「多様性」ってなんだろう?性的マイノリティを理解し合える場について考える。
2020.07.27 UP

「多様性」ってなんだろう?性的マイノリティを理解し合える場について考える。

DIVERSITY

性の多様性を啓発・発信していくうちに、皆誰しもがマイノリティを抱えて生きていることに気付いた「Take it!虹」代表の儀間由里香さん。儀間さんを中心に人々が集まるその場所は、性的少数者への理解の為だけでなく、いつしか多様性のプラットフォームになっていた。自身の過去を乗り越え、次世代に伝えていきたい優しいまちづくりとは。

性的マイノリティを超えて、多様性のプラットフォームへ

あなたは、自分とは全く違う人物と出会った時に、一体どうするだろうか?理解しようと試みる?距離を置いて自分を守る?相手を説得する?どれが正しいのか、その答えは自分一人で考えていてもなかなか見えてこないかもしれない。しかし、そのような問題に直面した際に、お互いのことを受け止めあえる存在・居場所があったらどんなに救われるだろう。今回は、LGBTの居場所づくりをきっかけに、様々なマイノリティを理解し合う場を提供する人物に話を訊いた。

長崎県で性的少数者を支援する市民団体「Take it!虹」を運営する儀間由里香さん(沖縄県出身)。彼女自身のセクシュアリティや過去の経験を通して、多様な性の在り方について理解を広めようと活動している。主な活動内容は、①交流会、②講演活動、③映画祭、④行政との連携の4つ。少しずつ活動の幅を広げ、仲間たちと共に学びと対話を繰り返しながら、一歩一歩進んできた。

儀間さん、横
長崎市の市民活動センターで事務作業をする儀間さん

①交流会は、性的マイノリティやLGBTに関心のある人なら誰でも参加できる交流会。お茶菓子を食べながら気軽に交流する座談会だ。自分のセクシュアリティに悩む人、そうでない人に関わらず、儀間さんがより多くの人と出会うために始めた活動であると同時に、自分自身の心地よいホームベースを作る意味合いもある。

②講演活動では、性的マイノリティへの差別を無くすため、長崎を優しいまちにしていくために、積極的に多様な性の在り方を肯定する活動。自治体、教育の場、民間企業など、多方面の分野で依頼がある。自身の経験を糧として、次世代により良いバトンを繋いでいきたいという想いでメッセージを語っている。

講演会の様子
市民に向けて、自身の経験や乗り越えた経緯などを伝えていく

③「ながさき・愛の映画祭」という名目で、今までに4回開催。これまで性的マイノリティの当事者や関心のある層に対して交流会や講演会を行なってきたが、この映画祭は“無関心層”へのアプローチが狙いだ。テーマごとにセレクトした映画を上映し、エンターテインメントや作品を通して楽しみながら知る機会を創出する。回を重ねるごとに映画祭の在り方は進化し、今ではジェンダーを含めた様々なマイノリティについて考えるイベントになっているとのこと。

映画祭の様子
字幕、手話、やさしい日本語など、様々な人に対して配慮を巡らせた映画上映会だ

④行政と連携し、市民活動だけでは補えない部分を政策に反映させていくことにも取り組む儀間さん。本年4月には、長崎県との協働で「多様な性への理解と対応ハンドブック」を作成。実態調査やアンケートによるヒアリングを積み重ね、性の多様性に関する正しい知識や対応などについて、わかりやすく解説したハンドブックが出来上がった。その他、人権啓発懇話会委員に就任し、住む地域に応じて利用できる具体的な制度を提示するなどのサポートを行なったり、人権啓発の計画策定委員にも就任したりなど、よりオフィシャルな形で「みんなが安心して暮らせるまちづくり」にコミットする。

性的少数者に関するアンケート結果の概要はこちら

今でこそ多方面で活躍する儀間さんも、かつては自身のセクシュアリティについて悩みながら、紆余曲折の中で生きてきた。儀間さんの活動の背景や、学びと気付きの歩みを辿る。

活動の原動力は、自分が安心できる居場所を作るため

儀間さんが自分のセクシュアリティを自覚したのは中学生の頃。同じ部活の女の子を好きになったが、本人にはもちろん、誰にも言えずに秘密にしていた。仲の良いゲイの同級生が、他の人からいじめや差別を受けている姿を目の当たりにしていたからだ。普段は差別なんてしない優しい友達であっても、性的指向がみんなと異なるというだけでなぜ攻撃的になるのか。寂しかった気持ちを儀間さんは振り返る。

人生が動き始めるのは、儀間さんが高校に進学し、トランスジェンダーを抱える同級生との出会いから。からだの性別は女性だが、性自認は男性である同級生は、そのことを包み隠すこともなくありのまま生きていた。また、周りもそのことを認識した上で、彼らしさとして受け入れていたのだ。「この人なら言ってもいいかな…?」そう感じた儀間さんは、意を決してカミングアウトする。返ってきた答えは、「そうなんだ!話してくれてありがとう。僕も性別問わず好きになることがあるし、“好き”って自由だよね!」。

一か八かで伝えた結果は、拍子抜けするほどあっさり受け入れられた。しかし、ゼロがイチに変わった瞬間でもあったのだ。そのまま意気投合し、二人は恋人同士に。初めて、私は生きててもいいんだと思った。

儀間さん、笑顔
儀間さん「実は、お付き合いしたのは彼が初めてではなくて。中学の時に好きだった女の子がキューピッドになって、よく分からないまま別の男子と付き合うことになっちゃったのが一人目でした(笑)」

初めは周囲にも隠していたが、好きな人の存在をたとえ嘘でも否定することが辛かった儀間さんは、二人でカミングアウトしようと決心する。まず最初に相談した担任の先生が、懇切丁寧にサポート・アフターフォローをしてくれ、周囲の友達との間を取り持ってくれた。そのおかげもあり、計画的にカミングアウトをすることができた儀間さんたちは、その後も恵まれた友人や先生に支えられながら幸せな高校生活を過ごした。

高校を卒業し、儀間さんは長崎の大学へ進学。恋人との遠距離生活の始まりだった。
その頃には、自分のセクシュアリティによって友達を失ってしまうかもしれないという恐怖は無く、大学でできた友人にも自分の口で伝えることができた。すると、またしてもあっさりと受け入れてくれる人ばかり。ジェンダーの部分も含めて、儀間さん自身を素敵だと思ってくれる友人に恵まれたのだった。

しかし、ここで今の活動の原点にもなりうる大きな出来事が起きる。交際のことをずっと隠していた彼の母親に、儀間さんとの関係性がバレてしまったのだ。発覚してすぐに儀間さんに直接電話が来て、差別的な言葉を浴びせられた。訳もわからないまま、彼は母親から縁を切られ、家を追い出されてしまうことに。大学1年の時だった。

儀間さんは彼の家出を手伝い、支えていたが、彼自身は精神的ストレスに耐えられなくなり倒れてしまった。病院に検査入院することになったが、身の回りにお世話をする人は儀間さんしかいない。病院側から保護者との面会を求められた際に、自分が代わりを務めることを申し出たが、受け入れられなかった。

儀間さん、別角度から
当時18歳だったという理由もあるだろうが、今でも戸籍上の家族でないと同様のケースになることは大いにあると、課題に感じている。

自分の手ではどうすることもできない儀間さんは、彼の母親のところまで説得に出向いた。土下座もした。恋人のためだった。儀間さんの行動で、母親は病院に足を運び、親子間の関係性も修復される方向へと進む。それは良いことだと頭で理解しつつも、相手のことをどんなに大切に想っていても家族とは見てもらえないことや、恋人の大事な場面なのに部屋の外で待っていなくてはいけないことに、モヤモヤした感情を拭うことはできなかった。性別不和があるだけで、自分の恋人が実の親からなぜこんな扱いをされなければいけなかったのか。当然、怒りもあった。その後、喧嘩別れで二人の関係は終わりを告げるという結末になったのであった。

この体験がきっかけで、性の多様な在り方への理解と啓発、発信の必要性を感じるようになった儀間さん。世の中には色んな家族の形があり、事実婚や同性パートナー同士で子育てをしている人たちなどもいる。しかし、社会の価値観が固定されてしまっていることにより、不利益を被る人がきっといるはずだ。そんな困っている人たちのために、同じ想いをして欲しくない。それから儀間さんは、クラブ活動で「生と性」をテーマに啓発活動をしたり、シンポジウムを開いたりなどといった大学生活を送った。それは、過去の自分を救いなおすためでもあったのだ。

Photo & Text by Kyosuke Mori

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