「手抜き」は研ぎ澄まされた思考にある。捨てないパン屋は1日にしてならず【田村陽至・中屋祐輔対談】
2020.08.07 UP

連載 | 体験にはいったい何があるというんですか? | 13 「手抜き」は研ぎ澄まされた思考にある。捨てないパン屋は1日にしてならず【田村陽至・中屋祐輔対談】

PEOPLE

物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。

今回は、広島県で「捨てないパン屋」として活動しているdeRien(ドリアン)の店主・田村陽至(ようじ)さんとの対談記事をお届けします。

モンゴルで命を頂いた体験が「捨てないパン屋」を目指すきっかけに繋がった

大自然に囲まれたモンゴルの写真
大自然に囲まれたモンゴルの写真

中屋 田村さんのお店は「捨てないパン屋」の愛称でメディアにも取り上げられていますが、どのような活動を行っているのかお伺いしたいです。

田村 うちは3代続いているドリアンというパン屋ですが、前の代までは他のお店と変わらずパンを捨てていました。28歳のときにお店を継いで、パンを捨てないためにどうすればいいかずっと模索していましたが、数年はその状況を変えられなくて。それからいろいろときっかけがあり、徐々に捨てなくなってきたのが2015年の秋頃です。そこから「捨てないパン屋」と呼ばれるようになりました。

中屋 パンを捨てることに罪悪感を感じていても、習慣化されると罪の意識が無くなってしまいますよね。「捨てないパン屋」を目指そうと思ったのは何かきっかけがあったんですか?

田村 2年ほどモンゴルに住んでいたことがあって。モンゴルでは羊が主食なんですけど、現地の人は羊の解体を自分たちの手で行うんですよね。僕もその作業を手伝っていましたが、羊の体にナイフを入れるときの暴れ方や死に瀕したときの生への力を間近で見て、命を頂く体験をすることができました。モンゴルの人は小さい頃からそんな生活をしているので、肉の一筋も残らないくらい綺麗に食べるし、食べられない箇所は犬にあげていて。

その体験がずっと心の中に残っていたので、パンを捨てないためにどうすればいいのかを考えていたんです。そんなとき、うちのパン屋にモンゴル人の女の子がホームステイに来て、僕がパンを捨てているのを見ると「何でパンを捨てるの?」と言ったんですね。僕は、パンを捨てることはおかしいとわかっていたものの、都合の良い言い訳を並べて怒ってしまいました。そのときの自分にすごく自己嫌悪を感じて、変えたいと思ったのがきっかけです。でも、実際にパンを捨てなくなるには、そこから3〜4年以上掛かりました。
 

働き方や生き方を変えることでパンの廃棄を減らせる

田村さんが作るパンがお店に並べられている様子
田村さんが作るパンがお店に並べられている様子

中屋 モンゴルでの原体験があったからパンを捨てないようにしようと思ったんですね。そこからはどのように行動をしていったんですか?

田村 誤解されてしまいがちですが、捨てないために行動すると良い結果に繋がらないんです。たとえばマルシェで、カゴに美味しそうなフルーツや魚介がいっぱい並んでいると購買意欲が湧きますが、リンゴが3個しか置いてないとそんなに買う気がおきないですよね。

「捨てないパン屋になりたいんです」と言ってうちのお店に見学に来る人もいますが、開店したばかりのパン屋だと、捨てるのも多少はやむを得ないと思います。お客さんがどんなパンを望んでいるのか、どんなパンが売れるのかを把握してから「捨てないパン屋」を目指すべきなんですよね。

その土台ができたら、次のステップアップとして働き方や生き方を変えていくことに目を向け始めていきます。長時間労働がパンの廃棄を生んでいるので、働き方を改めていくと結果的にパンを捨てていないことに気が付きました。「パンを捨てないようにしよう」と思って行動するのではなく、自分も生き生き働けて、お客さんとの関係も良好になっていく過程がパンを捨てないことへ繋がっていきます。

中屋 働き方や生き方を変えることで、結果的にパンを捨てなくなったと。今作られているパンはカンパーニュが中心だとお伺いしましたが、何か理由があるんですか?

田村 地方都市でハード系のパン、しかも味があまりしないパンだけで成り立つことに業界内でも驚かれることがあります。これはパンを捨てないことにも関係していますが、具材を入れずに長持ちするパンを作ることで廃棄を減らすことができるんです。他にも、パンが売れ残ったら翌日には割引して安く販売する工夫をしています。
 

時短勤務なのに生活が豊かなヨーロッパの働き方を学ぶため修行の旅に

田村さんがオーストリア・ウィーンにあるパン屋「グラッカー」で修行をしていた際の様子
田村さんがオーストリア・ウィーンにあるパン屋「グラッカー」で修行をしていた際の様子

中屋 カンパーニュに絞って作ることもパンを捨てないことに繋がっているんですね。田村さんはヨーロッパへ修行に行ったことがあるそうですが、どんなきっかけがあったのですか?

田村 2008年頃、フランスのパン屋へ1カ月研修に入らせてもらったことがあって、そのときにフランス人の暮らし方が羨ましいと思ったのがきっかけです。勤務時間は少ないのに立派な家に住んでいて、バカンスも当然のように取っていたから。そんな生活に憧れたものの、帰国すると、寝る間もなく慌ただしいのに給料は少ない生活に戻ってしまったんです。どうすればヨーロッパのような生活が送れるのかを紐解くため、2012年にお店を休業し修行へ行きました。

中屋 ヨーロッパの働き方は羨ましく感じますね。実際に修行をした際はどのような働き方を経験されましたか?

田村 フランスとオーストリアのウィーンで修行をしたのですが、ウィーンでは朝8時に出社してお昼前には帰宅していたので、勤務時間は4時間でした。4時間しか働いていないパン屋なのに、日本で何時間も掛けて作っているパンより美味しくて安いんですよ。

帰国後は、修業先での働き方を真似しています。ヨーロッパの働き方を真似すれば、みんなが同じようにバカンスを取れて、労働時間も短くなり、心も豊かになる。だけど、自分たち世代も若い世代も、変なプライドが邪魔して、そうした働き方の真似をするのが苦手だなと感じることがあります。
 

正しく「手を抜く」ことで働き方が豊かになる

オーストリア・ウィーンにあるパン屋「グラッカー」で働くスタッフの様子
オーストリア・ウィーンにあるパン屋「グラッカー」で働くスタッフの様子

中屋 僕も去年イタリアに行きましたが、向こうは気を遣わず接してくれるので、それが心地良かったです。田村さんがヨーロッパに行って感じた日本との違いはありますか?

田村 日本人は職人気質なので細かい部分にこだわりを持ったり、時間を掛けて作ることを美徳と感じていたりする気がします。パンの世界でいうと、80点のパンを100点にするためには時間や値段も倍かかってしまう。でも20点上がったことに気づくお客さんは20人に1人くらいです。職人の自己満足のために疲弊しているから売り上げにも繋がらないし、誰も報われないという結果が生まれてしまうんです。

対してヨーロッパは、労力ではなく使う材料にお金を掛けるスタイルです。それがどの職業にも共通の価値観で、蛇足することには一切興味がなく品質重視。その姿を、細かい仕事にこだわりたがる日本人に伝えるには「手を抜いてください」と表現するしかないんですが、「手を抜く=大事なところに集中することだ」という風に受け取られてしまって、結局日本人は無駄なことにこだわりすぎてしまう。

中屋 「手を抜いた方が良い」という言葉の意味を正しく伝えるのは難しいですよね。

田村 手を抜いて売るというのは実はシンプルなんですね。手を抜く代わりに材料はベストのものを使うし、値段も安い。スーパーのパンは輸入小麦ですが、うちのパンは国産の小麦を使っています。「g(グラム)単価が変わらないなら、国産小麦で作られたパンを買いたい」と思うお客さんも多いです。

つまり、良いものを安くすると買ってもらえるし、お得感があるから結果的にパンが売れ残らず、リピートしてくれるお客さんも増えるという好循環が生まれるんです。

中屋 最高の素材を集めることに徹底するという姿勢に共感しました。他にはパンを捨てないためにどんな工夫をしてきましたか?

田村 インターネットの定期購入サービスを始めました。注文してくれた数だけ焼けばいいので、売れ残りの波がなくなります。あとは、長持ちするパンを作ることと、常連さんを大切にすることです。

たとえば、言われなくても常連さんのためにパンを取っておきますね。常連さんも新規のお客さんも欲しいと浮気心を持ってしまうと、どちらかが静かに離れてしまう。だから、常連のお客さんのためにメッセージを発信し続けています。
 

個性は、引き算から生まれる

田村さんがパンを製造している様子
田村さんがパンを製造している様子

中屋 一つのパンに対して集中して向き合っているからこそ余計なことを考えなくて済むし、心の余裕ができるのかもしれませんね。田村さんが仕事をする上で大切にしていることや、人から教わった学びで印象に残っていることは何かありますか?

田村 発酵については広島の杜氏(※酒蔵の最高製造責任者)さんに師匠になってもらっているのですが、師匠から、指示されたことを素直に受け入れて行動するという弟子の構え方を学びました。今の時代では、個性を捨てることのように受け取られるかもしれませんが、本当はそうすることで個性が生まれる。引き算をすることで、周りから押し付けられている価値観や自分の今までの経験が取り払われて、本当の自分が現れてくるんです。

パン屋だったら、個性を出し過ぎると商売が成立しない。商売を上手くするためには修行しかなくて、我を捨てる期間が必要になってきます。どこで修行をするかは自由だけど、そういう期間を経ることは大切なこと。塗っていく個性ではなく、本当の自分を丸裸にして磨いていくのが修行かと思います。

中屋 SNSやテクノロジーの進歩で受け取る情報がたくさんあるので、憧れを作りやすい一面もありますよね。僕も音楽をやっていて、自分ならではの個性を出さなきゃいけないと思っていましたが、聞いてくれる人はそんな音楽を求めていなかったわけで。人に喜んでもらえる、社会の課題を解決する、その仕組みによって誰かが少しでも救われることをやっている方が幸福だなと思っています。

田村 だから今、中屋さんは個性的なんでしょうね。

中屋 個性は自分が発揮するものではなく、自然に対応している方が際立つんだと思います。情報が入手しやすくなった今気を付けたいのは、表層的な部分をそのまま受け取ってしまうと誤った解釈をしてしまい、本質的な情報を受け取れないということですね。

田村 今はインターネットで情報がいくらでも検索できるけど、いくら調べても博識になったとしても、そのときの体験は得られない。リアルな情報や想像力が必要になりますよね。
 

週休3日、夏休みは1ヶ月以上、それでも以前と年商は変わらない

田村さんが夏季休暇を利用してスペイン巡礼に訪れた際の写真
田村さんが夏季休暇を利用してスペイン巡礼に訪れた際の写真

中屋 その場所に行った経験や思い出を振り返りながら情報に触れるのと、インターネットを介した情報しか知らないで触れるのとでは全然違いますもんね。続いて田村さんの働き方についてもお伺いしたいのですが、普段はどのようなスケジュールで働いていますか?

田村 基本的に勤務時間は4時〜11時くらいまでで、年初から週休3日制を導入しました。それに加えて、夏休み休暇を1ヶ月以上取っています。週休3日の働き方にしてから二拠点生活もできると思い、岡山県に古民家を買いました。ヨーロッパへ修行に行く前は夜遅くから翌日の夕方まで働く毎日を過ごしていましたが、ヨーロッパの働き方を真似て、定期購入の仕組みを取り入れ始めてからは、店舗の売り上げに左右されずに一定の収入を確保することで、経営に苦しむこともなくなったんです。年商は以前と変わらない状態をキープできています。

夏休みの間は、海外を旅しながら、他の国の働き方やパン作りについて勉強することもあります。今年の夏休みは二拠点生活の準備と発酵・乳酸菌・グルテンについての勉強をする予定です。時短勤務にして手抜きをすることで身体への負担も減るし、休みを増やすことで家族や大切な人と過ごす時間を作ることができる。この働き方が広がっていけば、自分らしさを取り戻せる人が出てくるのではないかなと思います。

中屋 コロナウイルスの影響を受けて、都会より地方で暮らすことに魅力を感じる人も増えてきているので、今後は暮らし方も変わっていきそうですね。

田村 パン屋でいうと、バゲットだけ作れたら幸せだと感じている職人もいる。でも一昔前だと、大きいパン屋で働いている職人は、いろいろなパンを作らなければいけなかった。だけど、今はインターネットで売ったり、独立してバゲットだけの店を作ったりすることも簡単にできるんですよね。そうなると、一人ひとりがより集中できる環境を作ればいいだけの話。住居と働く場所が近くなると、働き方も変わっていくのではないかなと思います。

中屋 なりたい自分に近付けるためにどうすれば良いかを考えて、選択することが必要になってきますよね。

田村 どの仕事にも共通しますが、自分がどんな働き方をしたいのか、何を作りたいのかを把握した上で、修行をすることが大切です。どこでどのくらい修行をするのか、社会の中でどんな体験をするかによって、働き方や生き方が変わると思います。
 

体験には何があった?

田村さんが夏季休暇を利用してスペイン巡礼に訪れた際の写真
田村さんが夏季休暇を利用してスペイン巡礼に訪れた際の写真

田村さんが「捨てないパン屋」を目指そうと思ったのは、モンゴルで命を頂くという体験をしたのがきっかけでした。パンを捨てないための行動をするのではなく、働き方や生き方を変えようとヨーロッパへ修行に行った先で日本とは真逆の働き方をしている人たちと出会います。帰国後は今までのやり方を大きく変えて、ヨーロッパの働き方を真似することで、生活や心も豊かになりパンを捨てることも減っていきました。

勤務時間を減らして休みを増やし1ヶ月以上の夏休みを取っている田村さん。休みを増やすことでパンについての勉強をする時間も増え、生産者さんに会いに行く機会も作れる。その結果、美味しいパンを作ることができ、廃棄を減らすことにも繋がっていくのだと思いました。

長時間働いてこだわりを追求するのではなく、働き方や視点を変えることで生活も豊かになり心も穏やかになっていく。「手を抜く」という作業は結果として、自分や周りの人も幸せになる。田村さんが伝えてくれたメッセージが、今一度自分の働き方について考えるきっかけに繋がることを願っています。

田村さんの著書はこちらからチェックできます
捨てないパン屋 手を抜くと、いい仕事ができる→お客さんが喜ぶ→自由も増える

文・木村紗奈江

【体験を開発する会社】
dot button company株式会社

キーワード

田村 陽至

ドリアン 店主
広島市南区生まれ。北海道や沖縄で山ガイド・環境教育の修行後、モンゴルに2年間滞在し、エコツアーを企画。2004年からパン屋「ドリアン」を経営。2012年に1年間休業してフランス・オーストリアで修行。

中屋祐輔

体験を開発する人。
シナジーマーケティング株式会社にて「復興デパートメント」リブランディング、東北の若手漁師集団「FISHERMAN JAPAN」のファンクラブ担当、熊本地震の復興クリエイティブチーム「Bridge KUMAMOTO」理事。ほっとけないどう事務局。2017年4月よりdot button company株式会社を設立。

木村 紗奈江

dot button company株式会社・エディター、ディレクター。大学を卒業後、ピースボートで初海外・世界一周の旅に出る。帰国後は日本中を約2年半旅しながら働く生活を送る。映像クリエイター、ライター、カメラマン、料理人など、多彩な顔を持つ旅を愛する自由人。
自らの体験が人生を変えたように、今度は自分がワクワクする体験を開発したいと思い日々奮闘中。