熊本県八代市で出合ったい草と畳表で卒業制作。
畳に張る畳表の原料は、い草。約95パーセントが熊本県八代市で生産されているが、中国産の畳表が席巻したことで、1990年に約6800軒あったい草農家は今、約500軒にまで減少している。山形県の『鏡畳店』社長の鏡芳昭さんは、中国産が席巻した理由として、「生産者は問屋に、問屋は畳屋に、畳屋は工務店に売ればいい」と、業界が消費者のほうを向いてこなかったからと指摘しつつ、自身の反省点としても挙げる。その反省から設立されたのが『畳屋道場』だ。全国14店舗の畳屋が加盟し、「正直たたみ」というコンセプトで、い草農家から畳表を直接仕入れ、畳をつくり、販売している。そんな『畳屋道場』に加盟する『鏡畳店』で、畳職人兼プロダクトデザイナーとして研鑽を続ける尾形航さんに、国産畳の可能性を尋ねた。
ソトコト(以下S) 畳のプロダクトをつくり始めたきっかけは?
尾形 航(以下尾形) 東北芸術工科大学の卒業制作のときに畳と出合いました。サスティナブルデザインをテーマに何をつくろうかと考え、素材を探していたとき、インターネットで畳のことを調べていると、たまたま『鏡畳店』がヒット。畳のことを学ばせてもらおうと訪ねました。畳について何も知らなかったので、「畳って何ですか?」「い草って何ですか?」と、今思えば失礼な質問を恥ずかしげもなく投げかけました。社長(鏡芳昭さん)は、そんな私に怒りもせず丁寧に教えてくださり、「今度、一緒に熊本に行かないか?」と誘ってくれました。社長は頻繁に熊本へ通い、い草の田植えや刈り取り作業を手伝っていたのです。八代市がい草の産地であることを知った私は「行きます!」と即答しました。
S 熊本へ行かれたのですね。
尾形 はい。1か月後、八代市へ向かい、農家さんがい草を織る作業を見学しました。夜は食事をしながらいろいろ話しました。畳産業の衰退、後継者不足……。私が、「い草を使った畳以外の商品をつくって売れば?」と提案すると、皆さん、おもしろがって聞いてくださいました。そのとき心の中に、「畳をデザインしたい」「農家さんたちと一緒に仕事がしたい」という思いが芽生えたのです。畳は天然の素材で、畳表を張り替えれば繰り返し使えると知り、畳で何かつくろうと。思い返せば、私は大学でコンプレックスを抱えていました。デザインを勉強してはいましたが、いい作品がつくれず、デザイナーに向いてないんじゃないかと、自信が持てないまま卒業を迎えようとしていました。就職活動も不調でした。悩んでいたときに、熊本のい草農家さんが温かく迎えてくださって。大学4年間でいちばん楽しい時間を過ごしました。
S そんなふうに畳と出合い、卒業制作でつくられたのがこのチェアですね?
尾形 はい。資生堂銀座ビルで開催された「LINKOFLIFE エイジングは未来だ展」に出品するにあたって、卒業制作のチェアに心地よい振動や音響を付加したものを、「TA/TA/MI/RAI(多々未来)」というチームで製作しました。
「畳は平ら」という美学を超えた、ローカルデザイン。
S 『鏡畳店』に就職し、5年が経ちました。畳に対する考えは深まりましたか?
尾形 私は畳職人として『鏡畳店』に就職しました。第11回ロハスデザインアワードで大賞をいただいたいぐさロールといぐさピローも、畳職人としてデザインしたもの。そこにはこだわっています。と言うのは、「い草はとてもいい素材なのに畳は売れない」という声を畳業界のなかで耳にするとき、私は、「いい素材だからこそ畳に固執せず、椅子やバッグなど、い草を使ったプロダクトをつくり、販売すればいい」と思うから。畳職人には畳表を扱う巧みな技術があるのに、発想力や提案力が弱かったために工務店の下請けに甘んじてきたと思うのです。昔のように畳が売れないのは、日本の住宅が洋風化したためです。だったら、洋室にも合う畳商品を考えればいいのです。その発想の転換が実は難しく、「畳は平ら」という美学から抜け出せないでいたのです。いぐさピローは、畳表の軟らかさや肌にふれたときの心地よさを表現しようとデザインしました。『畳屋道場』に加盟する店舗の職人もつくって販売できるようにと、つくり方を共有しています。そんなふうに、畳屋も自らデザインできるように変わっていってほしいという願いを込めたプロダクトなのです。
S サスティナブルでローカルなプロダクトでもありますね。
尾形 はい。い草は11月中旬に田植えをし、翌年6月下旬から収穫します。泥染めをし、一晩中火を焚いて乾燥させ、袋に入れて保管。3か月から1年間ほど寝かせたものを畳表に織り上げます。畳表を織るまでがい草農家の仕事なのです。大変でしょう? 私たち畳屋はその畳表を仕入れ、畳をつくっているのです。その畳表を織るときに使うのは、い草の中程の部分。そのほうが畳の色が均一になり、クッション性も高いですから。中程の部分だけで100センチ程度の長さが必要です。長さが足りないい草は選別され、根や穂先に近い部分と一緒に廃棄処分されます。全体の10〜15パーセントも捨てられます。もったいないですよね。そこで、廃棄していたい草を、いぐさロールの芯の部分に詰めることにしたのです。捨てていたものを材料にすれば、そのぶん、い草農家の収入も増えます。畳屋としても畳以外の商材が増えるのはありがたいこと。ユーザーにとっても、洋室に畳は敷けないけれどいぐさロールのような、インテリアにマッチすることができるアイテムなら住空間に取り入れることができます。まさに„三方良し〝の商品が生まれたのです。いぐさピローの中にも、い草の断片がたくさん詰め込まれています。
S い草や畳表の生産現場を訪れ、作業を手伝ったからこそ生まれた発想であり、デザインなのでしょうね?
尾形 そう思います。学生時代、自分のデザインに満足できず、コンプレックスを抱えていたのは、頭でばかりデザインしていたから。ローカルの現場を見れば、必要なデザインは自ずと生まれることに気づかされました。
国産と中国産。畳の違いを知り、正直なものを選ぶ。
S 『畳屋道場』が発行しているパンフレット『ほんもののたたみ』のなかで、鏡社長がこう述べています。「気がついたら畳表の8割が中国産に取って代わられ、い草農家も激減していました」「国産と中国産の見分けがつく畳屋が10パーセント程度」と。
尾形 昔、安価な中国産の畳表が広く流通するようになったことがあり、そのときに国産の畳表を扱わなくなった畳屋が増えたからかもしれません。実際、織りの技術が高いものは国産のものに迫る勢いで上達してきたそうで、仕上がったものだけで国産かどうかを見分けるのは難しいものもあるのです。
S 国産と中国産の畳表はどんな違いがあるのでしょう?
尾形 色合いも違いの一つです。国産のものはい草の選別をかなり念入りに行いますから、購入時の色合いが均一で、焼け方(経年変化)も均一です。また、刈り取りの時期が異なります。中国では、日本より約1か月早い5月頃に刈り取ります。それは、より緑がかった畳をつくるためです。ただ、い草にはストロー状になっている茎の中に弾力性を出す実が入っていますが、5月頃だとその実(燈とうしん心)が入りきる前に刈り取るので、畳になってからの耐久性に違いが出てきます。一見、緑色のきれいな畳に見えますが、弾力性がなく割れやすいです。
S 鏡社長は、「国産とされている半分以上は、実は中国産といわれています。産地偽装はあってはならないことですが」とも述べられていて、畳をめぐって、大変な現状が続いていることがわかりました。
尾形 日本のい草農家は、織り上げる途中の工程でしか縫えない部分に生産者のタグを取り付けたり、真ん中に青い縦糸を織り込んだりと、国産である証しを畳表に残すためのさまざまな工夫をして対応していますが、現実問題として、偽装品が出回っている状態はなかなか改善されていません。ただ、『鏡畳店』も中国産の畳表を、中国産として扱うことがあります。なかには、予算の都合でどうしても中国産しか買えないお客様がいらっしゃいますので。それもあって、社長は『鏡畳店』とは別に、『畳屋道場』を立ち上げたのです。『畳屋道場』で扱う畳は100パーセント国産の上質な畳です。い草農家さんから畳表を直接仕入れ、「正直たたみ」として、ブランド化して販売をしています。
S 正直な畳は、もしかすると着物と同様に贅沢な嗜好品として生き残っていくのかもしれません。一方で、尾形さんのような畳の概念を覆すプロダクトも生まれています。今後はどんな展開を考えていますか?
尾形 い草農家さんは畳表を織る機械を巧みに操作し、修理までこなす器用な方々です。商品開発をするときに、新しいい草の織り方や加工方法を農家さんと一緒に研究しながら、い草の可能性を引き出し、これまでにないプロダクトをつくりたいと思っています。畳職人であり、プロダクトデザイナーでもある私ならではのアプローチで。
photographs by Yusuke Abe
text by Kentaro Matsui