「新潟で働く選択肢を作る。」コロナを機にUターンを決めた若手起業家、渋谷修太さんの挑戦。
2020.07.03 UP

「新潟で働く選択肢を作る。」コロナを機にUターンを決めた若手起業家、渋谷修太さんの挑戦。

WORK

 コロナ禍において様々な業種で仕事のリモート化が進み、どこにいても仕事ができる環境が広まってきた。それに伴い、地元へのUターンや、首都圏以外の好きな街で暮らす選択肢を本格的に検討する人も増えている。そんな中で、いち早く新時代に適応した新たな働き方を進めながら、地元に貢献しようとUターン移住を決めた、フラー株式会社・代表の渋谷修太さん。移住に至った背景や現在の暮らしから、これからの働き方を考える。

大学卒業後、働く場所として“新潟”という選択肢はなかった。

フラー株式会社_イメージ
フラー株式会社、代表取締役社長兼CEOの渋谷修太さん(右)と、代表取締役副社長兼CCOの櫻井 裕基さん(左)。

 渋谷さんが代表取締役社長を務めるフラー株式会社は、2011年に茨城県つくば市で創業したIT企業。モバイルアプリの分析支援や共創事業などを主力として、現在は柏の葉キャンパスにある本社と新潟支社、さらにサテライトオフィスとして韓国にも拠点を構えている。

 渋谷さん自身は、2016年に経済誌「Forbes」によって、アジアの30歳未満の重要人物「30 Under 30 Enterprise Technology」に選出された若手起業家のひとり。新型コロナウイルスの影響により、様々なところでデジタル化の必要性が浮き彫りになる中、モバイルアプリを扱う事業自体にもニーズは高まっているが、同時に、今年5月に企業のトップである自らが地方への移住を決めたことでも注目を集めている。

フラー株式会社_新潟イメージ写真
渋谷さんの出身地のひとつ、佐渡。ゆったりした空気と透明度の高いきれいな海が広がる。

 そんな渋谷さんは、新潟県で生まれ育った。ご両親の仕事の都合で小さな頃から県内を転々としていたそうで、県内の上・中・下越・佐渡、すべての地域で住んでいた経験があるそう。大学進学とともに新潟を離れて10年以上が経つが、今年5月中旬にUターン移住を決め、6月あたまには自身の拠点を新潟に移した。

 移住以降、新潟の魅力を伝える投稿も多い渋谷さんのSNSからは、地元への大きな愛が伝わってくる。しかし、大学進学時に新潟を離れるときには「もう戻ってこないかもしれない」と思っていたのだとか。

渋谷さん「当時は新潟で起業とか、全く思いつかなかったですね。選択肢に入らなかったというか(笑)。だから自然と東京へ行きましたし。故郷としての新潟は好きでしたけど、でもどっちかっていうと、新潟を離れてから『やっぱごはん美味しかったなあ』とか、スノボしに帰ってきたりして『やっぱ雪降るのが冬だよなあ』と思うようになりました」

新潟支社を作ったことで見えた、ビジネスの可能性。

 そんな考えが変わったのは、フラーの新潟支社を開設してからだった。

渋谷さん「新潟にオフィスを作ったのは、会社の後輩が『新潟に帰りたい。でもそうするとフラーで働けなくなってしまう』と悩んでいたのが始まりでした。だったら新潟にオフィスを作ろうってことで、やり始めたんです」

フラー株式会社_新潟支社
新潟支社、オフィス内の様子。

 そうとは決めたものの、初めは新潟で仕事をすることに懐疑的だった、と振り返る。

渋谷さん「最初は正直『新潟で何するんだろう』って思ってたし、『新潟で社員とか本当に増えるの?』って半信半疑だったんですけど(笑)。でも今では新潟支社の社員も20人くらいまで増えましたし、開設から今に至るまでの3年間でいろんな地元の会社さんや自治体と仕事ができたんですよね。その中で、自分が思ってたよりも新潟にはいろんなものがあって魅力的だったし、Uターンして働きたいっていう人の数も思ってるより全然多くて、『新潟ってすごい可能性あるなあ』と感じました」

リモートワークの普及で見直した、時間の使い方と自分の存在価値。

 では、実際にこのタイミングで新潟への移住を決めたのは何故だったのか。

 まず理由として大きいのは、コロナ禍で全国的に進んだリモートワークの普及だ。コロナ以前からオンライン会議や週1回のリモートワークを取り入れていたフラーの社内ではそれほど変化はないが、取引先を含む社外でオンライン化が進んだことが大きいという。

渋谷さん「今までは、“打ち合わせ”って言うと対面で会うことがデフォルトでしたが、今はもう全部オンライン会議になっています。コロナ以前は1日平均5件くらいアポに行ってましたけど、今は1日7〜8件打ち合わせできていて。移動がないから、終わったらすぐ次に行ける。これはもう生産性が高すぎるので、打ち合わせは基本オンラインにして、本当に必要なことに時間を使おうって思ったときに、『これ必ずしも東京じゃなくていいよな』って思い始めたんです」

フラー株式会社_青空
新潟、万代の空。渋谷さん撮影。

 では、自分はどこにいるべきなのか。そう考えたとき、自分の存在価値を最も実感できるのは、地元・新潟だった。それは、フラーの本業であるデジタル分野に関して多くの課題を抱える新潟の環境も大きいが、一番は、新潟支社での仕事を通して、新潟という地域に自分自身が必要とされているのを強く感じたことからだった。特に、新潟の起業率は全国の中でも最低水準。だからこそ、ゼロから会社を立ち上げ、成長させてきた経験のある渋谷さん自身ができることが数多くあると考えている。中でも重視しているのは、新潟に魅力的な企業を増やすことだ。

渋谷さん「たとえば、IT企業の全体の90%くらいが東京にあるんですね。今、IT企業は若者に人気の職場のひとつですけど、そういう若者が地元で就職するってなったら、希望しない業種の会社に行かなきゃいけないとか、地元での就職を諦める人も多く出てくるわけです。実際に、都内在住者の40%くらいは地元に帰りたいと思っているという統計データもありますけど、その人たちが帰れない理由はダントツで仕事なんですよ。『帰りたい』ってなった時に、面白い仕事がないという状況になっている。だから、これを作っていくのが一番大事だと思っています」

 新潟にいる若者がやりたいと思える仕事を増やす、あるいは、自分で起業するという道を提示する。そのためにも、新潟で官民一体となり始まった、起業家を増やす取り組みにも積極的に参加している。

渋谷さん「仲良くしていただいている新潟の経営者の方から『起業家支援研究会』っていうものに誘っていただいて。これは、新潟県の起業率が全国最下位っていうことで、『なんとかしなきゃいけない』と立ち上がった会なんです。この取り組みの一環で、メンバー全員で実際にシリコンバレーを見に行ったりしながら、県内でどう起業家を増やすかを本格的に考え始めました。それで県と連携しながら起業家サポートネットワークみたいなものを作って、起業家を生み出す拠点が県内5ヶ所くらいにできたりして。2年ほど前から始めた活動ですけど、もうすでに10社以上は若い起業家が出てきていますね」

 自身の起業や経営経験こそが、若い起業家たちの模範になる。だからこそ自分がやる意味がある、と渋谷さんは考えている。

渋谷さん「新潟県としてこれから起業家を増やすにあたって、ある種自分がロールモデル的な役割ができるだろうなと思ったんです。どれだけ行政や企業の経営に関わる人が『起業家を増やそう』って言っていても自分自身が起業家じゃない場合もあるし、しかも若い人は同世代くらいの人が言わないと響かないと思う。起業して、会社8年くらいやって、億単位で資金調達して、社員が100人になって、みたいな起業家は新潟には全然いないので、自分がやらなきゃって思いました」

 数少ない県内出身の若手起業家として使命感を抱きながら、会社としても個人としても、ここ新潟でこそやるべきことがいくつもある。そのことが、急速にリモートワークが普及した社会状況と相まって、約10年ぶりとなる新潟移住を決断させたのだった。

Miho Aizaki

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