「忘れてはいけない悲しみ」について。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.9
2019.06.15 UP

「忘れてはいけない悲しみ」について。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.9

DIVERSITY

先日、新宿二丁目でゲイの先輩と飲んだ。知らない方もいるかもしれないが、二丁目はゲイバーばかりというわけではなく美味しいお店も結構ある。この日、僕らはまず謎の家族経営の中華料理店からスタートし、どっぷり“聖地”を巡った。

学生時代は何かと怖い人が集まるのだろうと思い込んでいたこの街も、気づけば僕にとって落ち着く場所になった。お忍びで通われる人も多いから決して開放的な場所とは言えないが、そこに集まる人が「自由だ」と感じている街というのは、やはり独特の開放感と哀愁を放っていて、やたらとネオンが似合う。千鳥足の人がいる。急ぎ足の人もいる。悲しい人も楽しい人もいる。僕は、この街から気丈さを学んだ。まぁ、今もだいたいのことに動揺しっぱなしだが、そんな僕も少しは大人にしてくれた街だ。

この日ご一緒した先輩というのは、30年ちかくLGBTアクティビストを続けてこられた方(Aさんとする)だ。大先輩との初めてのサシ飲みだったというのもあって僕は緊張していたが、話しだすとなんのその。今年の東京レインボープライド(日本最大のLGBTの祭典)に10万人も集まったことや、最近の僕の恋愛事情についてなど話題は尽きず、結局平日なのに3軒目まで行ってしまった。

その3軒目はもちろんゲイバーで、僕はカンパリソーダを頼んだ。イケメンの店員さんは「黙って焼酎水割り飲めよ、ブス」っていう顔をしていた気がするけど、関係ない。何しろカンパリソーダは感傷的な味がする。これを飲めば、情けないことを聞いても大きな何かに許される気がして頼んだ。僕はどうしてもこの日、Aさんに聞いておきたいことがあった。

「この30年は楽しかったですか?」

僕はありがたくもゲイとして楽しく生きている。今日も美容院で気軽にカミングアウトしたし、日常で困ることはほぼなくなった。でもそんな環境があるのは、社会から「変態」と呼ばれても、たった一つの魂でまともに対峙し続けてきた先人たちがいるからだ。完全に割を食ってきたのは先輩たち……なのか? いや、きっと楽しくもあったんじゃないか? いや、そうあってくれ! そういう期待から聞いてしまった。

Aさんは表情を変えなかった。数秒じーっと壁に目をやったあと、僕を見て少し笑みを浮かべ、「僕の友人には、今は大きな会社で役員をしている人もいるし、研究の成果で表彰された人もいる。僕にも、そんな人生もあったのかな、と思うよ」と言った。それ以上は何も言わなかった。

僕は「そうですよね」と気の利かない返事をして、黙った。「どういう意味ですか?」と聞くのは、なにかすごく下品なことに思えた。一瞬、「ほんとマジ、よく頑張ってきてくれたよ! ありがとう!」とか、立って叫びそうになったけど、それもまるで励ますようで、失礼にもほどがある。なんとか「Aさんたちの頑張りがあって、今の自分があると思ってます」とだけ伝えた後、紛らわすようにカラオケを歌って、適当に隣の席のイケメンに絡んで帰った。タクシーから流れる景色をずっと見てた。そう、本当に彼らのこれまでがあって、今の自分がある。それを忘れずに生きようと思う。

僕がやっている『やる気あり美』という団体は「楽しさ」を大事にしてやっている。それは、人は光のほうを向いて生きると信じるからだ。でも、この世には忘れてはいけない悲しみが必ずある。それは何なのか、常に見極めながらやっていきたいと思う。Aさんの崇高な人生はもちろん悲しいものなわけがないが、あの横顔の意味をこれから僕は見つけていかなくちゃならない。感謝はいつも難しい。でも、感謝を忘れたら終わりだ。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

本記事は雑誌ソトコト2017年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。