長崎の原爆を忘れない。技術×アートで生まれた「祈りの花瓶」が次世代へ平和の大切さを伝承する
2020.08.09 UP

長崎の原爆を忘れない。技術×アートで生まれた「祈りの花瓶」が次世代へ平和の大切さを伝承する

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花瓶の形が、平和への祈り

祈る花瓶

歪な形をした一個の花瓶。現代人が好むモダンな部屋に、あるいは昔ながらの日本的な古民家に。存在感を放ちながらも、置かれた空間に馴染んでくれそうである。一輪の花を挿して、間をささやかに彩る情景が目に浮かぶ。そして、側に置いてあるこの花瓶を眺めていれば、思わず手を伸ばして「触ってみたくなる」ような衝動がふと訪れるだろう。

さて、この特徴的な形をした花瓶は、どのようにして作られるのだろうか。ヒントは次の写真だ。

祈りの花瓶、原型
長崎原爆資料館所蔵

こちらは、長崎原爆資料館に保管された被爆資料である瓶。瓶の変形の原因は、今から75年前、長崎に落とされた原子爆弾によるもの。先程の白い花瓶は、CTスキャン技術と3Dプリント技術を駆使して、2000~4000℃の熱風で変形した瓶の形を忠実に再現している。触れることのできなかった展示品にも、この技術と作品化のおかげで誰もがその歪さを手で感じることができるようになったのだ。その名も「祈る花瓶」。

スキャニング風景
形状のスキャニング風景

2020年8月9日を以って、長崎県は被爆から75年を迎える。これまで、被爆体験の伝承や、平和意識の醸成・発信が、市民団体や行政の手によって長年行われてきた。しかし、今となって課題となりつつあるのは、若年層・無関心層へのアプローチや時代に合わせた表現方法、伝え方への転換だ。「祈る花瓶」を創ったのは、当時デザイナーの卵だった毎熊那々恵さん。本業のデザイナーで働く傍ら、現在も続けている「Vase to Pray Project」について話を聞かせてくれた。

長崎から離れて気付いた平和への意識の差

遡るのは、毎熊さんが通っていた桑沢デザイン研究所の卒業作品展。その年では、「新しい価値を創り出すこと」をテーマとなっていたが、何を作品にすべきか決めかねていた。展示会までの道のりの途中、授業の中で、自分は何が好きか?何が得意か?を語り合う時間があっても、これと言って思い当たらずに、話すことができなかったという毎熊さん。

毎熊さん、卒展

と言うのも、毎熊さんは一度社会人を経験してから桑沢デザイン研究所に入学。小さな頃から好きだった物作りや絵を描くことを仕事にしたいという想いを諦め切れず、デザイナーの道に行くことを決断した。働きながら一年間予備校に通い、なんとか入試にも合格、無事に同校への進学・上京のきっかけを手にする。したがって、美術系のコースがある高校に通っていたり、昔から芸術と慣れ親しんできたりする人が大多数の中、自分だけしか持ち合わせていない得意分野があまりピンと来なかった。

他の人にはない自分のアイデンティティとは何か。行き着いたのは「長崎出身」であることだった。学生の自分にも表現できることとは。長崎に関することで、自分が伝えないといけないことって何だろう。このような問いを繰り返すうちに、「原爆」のことが自然と浮かんできた毎熊さん。それは、長崎から東京へやってきて3年間、長崎原爆の日・8月9日への意識の差にギャップを感じていたことが大きく起因していた。

毎熊さんの祖母は、長崎で被爆。お正月やお盆に家族で集まる際に、いつも原爆のことを話してくれた。加えて、小さい頃からの平和学習や、被爆した建物が街中に残っていたりなど、原爆に関することが毎熊さんにとって特別なことではなく、「日常」だったのだ。しかしながら、東京で8月9日になっても原爆のことは話にも出てこない。この違和感が「知るきっかけ」を提供するための卒業作品に繋がっていく。

Text by Kyosuke Mori
写真提供:毎熊那々恵

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