み館スタッフメンバー
2020.07.16 UP

福祉の日常をカラフルに。誰でも先生になれる「みんなのまなびば み館」が開校

DIVERSITY

み館の入り口を、福祉の入り口にするために

み館のスタッフは、自由にデザインする働き方のモデルでもある。例えば、み館の館長を務める中山聡子さん。元助産師の経験を生かし、小規模多機能型居宅介護の看護業を担う傍ら、趣味のカメラやライティングで広報業務を行う。二児の母でもある彼女は、高齢者や子どもが地域の人との接点を多く持つことで、入居者が徘徊してしまった時などでも地域住民に協力を仰ぐことができるため、閉じて守るのではなく開いて守るセーフティネットな場所でありたいという。

中山聡子さん
自らも、プラントハンガー作りきょうしつのせんせいを務める

また、タイ出身の中山スィリマーさんは、介護福祉業と長与町に住む外国人のサポートを仕事にする。ながよ光彩会は、長崎で日本語を学ぶ留学生のスリランカ人を職員として受け入れている。今後もベトナムから留学生、ミャンマーからは技能実習生を受け入れる方針。様々な国籍の人たちと共に施設を運営する中で、外国人介護職員を支える役目をスィリマーさんが担う。

自分自身が日本に来てから孤独な生活を送っていたが、繋がりが生まれコミュニティに所属するようになってから日常が一変。そんな経験から、職員以外にも長与町に住む外国人が気軽に集まれるコミュニティづくりに励む。加えて、み館で地域の子どもと交流したり、すれ違う時に挨拶を交わしたりすることで、馴染みのない外国人とも自然に声を掛け合えるような町にしていきたいとのことだ。

スィリマーさん
タイの大学で日本語学科を卒業し、結婚後日本へ。働きながら勉強し、介護福祉士の国家資格を取得

このようにして、個々人の背景や特技に合わせて働き方を選べる二人のモデルスタッフを置くことで、初めて組織内でこの考え方が浸透していくと貞松さん。今後、ベテランな年配の職員も退職の時期が迫ってくるが、週に数日程度なら勤務し続けられるとなれば、現場はとても助かる。

さらに、み館には地域の様々な人が集う場所。施設に勤めるスタッフの働き方が細分化されることで、その穴を補うための人手も雇わなければいけないが、地域に潜在する隙間時間で働きたい子育て層や退職後の人と繋がり、雇用することができる。気軽に福祉の世界に入ってこられるよう、研修制度を充実させたり、資格の有無によって担える業務を整理したりなど、入り口のハードルを下げる環境整備を厭わない。

福祉人材不足の課題解決へ向かうため、リスクの分散と個人のポテンシャルに焦点を当てた組織の在り方だった。

誰でも主人公になれる当たり前を肯定する

地域に開かれたみんなの学び場。高齢者介護の一方的な関係性だけに留まらず、入居者・職員・町の住民それぞれが能動的な生き方を見つけるための土壌が耕されていた。閉鎖的な空間と、変化のない日常になってしまいがちな施設での暮らしに、絵の具を垂らしてささやかな彩りを持たせることの尊さを知っているからこそ、町の真ん中にみ館ができた。

み館の内観
秘密基地のようなワクワク感と、家の縁側のような安心感を兼ね備える

また、「ひととまちとくらしの学校」の校長・畑村竜太さんは、“選べる選択肢がある”ことの大切さを語る。もちろん、日々の身の回りのお世話をする介護の提供は、施設の入居者にとって必要不可欠なもの。それを提供する職員も、かけがえのない人材であることは確かだ。

しかし、日々起きること、出会う人がずっと変わることのない人生には、知らず知らずのうちに誰しも持っているはずの当たり前の選択肢までもが保証されなくなる。そして、日常をカラフルにするような、ちょっとしたハプニングをもたらす登場人物が現れなくなってしまうのだ。不自由のない生活を送る私たちは、その当たり前の尊さに気付くことが難しい。

畑村さん
東京都出身の畑村さん。SEとして都会で働いていたが、現在は長与の自然に囲まれて暮らす

介護職員も入居者も、生きがいや自分の好きなことを追求する人生を選んでもいい。そんな当たり前な選択を肯定することが、高齢者福祉にも必要だった。み館は誰でも先生になれて、誰でも生徒になれる。家族や仕事場、学校以外にお互いを認め合えるそんな場所が与えてくれるのは、「あ、それやっていいんだ!」という気付きなのである。

福祉に関わる人の日常が少しでも彩りのあるものにするため、そして、福祉人材不足という大きな課題を解決するために、小さな変革を起こし続ける貞松さんとながよ光彩会。対話を繰り返して生まれたまちのリビングには、これからどんな登場人物が集うのだろう。

み館の内観2

 

Photo & Text by Kyosuke Mori
写真提供:ながよ光彩会

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