そしてまた、オカンと僕は夢を見る。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.7
2019.06.13 UP

そしてまた、オカンと僕は夢を見る。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.7

DIVERSITY

今年もテレビで「母の日」にかこつけたCMがはじまった。大体どれもちょっと無理ある提案で笑ってしまうが、まんまと僕もオカンのことを想わされる。僕は世の大半の男子同様、結構なマザコンだ。

我が家は、お世辞にも父親が“家族思い”とは言えない状況が長らく続いたが、オカンと僕の絆はその悲しみが育んでくれたように思う。小さい頃は、隣町の図書館までママチャリに乗って出掛けるのが僕らの幸せだった。図書館のすぐ近くにマクドナルドがあって、その時だけは食べさせてもらえる。それが本当においしくて、だから僕は今もマクドナルドが好きだ。僕の中学・高校時代の6年くらいは、お互いに口にできない悩みがたくさんあったように思う。僕はゲイだということを、オカンはまぁ、いろいろのことをだ。こっそり泣いているのを互いに見かけては「そういう時もあるよ」とドアの隙間から声をかけ合ってきた。僕が生きてこれたのは間違いなくオカンがいたからだ。そしてオカンも多分、僕と2人の姉がいたからやってこれたんだと思う。

そんな無償の愛を浴びて育った僕は、親孝行せずには死ねないと思っている。でも実は、それが簡単ではない。オカンは本当に無欲な人間だが唯一の望みがあって、それが僕に「子どもをもってもらうこと」だからだ。「尚樹の子どもの顔を見るんが、私の夢やねん」。ママチャリをこぐ背中を見つめていた時から、ずっと言われてきた。そして僕もずっと「うん!」と元気に答えてきた。「親の夢を押しつけられる必要なんてない」とか言う人もいるかもしれないが、押し付けられたというか、ただ単に僕は叶えてあげたかったのだ、ワガママなんてこれっぽっちも言わないオカンの望みを。

でも2年前、僕はゲイだとカミングアウトすると決めた。正月のファミリーレストラン、自分のセクシュアリティを大切にして生きていくことだけは譲れないから、子どもは諦めてくれと話した。「ごめん」。最後にそう言った僕に、彼女は「なんで謝るんよ」となぜか恥ずかしそうに笑った後、「ゲイでもなんでも、もし足がなくなってもどうなっても、あんたは私の息子やからね」と言った。僕は「あぁ、この人はすごすぎるな」と、もはや感服した。自分の夢が消えていくただ中に、相手を思える強さが、崇高さが、僕にもいつか身につく日がくるのだろうか。そんなことを考えさせられた。

ノンケの人がノンケであることを選んだことがないように、僕はゲイであることを選んだことはない。だからこのオカンへの告白が悪いことだったとは思っていない。でも彼女の夢を終わらせたのが自分であることは事実である以上、僕は新たな親孝行の形を提案し続けていく義務があると思っている。遺伝子をつなぐことの代わりとなる何かを諦めずに探していきたい。

そんな僕にとって、先日のニュースは嬉しかった。大阪市で男性カップルがはじめて里親として認定されたのだ(我がふるさと、最高かよ)。僕は能天気にも「自分は最愛の人と結婚できる」と思っているが、その時には里親になりたいと思う。オカンの「命をつなぐ」という夢は、遺伝子をつながなくてもできるんじゃないか、そんな新たな夢を提案させてもらうつもりだ。実は明日オカンに会うのだが、まずはカーネーションで脇を固めつつ、この話に触れてみようと思う。あの日からオカンも変わった。いつもLGBTにまつわるニュースを朝夕かまわず僕にシェアしてくるようになったし、この連載のことも毎月「最高やったで」と長いメールをくれる。そう、僕らはこれからも変わっていくのだ。だからまた夢を見れるはずだと思う。オカン、そう僕は信じてるよ。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

本記事は雑誌ソトコト2017年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。