料理家・蓮池陽子さんに習う、山ごはんの楽しみ方。
2020.07.23 UP

背景にある物語を知ることで広がる食の世界。料理家・蓮池陽子さんに習う、山ごはんの楽しみ方。

FOOD

※本記事は雑誌ソトコト2017年11月号の内容を掲載しています。記載されている内容は発刊当時の情報です。本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

すべての「おいしい」には理由がある。食の背景にある物語を伝える料理家・蓮池陽子さんは、いかにして自然のつながりに興味を抱き、日本中の山海をフィールドにした野外調理を提案するようになったのか。蓮池さんにとっての〟特別な場所〝である長野県・栄村を訪ねて、その活動の根っこにある想いを聞いた。

食の物語を紡ぐ人。

「おいしいものには理由があります。山の幸も海の幸も全部そう。その食材の背景には、いのちを育む自然があって、さらにその土地の文化や歴史があり、作り手の想いがある。それはみんなどこかでつながっているんです」

 長野県下水内郡栄村の山林で山菜を摘みながら、料理家の陽子さんはそう話してくれた。蓮池さんは、”食の物語を紡ぐこと“をテーマに、自然の知識を生かしたアウトドアクッキングや料理教室、フードコーディネートなどを手がけている。東京生まれ、東京育ち。都会的でカジュアルな雰囲気を感じさせる女性だが、実は狩猟免許を持ち、経験者に同行して山に入るというワイルドな一面も持っている。

自然を愛する、料理家の蓮池陽子さん。

 「私は料理家として、食の源を辿り、さまざまなことを知りたいんです。だから釣りもするし、狩りもします。その生き物は何を食べて、どのようにその環境に適応してきたのかとか、その背景にあるものが見えてくるのがおもしろいから」

 そんな今の蓮池さんをかたちづくったのは、北関東の自然学校で約8年間にわたって、子どもたちに山の楽しみ方を教えるアウトドアガイドをしていた頃。そのときの経験や学びから、多様な生態系が織りなす ”自然の物語“に深く関心を抱くようになった。

「例えば、食べられる山菜でもあるカタクリは、7年経たないと花芽をつけません。つまり、7年間の光合成が必要だということ。そのため、ほかの植物よりも早く葉を広げて、一足先に太陽からのエネルギーを取り込みます。そして種ができたら、次はエライオソームという甘い成分を出して蟻を誘い、その種を運ばせます。ひとつの植物の生存戦略にも、これだけの物語があるんですよね」

 あらゆるいのちは生存戦略を持っている。「みんな生き延びることに一生懸命なんだ」ということに、あるときふと気づいた蓮池さんは、「山菜も動物も昆虫も人間も、みんな土俵は一緒。すべてのいのちをもっとていねいに食べなくちゃ」という気持ちを、それまで以上に持つようになったのだという。

大好きな場所がある。

 もともとビストロ出身で「食」の仕事がしたいと考えていた蓮池さんは、アウトドアガイドを経て、フリーランスの料理家として活動を始める。専門知識を生かしたアウトドア料理のケータリングやレシピ開発、料理教室に本の執筆など、多方面に活躍の舞台を広げる一方で、知見を深めるための山菜採りを楽しむことも欠かさない。仕事の合間を縫って、いつも訪れる場所は日本有数の豪雪地帯で知られる長野県・栄村。冬の間は約3~4メートルの雪に閉ざされるが、春になればその雪が解けて、野山ではおいしい山菜がたくさん採れる。

食べるために必要な分だけ採るのがマナー。山菜採り名人・藤木とき子さん宅の裏山にて。

「今の時季だったらアカミズがいいですね。渓流近くの斜面に生えていて、実と根っこは粘り気のある里芋のような食感。今回はそのアカミズと、栄村に隣接する新潟県・津南町の銘柄豚、『つなんポーク』を合わせた鍋や、地野菜や果物を使った料理を何品かつくって、友達と一緒に、山ごはんを楽しもうと思っているんです」

  また、栄村には蓮池さんの自然学校時代からの友人で、現地で野外教育をしている「信州アウトドアプロジェクト」のメンバー・鑓水愛さんが住んでいる。蓮池さんいわく、「地域に溶け込むのがとにかくうまい」という彼女は、移住者でありながら、地元の人たちと幅広いつながりを持つ。「山菜採りだったらこの人、キノコだったらこの人」という具合に、蓮池さんの要望に応じて、いつも地元の人をつなぐのだ。

「食材にこだわる陽子に満足してもらいたいと思って、いつもとっておきの人をつなぐようにしているんです。地元の人も都会の料理家に普段の食事を『おいしい!』と言ってもらえると喜びますし、私も地元の人と交流を深めるきっかけにもなっています。陽子が遊びにきてくれるといつも新たな発見があって、おもしろいですね」

 蓮池さんにとって豊かな自然があるどの場所よりも、栄村が特別になったのは、地元の人との縁を育んでくれる鑓水さんの存在が大きい。

本日の収穫物。右から葉ワサビ、ワサビ、アカミズ、ススキ。

知って、食べるということ。

 地元の人たちは、山菜の豊富な知識を持っている。あそこの山に行けばあの山菜が採れる、この山菜ならこういう調理方法がいい、保存するにはこの方法など。地元の人たちが、長い冬を乗り越えるために積み上げてきた知恵は、”食の物語“を追い求める蓮池さんに、新たな気づきを与えてくれることもあるという。

「コシアブラの木によじ登って、自分の体重の重みで木を倒す方法とか、なにそれ、めっちゃかっこいい! って、新鮮な驚きがあったりする(笑)。栄村の人たちと交流していると、頭ってもっと使わないといけないんだなって思うんですよ」

アウトドア用の調理器具を使いこなして「山ごはん」をてきぱきと仕上げていく蓮池さん。

完成した本日の山ごはん。大きな一枚岩がテーブル代わりに。

 すべての生物が生き延びるためにさまざまな戦略をとってきたように、人もまたその土地の環境に向き合い、食べものを得るために知恵を巡らせてきた。蓮池さんはそうした人の知恵や営みから、その土地に根ざした「食の物語に出合う」のだという。

「あらゆる食にはかならず物語があります。それを知ろうとすることは、いのちを食べることに対する、私なりの礼儀。山の幸も海の幸も、本当のごちそうはその礼儀を尽くして、やっと出合えるものなんですよね。もちろんそうはいっても、普段食べるものの全部の物語を知るのは途方もないこと。もし、私に役割があるのだとしたら、この山ごはんのように、より多くの人が自分ができる範囲で、それぞれの一歩で、その物語の世界に入っていけるような入り口をつくっていくことかなって、今は思っているんです」

photographs by MOTOKO
text by Tatsuro Negishi