海苔漁師・相澤太さん
2020.06.28 UP

海苔漁師・相澤太さんが思う、海、漁業、食の未来。

LOCAL

宮城県東松島市矢本。眼前に広がる豊かな海で海苔を育てる相澤太さん。史上最年少で「皇室献上の海苔」をつくった全国屈指の海苔漁師である相澤さんが考えるSDGsとは。

「海苔の養殖で大切にしているのは、海苔の種が生まれ持つ生命力・潜在能力を、人間の勝手でそぎ落とさないこと。”自然界と同調“させることを心がけている」

 取材の折、相澤太さんは開口一番、そう話してくれた。18歳で海苔漁師を志し、熊本県の有明海での修業ののち、地元・東松島市矢本に戻った相澤さんは、父であり、当時『矢本漁業協同組合』の組合長であった勝利さんの下で海苔の養殖を学んでいく。生来の研究熱心さ、そして好奇心を持つ相澤さんは、試行錯誤を繰り返しながら、海苔漁に心血を注ぐこと5年。2004年の奉献乾海苔品評会において、23歳という若さで準優賞、2009年には、史上最年少で優賞を果たした。優賞、準優賞に輝いた海苔は、皇室献上品に。地元・大曲浜を「皇室御献上の浜」へ導く一員となり、今では県外の漁師へも積極的に技術公開を行う。

取材は3月中旬。早朝5時過ぎに出港。沖に出て、海苔の状態をていねいに確認していく相澤さん。その目は真剣だが、愛情にあふれていた。
取材は3月中旬。早朝5時過ぎに出港。沖に出て、海苔の状態をていねいに確認していく相澤さん。その目は真剣だが、愛情にあふれていた。

すべての考え方の中心に、自然があるからこそ。

 海に出て20年以上。高品質の海苔をつくり続ける相澤さんだが、それは自然の豊かさがあってこそのものだと言い切る。前述の言葉がそれを物語る。

 評価に驕ることなく、自然への畏怖を保ち続ける相澤さんは、2011年の震災に対しても、独特の思いがあった。「小さいころから自然の中で育っているので、すべての考え方の中心に自然がある。津波も『大変だったね』、ってよく言われるけど、俺にとっては、津波は自然界にとってのただの瞬きに過ぎないと思っている。それでまた大地も海も活性化するし。震災の5日後かな、沖に出たけど、海がめちゃくちゃキラキラしていた。小魚がいっぱいいて。ああ、繰り返しなんだなって」。

網を上げると黒々とした海苔が育っていた。海苔のシーズンは11月から翌3月にかけて。最上とされる一番摘みに始まり、十番摘みくらいまで収穫される。
網を上げると黒々とした海苔が育っていた。海苔のシーズンは11月から翌3月にかけて。最上とされる一番摘みに始まり、十番摘みくらいまで収穫される。

 相澤さんは、海苔の漁期以外に力を入れていることがある。その一つが海苔のワークショップだ。「自然を活用した仕事をさせてもらっているんだから、自然の価値をちゃんと伝えなきゃいけないなって」。ワークショップ先は多岐にわたり、地域の子どもたちから企業、さらには海外までも。話す内容も幅広い。海苔の生産や生態の話に始まり、食べ比べ、第一次産業や食の未来、自然界の話、果ては世界平和についてまで!? 「小さい子どもたちには、海や海苔のおいしさを。普段はこんな格好だけど、高校生の時にはちゃんとジャケット着て、ベンツに乗って行く。ちゃんとやれば稼げるんだよって(笑)。伝えたいことは年齢によって変わる。でも結局は、海苔のおいしさを伝えるよりも、自然や食べ物があるからこそ俺らの命は未来につながっていくよね、だから未来につながる生き方をしようね、最終的にみんなで未来のために生きれば平和になるよねって話になってしまう(笑)」。

一つのことだけを見ていては、なにもわからない。

 相澤さんが伝えたいのは”命の連鎖“だ。「海の豊かさってどこからきていると思いますか。日本が漁業大国なのは、四方を海に囲まれているから? でも、まずは、なぜそこに魚がいるのかを考えてほしい。海の栄養の素は窒素、リン酸、カリウム。これは大地と一緒。海では、そこから食物連鎖が始まり、海藻や小魚、大きな魚の命につながっていく。じゃあ、その栄養の素は日本の沿岸にはどこから流れてくるのか。そう、川なんです。日本では、多くはロシアのアムール川から親潮に乗って、そして各地にある国内の河川から。だからめちゃくちゃ海が豊か。すべては大地」。

 そして、「海だけを見ていても、なにも変わらない」と相澤さんは続ける。「大地の栄養は森から。もともと日本は森が豊かで、木々を建材として活用してきた歴史がある。でも、今は林業が衰退していっている。木を売ってもお金にならないから、森の管理を業者や組合になんて頼めない。だから売ってしまう人もいる。では、それを誰が買うのか。海外資本が、水源地として買っていくんです。でも、多くの日本人はそれを知らない。そして、日本の海の状態は年々悪くなっていて、栄養がない。各地で海を見てきたけど、これは間違いなくて、有機物がない。これはうまく自然とつき合えてない暮らしになっているからだと思います。雨水が、大地を通ることなく側溝を通って海に流れ込んでいくだけ。すべてはつながっていて、人間の利益優先、人間さえ生きられれば、ではなく、未来の自然や生物、人間がどうなるのかを想像して生きていこうぜって、俺は強く言いたい」。

加工場で作業する相澤さん。漁期となる秋から春にかけては早朝の収穫から夜遅くまで作業が続く。
加工場で作業する相澤さん。漁期となる秋から春にかけては早朝の収穫から夜遅くまで作業が続く。

 すべてはつながっている──。ゆえに昨今、注目されているSDGsの動きにも、相澤さんは疑問を持つ。相澤さんが直接的に関わるのは14項目の「海の豊かさを守ろう」だろう。が、ある一部だけを遵守することは無意味なことだと相澤さんは言う。「質の高い教育の機会をみんなに渡すこと、飢餓をゼロにすることなど、17の項目すべてでSDGs。『私はこれをしています』って、なんか嘘っぽい。全部を関連づけて考えないのであれば、意味がない」。多くの企業が事業ミッションの一つとして掲げ、さまざまな取り組みを活発化する現在にも警鐘を鳴らす。「似たようなことが震災のあとにもいっぱいあった。もちろん、本気のところが多かったけど、一方で、名前を売りたいんだなってところもあったし。それが今、SDGsでも起きているような気がする。そして、そんな心ない企業や団体に飛びつくような世の中じゃダメだなって思うんです」。

つながりを取り戻すため、未来のために。

 海苔は、今ある自然環境を受け止めて、育てることしかできないと相澤さんは言う。「だって、肥料もやれない。光を当てることも、水をあげることも、暴風雨だからといって急に収穫することもできない。環境を変えようがないところでやっているぶん、変化に一番気づきやすい」。その環境が豊かでなくなるということはすなわち、海はもちろん、大地も枯渇した世界。自然の恵みを食べることが叶わない将来を、相澤さんは子どもたちに残したくない。ゆえに積極的なメディアへの登場、海と山の交流会と銘打った植林の実施など、相澤さんは漁師以外の活動にも力を入れる。

「本当は海苔づくりだけに時間を懸けたいけど、こういう時代だからやっている。次に生まれ変わったら、海苔だけをやりたい」

 活動の一つに「全国海苔サミット」がある。各地の海苔漁師が年に一度集まり、養殖技術や流通、売り方など、それぞれが抱える課題を持ち寄り、議論していくイベント。2014年に宮城県で始まり、開催地を熊本県、千葉県、佐賀県、兵庫県と替えながら規模を拡大。昨年は100人以上の漁業者、流通関係者らが集まった。

「各地の海苔漁師は、いいものをつくる仲間という意識。みんなでがんばらないと漁業は盛り返せないし、各地域の海苔漁師が取り組むことで、その地域の自然環境も見直される。誰の海苔がうまいかを決めるのは好きじゃない。むしろそれぞれの海、育て方に個性があって、そんな『おいしい』がいっぱいあることが食の豊かさだって、俺は思っているから」 

一番摘みの焼き海苔。口に入れると磯の香りとほのかな塩味。2、3回咀嚼すると海苔の風味が口いっぱいに弾けた。
一番摘みの焼き海苔。口に入れると磯の香りとほのかな塩味。2、3回咀嚼すると海苔の風味が口いっぱいに弾けた。

 また、これまでの歴史を見れば、市場の都合で海苔が買い叩かれ、商品の価格が下がり、モノが溢れ、生産者が減った歴史もある。「でも、その結果が今。一周して生産者が減ったために、今の生産者は極端な言い方だけど、どんな海苔でもつくれば売れるようになった。けど、そこで勘違いする生産者はダメだと思う。生産、流通、そして自然など、現状をちゃんと理解し、変えるために『全国海苔サミット』をやっている。俺が漁師を終えるころには、生産者、販売者、食べる人の関係性をしっかり構築して、高品質の海苔が正当に評価される世界になっていてほしい。販売者側は生産者を理解し、食べる側にきちんと伝えられるのが本当の販売者だと思うし、食べる側も、高い安いではなく、しっかり価値をわかって選ぶ。自然の恵みはいつでも、いつまでも手に入るのが当たり前と思わない。それらがしっかり輪になることが本当のつながりだなって」。

 相澤さんの活動は、大地と海のつながり、そして生産者と販売者、食べる人のつながりを取り戻すため。すべては、未来のために。

このアクションを続けるために、大切にしていることは?

今ある課題を解決して、次の世代に渡す。

photographs & text by Yuki Inui