普通種の珍品ー 標本バカ 第八十一話
2019.05.23 UP

標本バカ 普通種の珍品ー 標本バカ 第八十一話

DIVERSITY

驚く方もいるかと思うが、なんと雌のイタチは雄の半分以下の体のサイズしかない。

稀少な野生動物の標本でも集めやすいもの、逆に普通種だが集めるのが難しいものがある。ここ数年でこれを実感したものにウサギ類がある。鹿児島県の奄美大島と徳之島に生息するアマミノクロウサギは、言わずと知れた稀少種で、かつては標本が世界に100点もないものだった。数年前から奄美野生生物保護センターの協力のもと、僕のところで斃死個体の標本化を開始して、現在では300点を超える標本が当館に収蔵されている。気がついたら日本に広く分布するノウサギの標本数を超えるコレクションとなっていた。

稀少種の死体を発見すると、「しかるべきところに届けなければ」という感情が発生するのだろう。多くの人がこれを認知すれば、珍しい動物でもたくさんの個体を集めることが可能であることがわかった。みんなで協力すれば、消えゆく野生の姿を標本の形で残すことができる。逆に普通種であるノウサギを蒐集するのはなかなか難しい。

最近、沖縄県・南大東島からいただいたものは、九州から本州にかけて生息するニホンイタチの死体3点である。南大東島では1960年代にネズミ類の駆除のために本種が導入されて増加している。国内外来種というやつだ。ニホンイタチの標本はかなりの数があるのだが、この島の標本はなかった。数年前にこの島を訪問した時に知り合った方に、交通事故の死体があったら、冷凍保管しておいてほしいと頼んでおいた。その中に雌の個体が1つ含まれていたのである。普通種の珍品だ。

当館に所蔵されているニホンイタチの標本約400点のうち、雌は30点しかない。これはこの種の雌が謎に包まれた生活をしていることに起因している。イタチは頻繁に交通事故に遭うが、9割方は雄である。研究者が罠を仕掛けても、雌が捕れることは極めてまれである。どうやら雄と雌で行動パターンが異なっていることが想像できる。僕は雌のイタチを捕獲できたことが2回あって、いずれもモグラを捕獲しようと地中に仕掛けた罠にかかったものである。驚く方もいるかと思うが、なんと雌のイタチは雄の半分以下の体のサイズしかない。雌雄で形態が異なることを性的二型というが、その最たるものだ。雌のイタチはモグラのトンネルのような環境も利用できるように小型化する方向に進化したのではないか、そして安全な穴ぐら生活をしているのではないか、というのが僕の仮説である。同様に小型化を成し遂げたイタチ科に、北海道と東北地方の北部にのみ分布するイイズナという種があるが、これもモグラの罠やネズミの穴に仕掛けた罠で何度か捕獲できた。

いただいた死体は非常に毛皮の状態がよかった。交通事故による死体なので、右足の付け根の皮が少し破れていたが、そこからていねいに剥皮して仮剥製標本を作った。残りの雄2個体も同様に処理して、数日前に同じく交通事故による死体として届けられた福島産のニホンイタチと並べて乾燥したところ、南大東島の個体は毛色が濃い印象があった。普通種といえども新しい産地の標本が博物館のコレクションに加わることは、今後の研究への利用可能性を広げる素敵な出来事だ。

文●川田伸一郎
illustration by Fumihiko Asano

本記事は雑誌ソトコト2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。