父。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.24
2019.06.29 UP

父。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.24

DIVERSITY

仕事の関係で7月から月に一度、地元大阪に帰ることになった。その案件は早朝からのミーティングで、だいたい前泊するようにしているのだが、僕はオカンと近況を報告し合いたいから実家に帰るようにしている。

到着するのはいつも23時頃だ。オカンはいつもなら絶対寝ている時間なのに、まるで平気なふりをして起きていて「なんか食べる?」と聞いてくる。ふくふくと笑う顔はいくつになっても愛らしく、体を支えようとテーブルについた細い手には老いを見る。僕は「大丈夫だよ」と言いそうになりながら「じゃあ食べるわ」と言うほうを選ぶ。僕とオカンにとって食卓以上に自然なコミュニケーションの場はないのだ。

そんな僕とオカンの豊かな食卓に父親がするりと入りこむようになったのは8月からだ。豊かな食卓は、少しいびつになった。彼はもうずっと前からそこにいたような顔で僕の目の前でビールを飲み、「肉でも焼いたれ!」とオカンに図々しく指示を出したりしては、僕をもてなそうとするが、僕は彼がなぜそんなことをしようとしているのかピンとこない。

彼はずっと仕事しかしない人だった。今もそうだが、彼との会話は、きた質問に端的に答える以上のことは許されない。だからまともに話した記憶がない。勉強ができなかった僕はよく罵倒され、ぶたれもした。「愛は無条件だ」と言ったりするが、本当にそうだろうか。無条件の愛には「たくさんの思い出があること」という条件があるのではないだろうか。僕と彼には思い出なんて少しもない。彼が今になって、この食卓に加わりたくなるのはなぜなのか、僕には皆目見当がつかないのだ。

僕はオカンとの豊かな食卓がこのいびつさに呑み込まれないよう、彼女とずっと他愛ない会話をしている。オカンが最近観たドラマの話をしたり、僕のいとこの話をしたり、先日もそんな話をしていた頃だろうか。父がいきなり「それはそうと、尚樹は女性とご縁がないのか、興味がないのか、どっちなんや」と聞いてきた。僕はいきなりのことに一瞬固まってしまったが、「『それはそうと』じゃねえよ」と答えたい気持ちを抑えて、「どっちもかな」と答えた。オカンは何事もない顔をしてくれている。父は苦笑いしながらむにゃむにゃと「どっちもか、そら困ったなぁ」と言った。

僕はずっと「父親にカミングアウトせねば」と漠然と思ってきたがこの時、結局その動機が自分の中に全然ないのだと気づいた。カミングアウトというのは、深めたい愛情があるからこそするものなんじゃないだろうか。「告白」は、いつだってつやつやとした愛の芽に注ぐ水で、僕と彼の間には芽が一つも出ていないからピンとこないのだと思った。彼にカミングアウトしたところで、ただ足下がじっとりと濡れて終わる気がしてしまう。

でも、つい先日こんなことがあった。それはある会食で、父親の部下にあたる若い女性と居合わせた時のことだ。僕は彼女を楽しませようと、父親に瓜二つの自分の顔をネタにして「母親似なんです」とおどけてみせた。すると彼女は「お父様に似たら、大変ですもんね〜!」と言い、楽しそうに肩をすくめて笑ったのだ。それはとても愛らしいリアクションだった。父はきっといろんな同僚と愛を育んできたのだ。父にもそういう機能は備わっているのだ。

だから僕も、カミングアウトすれば、出てくる愛情の芽があるのかもしれない、とは思うようになった。芽吹く予感など感じていない足下だが、水をやればなんだかんだ育つ種があるんじゃないか。今はそう期待している。僕は父に対し、今も許せない、そして許す気もないことがある。でも一部を憎むことがあっても、すべてを憎まずにはいれるはずだ。カミングアウトの日、それはそう遠くない未来だろう。僕は何を思い、感じるのだろうか、今のところは何も見えていないが、どちらかといえば楽しみである。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

本記事は雑誌ソトコト2018年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。