変な人かどうかは、どっちでもいい。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.28
2019.07.03 UP

変な人かどうかは、どっちでもいい。ー ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ VOL.28

DIVERSITY

もしかしたら多くの人がそうかもしれないが、「私、変わってるので〜!」とうれしそうに言ってくる人と出会うと、むせそうになる。それは、もちろん変わっていることへの驚きからではなくて、「私は強い個性を持っている」という高い自己評価と、「変わっているから周囲に合わせる気はない」という傲慢さを混ぜ合わせて、正面から吹きかけられたような気になるからだ。

僕はこれまでの人生で散々、「変わってるね」と言われてきたが、それが誇りにつながったことは思い返すと、ない。「自分は変わっている」という事実は、いつも自分の背筋に緊張感を与えてきた。僕の思春期なんて「なんとか普通になりたい、みんなにいいと思われたい」、そう考えているうちに終わったようなものだった。

先日、ある高校でトークセッションに登壇させていただいた。テーマは「変な人になろう!」。もちろんここで言う「変」は肯定的に捉えられたもので、もっと自分の個性を誇ろう、というようなメッセージを高校生たちに伝える目的で催されたセッションだ。

僕は生徒のためなら、と「変な先輩」として出演を決めたが、テーマ自体は開催決定後提示されたもので(それ自体はよくあることで、別にいいのだけれど)、「『なろう!』かあ……」と内心戸惑っていた。だから、一緒に登壇した作家の小野美由紀ちゃんが開始早々「いや、変になろうなんて思ったことないです」と言ってくれた時はホッとした。僕も「こういう生き方しかできなかっただけです」と重ねると、会場からは笑いが起きて、セッションはどうにも大荒れの船出となった。

僕は今でも時々「ノンケのエリート」になりたかったなあ、と思う。自分の性的指向を社会から不思議がられることなく、そして大企業の組織文化にすんなり馴染めて、がっぽりとボーナスをもらい、庭付き一戸建ての家を買ってゴールデンレトリーバーを飼う。そんなことが上手にできる人だったらもうちょっと人生は楽だったのかなあと思う。ただ僕はゲイだったし、「エリートライフ」みたいなものを楽しめる気質を欠いた人間だった。だから仕方なく自分の「変」を楽しむようにしてきた。

大学時代付き合っていたTとはもう会わなくなった。最後に会った一昨年の冬の日、彼は厚手のウールの高そうなスーツを着ていて、僕はパーカだった。あれだけ心を一つにしていた僕らも、流行りの映画の話しかすることがなかった。互いのこれからについては、違いすぎることだけが分かった。彼の人生の苦難は「レールをどう乗りこなすか」で、僕の人生の苦難は「レールがないこと」になった。レールをうまく走れなかった劣等感は、僕の中から簡単には消えない。

とはいえ僕は今幸せでいるし、よろしくやっている。だから、生徒たちには「どんな人にも幸せになる方法はあるはずだし、なろうね」という話をした。「変」でも、「変」じゃなくても、皆自分なりの人生の工夫を見つけていかなくちゃいけないし、それはきっとできる。その事実のほうがよっぽど大事だから、「どんな自分であれ、嫌いにならず、大切にしてね」と伝えた。

自分を好きでいることは、まったくもって簡単だ、という人もいる一方、僕のように修行に近いほど難しい人もいる。でもやっぱり、「自分もなかなかいいよね」という許しと自愛から自分なりの幸せは始まっていくのだと思う。だから昔の僕のような子には、劣等感の渦に飲まれないよう、自分を褒めてくれる人を素直に大切にして、その分だけ自分も皆を褒め、人のいいところを見る目を養い、どれだけ転んでも自分を信じて前を向く意志を育んでほしい。

セッション後は、幾人かの生徒と1時間ほどおしゃべりした。夢のある子もない子も、うまく話せる子も話せない子もいて、みんな可愛かった。僕は「いいな〜! みんな未来しかないじゃ〜ん!」とおどけながら、「お前もな」と自分にもエールを送れた気がした。いつも元気は、与えることで、もらえるのだ。

本記事は雑誌ソトコト2019年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

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太田尚樹

おおた・なおき
1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。