タイマイの剥製ー 標本バカ 第八十五話
2019.05.31 UP

標本バカ タイマイの剥製ー 標本バカ 第八十五話

DIVERSITY

無価値なものに価値を見出す。博物館は常に未来を見据えている。

爬虫類の標本収集も僕の担当で、時にはウミガメの死体が浜に漂着したという連絡を受けて、回収・標本作製などもやっている。カメ類の標本は多くないのだが、着々と増え続けているものがある。それはウミガメの一種、タイマイの剥製標本だ。哺乳類だと剥製は皮の処理や胴の芯の作製といった複雑な工程が関わるため、時間もお金もかかり、それほど増えるものではない。

ところが、ウミガメの剥製はかつて広く流通していた経緯があって、今でも古道具屋等の壁に掛かって売られていることがある。僕が子どもの頃にも居間の壁にはウミガメが掛かっていた。あれは今どうなってしまったか?  おそらく捨てられてしまったのだろう。

剥製はかつて一般家庭にも飾られていた。床の間に徳利を持ったタヌキや、古木に止まったキジがいるのが普通の光景だった。今ではこういった動物インテリアは忌避される傾向が高い。多くの人は家に剥製があるのは気持ち悪いといって、捨てようとする。博物館でこういったものを収集していると知れば、持ち込む方もおられる。こうしていつどこで得られたのかもわからないウミガメの剥製が収蔵庫に蓄積されていった。中でもタイマイは人気商品。この国にはこんなにたくさんのタイマイがいたのか、と驚かされる。

そんなものをもらってどうするのか、という批判は僕には効果はない。残しておけば役に立つかもしれない。ただそれだけである。タイマイはワシントン条約の付属書Ⅰに掲載される種で、ベッコウを採取するために乱獲された結果、稀少となった野生動物である。一般に標本は採集した場所や日付の情報がなければ価値がない、といわれるのだが、そんなこともないと思う。

科学技術の発達は著しい。昔なら無価値の標本も研究材料としては利用可能になっている。その代表的なところはDNA解析技術だが、かつては新鮮な生物の一部がなければ困難だったが、今は乾燥した剥製や骨でも分析可能なのだという。あと何十年か経てば、標本に光を照射しただけでDNAの塩基配列がずらずらと表示されるような時代が、もしかしたら来るかもしれない。

「安定同位体」という変わった元素がどれくらいその中に含まれているかを調べることで、その標本個体がいつ頃死んだのかとか、昔の環境がどんなだったかを明らかにしようとする研究者もいる。カメは長命な動物だし、甲羅は年を経て成長していくものなので、長年の環境に含まれる物質が蓄積されている。こういった研究にもいずれ利用可能性が見出せるのではないか。そんなことを夢想しながら、ひたすらカメの剥製をバカのように受け入れ続ける。無価値なものに価値を見出す。博物館は常に未来を見据えている。

せっかくだから僕のほうでも少し研究に使ってみたいという思いもあるが、忙しさを理由に何もできていない。カメの甲羅は背骨と肋骨に当たるものと、周囲の枠をつくる骨でできているのだが、これがなかなかおもしろい成長の仕方である。剥製のカメは大小さまざまなので、X線撮影するだけで成長のデータが集まりそうだ。どこかに興味を持つ学生はいないものか。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2019年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。