ヤマビーバーの頭骨標本ー 標本バカ 第八十四話
2019.06.04 UP

標本バカ ヤマビーバーの頭骨標本ー 標本バカ 第八十四話

DIVERSITY

驚いたことに、この標本の所有者は山崎柄根氏だった。

僕が不在中の時のこと、昆虫担当者から数点の哺乳類の頭骨標本が届けられた。きれいに作製されており、すぐに登録して利用可能なものだ。一つずつ種を確認し、一点に目が釘付けになった。明らかに齧歯類、鋭い切歯が上下顎から突出している。それにしては短く寸詰まりの頭骨後部。もしかして、と袋から頭骨を取り出し、臼歯の形状を確認したところ丸い形に「リンゴのツル」のような突起がある。間違いない、ヤマビーバーの頭骨である。

ロッキー山脈周辺にしか分布しないヤマビーバーを知る人は多くない。「ビーバー」の名があるがビーバー科とは別のグループで、本種のみでヤマビーバー科を構成する1科1属1種、むしろリス類に近縁の中型齧歯類だ。体形はずんぐりむっくりでビーバーっぽいが、尾は非常に短く、クマやオーストラリアのウォンバットを思わせる体形である。生息地ではそれほど珍しい種ではないと思われるが、僕はヤマビーバーの頭骨を初めて見た。

すぐにわかったのは、哺乳類の歯についてのテキストには必ずと言ってよいほどこの種の歯列が掲載されているからだ。齧歯類の祖先的な種に類似した歯を持つので、最も原始的な齧歯類との説もある。3月21日から国立科学博物館で始まる「大哺乳類展2」の展示物が最終決定するところで、重要な標本が一つ加わることとなった。

驚いたことに、この標本の所有者は山崎柄根氏だった。昆虫担当者によれば、昨年他界されて昆虫標本が寄贈された中に、哺乳類の頭骨がいくつかあったらしい。山崎氏は著名な昆虫学者だが、僕は氏が執筆された「鹿野忠雄」の伝記で知っていた。鹿野は戦前に台湾の自然史・民俗史を調査した人物で、この島に2種のモグラがいる可能性を、初めて文献中に記録した人である。

台湾のモグラの分類について研究していた学生時代、山崎氏による鹿野の伝記は有用な情報源だった。緻密な調査に基づいたもので、知られていなかった鹿野の生涯が余すところなく描かれている。僕が現在動物だけでなく動物学者の人物史についても調べているのは、この書の影響を受けている。

2009年のこと、学会関連の事務連絡で僕は山崎氏と数回メールのやりとりをすることがあった。その中に僕は個人的な追伸として、著作を読んだ感想や、鹿野の人生に感銘を受けて台湾の新種のモグラにkanoanaの種小名を与えた話を書いた。彼は大変喜ばしいことだと返信をくださった。

そのほかにもタイの北部にある最高峰ドイ・インタノンで1987年11月3日に採集したモグラの標本を当時、当館に寄贈してくださっている。タイのモグラは世界的に見ても標本数が少なく貴重なもので、これも僕の研究上大いに役立てられた。メールのやりとりでは氏がかつて当館に寄贈したというトゲネズミの標本に関することも書かれていた。1963年に奄美大島の湯湾岳で生け捕りしたものを今泉吉典氏に提供したもので、天然記念物として指定される前のことである。ヤマビーバーのような珍しい頭骨も、こういう、なんでも集めて大切にする方だったから保管されていたのであろう。

本記事は雑誌ソトコト2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。