禁断のイノシシー 標本バカ 第八十三話
2019.05.29 UP

禁断のイノシシー 標本バカ 第八十三話

DIVERSITY

僕はシカとイノシシだけには手を出すまい、と思っていた。

2019年の干支動物であるイノシシについて何か書いてもらえないか、と頼まれた。十二支は神様が動物たちに競走させて先着順にネズミからイノシシまでの順位を決めたという逸話がある。これをネタにして生物多様性の側面で考えてみたところ、ネズミは齧歯類として考えれば哺乳類の約4割の種数を占めるので、一番多い。イノシシは偶蹄目イノシシ科と考えれば全世界に19種しかいない。多様性の程度として考えても、十二支の順番というのはいい線をいっている。でも奇蹄目ウマ科の8種に比べたら勝っており、まずまずの文章となった。

当館の標本数でいえばどうだろうと思い立ち、調べてみた。ネズミを含む齧歯類は標本数においてもトップだったが、最近は偶蹄目ウシ科のカモシカにその数を凌駕されつつある。トラを含む食肉目ネコ科は数が多くないが、ウサギはアマミノクロウサギの標本が著しく増加しており、そこそこの数になっている。タツは実態が不明だし、ヘビ、トリは哺乳類ではないので除外すると、イノシシは第3位に輝いた。

イノシシは本州以南に広く分布する、なじみの深い動物。島国の日本には大型の獣が少ないが、クマ、シカ、カモシカと並んでこの国の自然を象徴するものの一つだ。こういうものはできるだけ標本にしておくべきだが、大量に集めると収蔵スペースが問題となる。以前このコラムで紹介したように、カモシカについてはすでに1万4000点を超えるコレクションができて、またツキノワグマについても信州近辺から積極的に集めた時期があった。

僕はシカとイノシシだけには手を出すまい、と思っていた。この2種は各地で農林業の被害のために駆除が行われており、標本材料の入手は難しくない。ただ年間の駆除数が膨大で、いずれも数十万個体といわれる。集めはじめたら全部集めたくなる性分には、大変危険な生き物だ。日本中のシカを集めはじめたら、ほかの仕事ができなくなり、収蔵庫もパンクしてしまう。

などと言いながら、最近イノシシに関しては標本が着々と増加している。宇都宮大学の小寺祐二さんが定期的に駆除個体を処理して、頭部を送ってくださるからである。彼は研究材料として猟師さんからイノシシの頭部を回収しているが、廃棄するのをもったいないと感じていた。その話を知人の学生さんが僕に教えてくれたのがきっかけだ。やりはじめてみると、年がら年中大型動物の骨を処理しているので、お正月も休みなく働く大型の骨処理槽のおかげで、イノシシの頭部を10個ずつくらいならついでに骨にできる。小寺さんは頭部の皮を剥いた状態で送ってくれる。届いた検体からDNAサンプルとして筋肉を少々取って、ミカンネットにラベルと共に入れればよいだけで、お手軽商品である。手広くやらなければ何とかなるものだ。

こうして3年間で集めた標本数は300点を超え、上記の干支哺乳類標本ランキングの結果となった。といってもイノシシの標本は1500点以上あるので、僕の寄与は一部にすぎない。そしてまた収蔵スペースに頭を悩ませる。シカだけは絶対にやめておこう。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2019年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。