オールド・ヴァイオリン
2020.07.08 UP

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか | 14 オールド・ヴァイオリン

DIVERSITY

 1914年・英国製のヴァイオリンと出合う縁があった。新しい楽器にはない、歴史を積み重ねた物だけが持つ独特の佇まいと深みのある音色。ヴァイオリンの起源は擦弦楽器のラバーブにあると言われているが、中世中期にヨーロッパに伝えられてからレベックと呼ばれるようになった。レベックは立てて演奏するタイプと抱えて演奏するタイプに分かれ、前者はヴィオール属、後者はヴァイオリン属へと進化する。

 現存する最古の楽器は16世紀後半のものだが、それ以前のヨーロッパ各地の絵画や文献にヴァイオリンが描写されていることから、登場したのは16世紀初頭と考えられている。

 1600年代のオールド・ヴァイオリンは特有の膨らみを持つ。この膨らみは大音量を出すには不向きだが、演奏される場所が王侯貴族の宮殿内であったため、大きな音量は必要なかったのである。

 音質にこだわればよい環境だからこそ形成された膨らみ。ゆえにその形状の美しさが際立つ。時代と共にコンサートホールでの演奏が増えるようになり、それが音量を出すのに向いた構造へと変わっていく。

 ヴァイオリンが生まれて辿ってきた歴史に思いを馳せながら、100年ほど前に製作されたヴァイオリンの音に包まれてみる。このヴァイオリンを製作した人、演奏した人、日本へと渡る行程。僕が包まれているのは奏でられる音だけではなく、それら全部のストーリーだ。

 最近、古本人気が高まっているという記事を目にした。古書店に並んでいる本は言わば時代の断片、証言者。内容はさることながら、古本への書き込みや挟まったままの映画や展覧会などのチケットも、元の所有者の人生を想像させて興味深いのだというコメントが載っていた。ふむふむ、まったくの同感である。たまに古書店に立ち寄ると、妙にワクワクしてしまう理由はそれだ。カバンの中にスマートな電子書籍を携えながらも色あせた本にひかれてしまうのは、長生きしてきた古本だけが抱えるストーリーがあるからなのだ。

 テクノロジーは、電子音楽や電子書籍を生み出した。僕もコンピュータを使って音楽を作って演奏して楽しんだり、拙書を電子書籍で読んでいただいたりと、その恩恵を受けている一人だ。多くの現代音楽には何らかの形で電子音楽が活用され、電子書籍も普及が進む。その性能が上がり続けることで音楽や本の新しい可能性を切りひらくだろうし、電子ならではのメリットをますます享受することになろう。

 優秀なテクノロジーは、大量生産を瞬間芸で成し遂げる。生み出されたものは高速ストリームの中であっという間に流れ去り、それが繰り返される。ストーリーが物に付随する間もなく、物はフローの一部になる。僕はそのことが気になっているし、出合ったオールド・ヴァイオリンが何かを訴えかけてくるように思えるのも、そのせいだろう。人間の感性は、目新しいものやフローの先端だけに向かうわけではない。歴史が物に刻み込んだストーリーを愛でることで、人間は豊かになれることがある。ストリームの中で寿命短く消滅した物の名残を示す泡にすら気づくことのない社会において、そのことを忘れたくない。人間そのものがストリームの泡沫にならないために。

文●小川和也

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小川和也

おがわ・かずや
起業家、著作家、研究者、ラジオ番組ナビゲーターとして、ばらばらの点をつなげて未来をつくる活動をしている。起業家として独創的な事業を生み出し続け、2017年、世界的に権威のあるマーケティングアワード「DMA国際エコー賞」を受賞。人間とテクノロジーの未来を説いた著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題に採用され、テクノロジー教育を担っている。北海道大学客員教授として人工知能の研究を行いJ-WAVE『FUTURISM』で番組ナビゲーターとして未来を生きる鍵を声で伝えている。また、実業と学術を往来し多様な表現方法を駆使しながら、未来のグランドデザインを描いている。最新刊は『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)