「アラ・カチュー」という慣習について、 フォトジャーナリスト・林典子さんと考える。
2019.05.20 UP

「アラ・カチュー」という慣習について、 フォトジャーナリスト・林典子さんと考える。

PEOPLE

旧・ソビエト連邦のキルギス共和国で起きている
「アラ・カチュー」や女性の生き方などを取材している林典子さんに、
取材を通じた心の葛藤や今の価値観について、聞きました。

複雑な問題を複雑なままに。

男性は市場で一目惚れし誘拐。翌日結婚式が執り行われた。
男性は市場で一目惚れし誘拐。翌日結婚式が執り行われた。
「アラ・カチュー」の後、2人の子どもに恵まれた。
「アラ・カチュー」の後、2人の子どもに恵まれた。

結婚相手も、
タイミングも
自分で選択できないとは
思っていなかった。

結婚したものの、暴力夫から逃げて実家に戻った母子。
結婚したものの、暴力夫から逃げて実家に戻った母子。

そんな人生を
受け入れたり
悩んだりしている
女性たちが、います。

6時間の抵抗の末、結婚。1年半後、娘を抱く19歳。
6時間の抵抗の末、結婚。1年半後、娘を抱く19歳。

無理に結婚させられても、
「今は幸せ」と話す女性もいます。

1954年に抵抗せずに結婚。現在の暴力的な「アラ・カチュー」は「伝統ではなくただの流行」と語った。
1954年に抵抗せずに結婚。現在の暴力的な「アラ・カチュー」は「伝統ではなくただの流行」と語った。

「アラ・カチュー」とは
伝統的結婚ではない?

林典子さんがキルギス共和国のある慣習を初めて知ったのは、国際人権組織の報告書だった。その慣習とは、キルギス語で「奪って去る」という意味を持つ「アラ・カチュー」。

実態を取材したいと、林さんが同国を初めて訪れたのは2012年だった。「『アラ・カチュー』は女性に対する人権侵害だ! と考えて取材を始めたんです。でも途中から、『アラ・カチュー』で幸せに暮らしている女性もいると分かって、悩み、考えさせられながら取材を続けました」。そう話す林さん。どういうことなのだろう?

「アラ・カチュー」は、顔見知りや顔見知りでない独身の女性を男性が突然奪いに行き、男性の家へと連れ去り、女性を説得して結婚するという、現在も行われている慣習だ。日本では「誘拐結婚」と訳されることが多い。

林さんがキルギスを訪れる直前のこと。自宅前で見ず知らずの男性に誘拐され、家に連れて行かれ、その日のうちにイスラム式の結婚式「ニカ」が執り行われ、レイプまでされた女子大生がいた。彼女は両親に助けを求めて実家へ戻ったが、その後自殺をしてしまう──。それはキルギス国内で大きく報道された。彼女には交際中の恋人がいて、婚約もしていたのだ。

キルギス政府は女性の合意がないままに結婚する「アラ・カチュー」を法律で禁じ、最高で10年の刊罰を「誘拐犯」に科しているが、いまだなくなっていないのが現状だ。この変わった“慣習”を“伝統”として受け入れている国民も多いという。ただし、首都のビシュケクではあまり見られないそう。林さんによれば、これは何百年も続いてきたような古い文化ではない。「50年ほど前から少しずつ増え、ソビエト連邦が崩壊してキルギスが独立した1990年代から急増したそうです」。

しかし林さんは取材を通じて、先述したような悲劇ばかりではないのだと知った。「結婚したくない相手と無理やり結婚させられた女性もいますけれど、実家に助けを求めて結婚せずに戻った人も、結婚した後に離婚した人もいます。きっかけは『アラ・カチュー』であっても『後悔していない。今は幸せに暮らしている』という女性もいれば、『今は幸せに暮らしているけれど、この結婚の在り方には反対だ』と話す女性もいたり、好きな人とわざと『アラ・カチュー』を装って結婚するカップルもいたりするんです。だから、実際はとても複雑で……」。

男性側にも個人差はあるようだ。「『こんなことがこの国で起きているなんて信じられない』と問題意識を持っている男性は多いし、若い男性から『キルギスの男性が全員これを支持しているとは思わないでほしい』と言われたこともあります。一方で肯定的な人もいれば、後ろめたさを感じたり誘拐するか悩んでいる男性もいます」。

林さんは一面だけを発信して是非を問うのではなく、「自分が見てきた事実はこうです」と、複雑な問題を複雑なままに伝える姿勢をとっている。

私たちはどう受け止め、
どう考えるか。

取材してきた人たちが
日本で、ふと頭に浮かぶ。

「最初は『アラ・カチュー』のことを『女性に対する人権侵害だ!』と思って取材していたし、個人的には今だって女性の合意がない結婚は人権侵害だと思っています。でも取材するうち、お世話になっていた身近な人たちに『アラ・カチュー』で結婚した人が大勢いて、いろいろなケースがあると知り、キルギスの価値観にだんだん馴染んで特別なことに思えなくなっていったんです。『彼らはアラ・カチューで結婚したらしいよ』と聞いても“普通のこと”のように思えてくるときさえあって……」。林さんは、取材中の変化を、そう教えてくれた。

同時に「ではこれをどのように伝えればいいのか」と、とても迷ったという。「文化の紹介にするか、外国人の私が人権侵害だと問題提起として伝えるのか。でも、白か黒かで判断できない問題は世界中にあふれていて、この取材を通してそういう複雑さやグレーな部分を伝えることはとても大事だと感じたんです。私は『いろいろなケースがあります。皆さんはどう思いますか?』としか言えないな、と思いました」。

白黒をハッキリさせたり、遠い国の不思議な慣習だと頭の中で片付けたりするのは簡単だ。でも、複雑なものに思いを巡らせる時間こそ何かを生むかもしれない、と林さんは考えている。「私自身にも言えることなんですけれど、想像力を持って他者と関わること──、つまり自分の暮らしに直接関わりがない人たちにちょっと関心を持つ、意識的に知りたいと思うことって大切だと思います」。

想像して、その人たちの何かや自分たちの暮らしが具体的に変わるわけではないかもしれない。それでも林さんは、想像力の大きさと豊かさを信じている。「例えば『今、この国でこんなことが起きています』とニュースで知ったときや、カフェでコーヒーを飲んでいるときに、ふと『あの人たち、今どんな暮らしをしているんだろう』って考えるだけでも、すごく大きなことのような気がして。見たこともない、話したこともない人たちが自分の日常に存在すると実感するって、大事なのかなと」。

イスラム国に村を侵攻され、暴力を受けた少数民族「ヤズディ」。
イスラム国に村を侵攻され、暴力を受けた少数民族「ヤズディ」。

それは、同じ人間として共通点が多いからだと林さんは考えている。例えば、「外で仕事ができたら」と悩んでいる「アラ・カチュー」を経験した女性と、同様の悩みを持つ日本の女性もいるだろう。「一見して日本と無関係に感じても、根本には共通しているものがあるんだと思うことがあります」。とは、自分が境界線を引いているだけなのだ。

ちなみに総務省統計局が発表した「世界の統計2018」によると、婚姻率(任意の1000人に対して1年間に婚姻をした人数)は日本が5.0、キルギスが7.9でキルギスのほうがやや高かったが、離婚率は日本が1.7でキルギスが1.5だった。日本には「アラ・カチュー」はないが、離婚率は両国がほぼ同じなのである。

難民キャンプを歩く「ヤズディ」の女性。
難民キャンプを歩く「ヤズディ」の女性。

想像力をつけると、深く、広くと、関心の対象は広がるものなのだろう。林さんは「アラ・カチュー」のさまざまなケースを収めた写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナルジオグラフィック)を出版した後、イスラム国に攻撃され故郷を失った少数民族・ヤズディの写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)も発行している。

写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナルジオグラフィック)と、故郷を失ったヤズディの写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)。
写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナルジオグラフィック)と、故郷を失ったヤズディの写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)。

また、2013年から18年秋まで11回にわたる北朝鮮での日本人妻を中心とした取材をまとめた『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」』(岩波新書)を今年6月に出版する予定だ。「取材前は、北朝鮮に関するミサイルなどのニュースを見るたびに、北朝鮮ってすごく遠い国で、どんな表情をしているかも分からない人たちが生きているようなイメージしかなかったんです。でも今は、北朝鮮で取材してきた人たちのこと、日本でよく考えるんです。ふと頭に浮かぶことがあって、今は私の日常に彼らが存在しています」。

一人ひとりの問題だと意識を持ち、
自分の考え方や行動を振り返る。

「社会」という言葉は
他人事に聞こえる。

林さんは受け手の感性を信頼しているからこそ、発信しているのかもしれない。林さんの発する写真や言葉を受けとった人からの“声”が届くと「取材してよかった」と心から思えるという。

数多くの“声”のなかから、あるエピソードを教えてくれた。「HIVに母子感染して、生まれつき耳が聞こえず言葉が話せず、左目の視力も失っていたボンヘイというカンボジアの少年がアニメ好きで、それを著書に書いたら、読者の方から『私はアニメ好きで声優を目指してきたけれど、ボンヘイくんのような子どもたちに喜んでもらえるアニメを制作したいと思うようになりました』とメールがきたんです。その後、ボンヘイは14歳で亡くなるのですが、『そう思ってくれた方がいれば、ボンヘイはまだ存在しているんだな』と思えたんですよ」。

想像力を持ち、他者を日常に存在させる。それだけではなく、林さんは「一人ひとりの問題だという意識を持って、自分の考え方や行動を改めて振り返らないと、世の中は変わらないと思います。どんなに『社会をよくしよう』とか『社会を変える』と言っても、私にはきれいごとにしか聞こえなくて……。『社会』という言葉も、遠いというか、他人事に聞こえるんです」と話す。

さらに、その問題が起こっている当事国については「コミュニティでの価値観を形成する立場の人や、尊敬される立場にある村長や学校の先生が教育していかないと、問題は変わっていかない」と考えている。
「アラ・カチュー」の取材は終えたわけではない。その後も彼女たちの人生は続くからだ。「そういうところも全部含めて、この問題がどうなのかを考えなくてはいけないと思います」。次回のキルギス行きは、「アラ・カチュー」の取材というよりも、かつて「アラ・カチュー」の取材をした女性のその後──出産を経験し育児をしている今の日常を取材しに行くという。

「彼女たちが今どうやって生きているのかを再会して確かめることで、また私の考え方が変わるかもしれません。続いていくんだなって思います」。柔軟に、真摯に。いのちが鼓動する鮮明な瞬間を、送り続ける。

 

photographs by Noriko Hayashi
text by Yoshino Kokubo
撮影協力:AKOMEYA TOKYO in la kagū

本記事は雑誌ソトコト2019年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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林 典子

はやし・のりこ●1983年生まれ。国際政治学、紛争・平和構築学を専攻していた大学時代に西アフリカのガンビア共和国を訪れ、地元新聞社『The Point』紙で写真を撮り始める。『ニュースにならない人々の物語』を国内外で取材。英ロンドンのフォトエージェンシー「Panos Pictures」所属。