父の代から受け継がれてきた畑だが、
歳を重ねるにつれて維持管理が難しくなってきたという松崎さん。
信頼できる顔見知りで、菜園に興味がある・野菜を育ててみたい人がいるのなら、ぜひ使ってもらいたいという想いだった。そうして、「さかのうえん -山手菜園-」が始まることになる。

さかのうえんロゴ
「さかのうえん」の現在のロゴデザイン。
各地でこの取り組みが広がっていくようにと、下部にエリア名やプロジェクト名が入れられる仕様になっている。

日々、仲間と交代制で水やりや様子を見に菜園に訪れる。
メンバーが来れない日では、松崎さんがお世話をしてくれているようだ。
この日は育てた玉ねぎや赤かぶなどをみんなで収穫。抜いた後の土を耕して肥料を撒き、次の野菜を植えた。

玉ねぎをもつメンバー
昨年秋に植えた玉ねぎを大量に収穫!

時間が合えば、松崎さんも一緒になって畑に出てきてくれる。野菜を育てるのは初心者な穂乃香さんたち。
松崎さんからアドバイスをもらったり、こちらから分からないことを尋ねてみたり。

指導してくれる松崎さん
愛のある“辛口”な指導で教えてくれる一面も…(笑)

自分たちで育てた野菜だけでなく、「これも持って行きなよ」と作物を分けいただくこともしばしば。
地域住民と、よそ者の若者とが同じ土に触れながらコミュニケーションを取り合う和やかな風景がそこにはあった。
「野菜を一から育てる経験をしてみて欲しい」と、
あくまでも松崎さんは、穂乃香さんたちに“教える”姿勢で接してくれている。
交流を通して穂乃香さんは、松崎さんたちとの距離が縮まったことを感じており、以前よりも親密な関係性に発展していることが大きな変化として生まれていた。

収穫する若者
いよいよもう収穫期だということで、みんなで日を合わせて足を運んだ。
未体験な農作業の新鮮な喜びを味わう。

また穂乃香さんは、この畑は斜面地の密集した住宅地の中にあるので、
「まちのど真ん中」で農園をやっているような不思議な感覚があるとのこと。
収穫した野菜を持って道を通れば、すれ違う人から声をかけられることもあるそうだ。

農園を俯瞰で
斜面地の家屋に囲まれた農園。

元々は、畑や農地だった山を開拓して人々が住み始めたのがこの斜面市街地。
地形的な要因により、しばしば空き家・空き地が問題となるエリアではあるが、
それを農地に戻していく、自然に戻していくこと。
また、すぐそばに農がある暮らしを取り戻していくことも「さかのうえん」の趣旨の一つだ。

小さな地産地消が食への関心を育む

穂乃香さんは長崎大学の環境科学部に在籍。講義を受けた非常勤講師より、環境都市であるドイツを視察して回るエコツアーの参加者募集の呼び掛けがあり、参加を決めた穂乃香さん。2019年3月下旬から10日間、環境都市ドイツ・と周辺の国を訪れ、まちの在り方や人々の暮らしに触れ、学んできた。

ドイツエコツアー、フライブルク
ドイツ・フライブルク。まちの中に溶け込む環境に配慮したデザインを見てきた。

環境問題への思考が深まることはもちろんのこと、プログラムの中には市民農園の見学があったり、参加者に農業系の学部在籍者がいたりしたことで、ツアーを通して農についての興味・関心が高まっていた。

オランダのオーガニック農園
オランダで見学したオーガニック農園。

ちょうどそんなタイミングで、松崎さんからお誘いがあったというわけだ。
農について勉強がしたいと思っていた矢先、自ら実践して学べる機会を得ることに。

松崎さんと穂乃香さん
知識豊富な松崎さんと共に畑の中を観察する。

食べ物の生産過程がちゃんと可視化されているドイツと、
よく目を凝らさないと分からない日本とで、ギャップを感じていた穂乃香さんは、
“どうやって作られたか”がわかる食べ物を口にしたいと考えていた。

収穫した野菜は、その日にみんなで料理をして食べることも。
素材の美味しさを感じられることはもちろん、
たとえ形が多少歪んでいたり、葉が虫に食われていたとしても、気にならない。
みんなで育てたものを口にする、シェアする楽しさを実感しているようだ。

野菜を使った料理たち
豊作を祝い、賑やかにパーティをした時の様子。

種から、はたまた苗の状態から土の中に植えて、成長の様子を観察しながら、
食べられる野菜にまで育った作物で食卓を飾ることができた。
地域内で生み出される小さな地産地消が、一人の若者が抱える食への疑問を解消し、
農に対するハードルを下げながら、よりその興味・関心を育むこととなった。

穂乃香さん
「これからも迷惑をかけないように、積極的にお世話していきます。」と語る。

プライベートな農園だが、住民と若者とでシェアをすることで、
交流と学びを生み出す「さかのうえん」が形作られていた。

「さかのうえん」

photo & text by Kyosuke Mori