発酵文化が景観をつくる。 ー 発酵文化人類学 第二部第19回
2019.05.27 UP

発酵文化が景観をつくる。 ー 発酵文化人類学 第二部第19回

FOOD

 世界各地のローカル発酵文化を訪ね歩いていると、「かつてはあった」という記憶だけがあって、今はもうつくられていない幻のレシピと出合うことがしばしばある。さてどうしたものか……と思案している時に、僕がたどり着いた結論は、自分で再現することだった。ただ情報としてアーカイブするだけでなく、実際に自分の手を動かしてつくってみる。そうすると今までわからなかったことがたくさん見えてくるんだね。

レシピを探し出せ!

例えばだな。僕はいま、大阪のベッドタウン・守口市がまた農村だった頃につくられていた「守口漬」の再現をしている。ゴボウのように細長い、生のままでは苦くて食べにくい在来の大根を酒粕に漬けたものなのだが、守口が開発されるうちに畑自体がなくなりつくられなくなった。しかし守口大根自体はなぜか愛知や岐阜に渡り、奈良漬のような高級漬物として定着している。しかし起源を考えてみると、農村のあんまり美味しくない野菜を手間ひまかけて高級品に加工するのはおかしいので、元々のレシピはもっと素朴なもののはず……と調査をしていたら出てきたオリジナルレシピ。守口市のリタイアしたお父さんが庭のような畑でつくった守口大根をゲットし、自分で試してみることに。実際やってみると、「アルコールで雑菌をブロックする」「酵素で食材を軟らかくおいしくする」という酒粕漬けの最もプリミティブな原理を手で理解することができる。

つくりながらイメージする

もう一つ。山形県鶴岡市の田園地帯に伝わる「せんじきうり」という不可思議なキュウリのピクルスを再現してみた。塩もみした1本まるごとのキュウリを樽に漬け込み、上がってきた水分を鍋に移して煮詰め(煎じ)て、またキュウリを漬け込み、また煮詰めて……というのを繰り返すと、だんだん水分が白濁してキュウリが乳酸発酵していく。1日漬けたら煎じて、また1日漬けて……という工程を5日ほど繰り返すと、爽やかに酸っぱいキュウリのピクルスが出来上がる。これは蒸し暑い鶴岡の夏、畑仕事に疲れて何も食べられなくなった農家の食欲増進剤としてつくられたレシピだという。何度も水分を煮詰めるのは、何日もキュウリを漬けっぱなしにすると雑菌が働いて臭いが悪くなるのを防ぐためだろう。キュウリにいる乳酸菌を優先的に増殖させて、キレイな酸味をつくり出す。で、この雑味のない酸っぱいピクルスをかじっていると、思わずご飯が食べたくなる……という仕組みなんだね。いっけん不可思議だけど、発酵の原理を理解していないとできない優れたレシピだ。「せんじきうり」をとおして、鶴岡の田んぼの景色やじっとりした夏の質感、そしておいしいもの好きの庄内人の気質がありありと想像できる。

「学ぶ」と「思い出す」

僕の実感で言えばだな。食べることは「学ぶこと」で、つくることは「思い出す」ことだ。食べることでその土地の歴史や産業のことを知ることができる。そして自分の手でつくってみることで「学ぶ」からさらに一歩踏み込み、その土地の風土や人々の暮らしをまるで自分が体験したかのように身体を使ってイメージすることができるんだよ。レシピは単なるマニュアルではなくて、一つひとつの工程に先人たちが積み上げてきた知恵が詰まっている。読むのではなく、試すことでレシピがいろいろなメッセージを語ってくれる。ある文化を本当に深く理解したいと思うなら、まずは自分でつくってみるといいのかもしれない。

文・イラスト●小倉ヒラク

本記事は雑誌ソトコト2019年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。