全国有数の花火のまち、小千谷。
新潟県の打ち上げ花火生産量は、全国でもトップクラス。「越後三大花火」と呼ばれる3つの花火大会を筆頭に、県内でも数多くの花火大会が開催されている。
「越後三大花火」とは、「ぎおん柏崎まつり 海の大花火大会」(柏崎市)、「長岡まつり大花火大会」(長岡市)、「片貝まつり浅原神社秋季例大祭」(小千谷市)の3つの花火大会を指し、 それぞれの打ち上げ場所にちなみ「海の柏崎」「川の長岡」「山の片貝」と呼ばれる。打ち上げ規模や集客数など、どれも全国トップクラスで、花火ファンの間でも人気の花火大会だ。
そんな全国有数の花火大会が揃う「越後三大花火」。それぞれ別の地域で開催されている花火大会だが、これらの花火製造や打ち上げを担うのは、実は小千谷市の花火事業者だということをご存じだろうか?
小千谷市には、「小千谷煙火興業」と「片貝煙火工業」という、ふたつの花火事業者が存在する。最も有名であろう長岡花火を手掛ける花火業者のひとつが、今年130周年を迎える老舗、小千谷煙火興業。そして、柏崎と片貝の花火を手掛けるのが、江戸時代から続く花火の伝統を引き継ぐため1980年に創業した、片貝煙火工業だ。2社の社名にある“煙火”とは“花火”のことで、それぞれ長い歴史と伝統を誇る煙火店として知られている。
そもそも、ひとつの市に花火事業者が2社ある自治体は全国でも非常に珍しい。そしてその両方が、越後三大花火を担う実力のある花火師が揃っているという、まさに“花火のまち”なのだ。しかし、今年は新潟県内だけでなく全国の花火大会も軒並み中止。このふたつの煙火店も苦境に立たされていた。
花火の製造は、毎年夏の繁忙期に向けて1年を通して準備される。昨年から準備されてきた今年の花火たちは、行き場を失っているのが現状だ。花火の品質管理上、きれいに、そして安全に打ち上げるためには、製造した花火玉を何年も保管しておくことはできない。せっかく作った花火玉を打ち上げられないのでは、花火事業者の経営的にもかなり厳しくなる。
こうした状況を受け、地元の花火文化を守るためにふたつのプロジェクトが立ち上がる。
花火とともに生きるまち、片貝の花火を守る。
まずスタートしたのは、片貝煙火工業の地元、片貝町で今年6月に発足した「片貝花火サポーターズ倶楽部」。片貝町は、小千谷市の北部に位置する、人口約4,000人のまち。片貝まつりの中止が正式に決定してから1ヶ月も経たないうちに、片貝町民による有志団体が結成された。
江戸時代から続く片貝まつりで打ち上げられる花火は、町の中心にある浅原神社へ奉納するための奉納煙火。結婚や出産、さらには故人の追善供養まで、さまざまな人生の節目に合わせて花火が打ち上げられる。企業によって奉納(=協賛)される花火も複数あるが、その多くは片貝町民など個人によるものが多く、打ち上げ前には奉納者のメッセージが読み上げられるのも、片貝ならでは。
片貝町では、こうした花火の打ち上げのために、日ごろからその打ち上げ費用などを準備している家庭も少なくない。そうして、町民の多くはこの祭りを中心にして一年を過ごす。そんな片貝まつりの中止は、花火師たちだけでなく、町や町民にとっても非常に辛いものだった。
新型コロナウイルスの終息後、片貝まつりを再開し継続していくためには、地元の花火事業者の存続が不可欠。花火師を守ることが、ひいてはこの町の花火文化を守ることにつながる。片貝まつりの中止が決まり落胆する町民の思いと、花火師たちへの支援の必要性を、片貝花火サポーターズ倶楽部のメンバーは感じていた。
そこでスタートしたのが、「みんなの想いが花咲くまち片貝プロジェクト」。このプロジェクトは、今年6〜10月の間、個人や団体、企業など、誰でも希望の日に花火を打ち上げることができる、いわゆるプライベート花火の打ち上げプロジェクトだ。これにより、今年の片貝まつりで奉納を予定していた町民の花火打ち上げの機会を作ると同時に、花火事業者の収入にもなる。初めは片貝町民限定の取り組みだったが、現在は全国からの打ち上げ希望を受け付けており、県外の奉納者も増えているそうだ。
このプロジェクトが始動してから、結婚祝いや家族の還暦祝い、地元企業による社員の健康祈願など、さまざまな思いが込められた花火が上がり続けている。見物客による三密が発生することを防ぐため、打ち上げ日時や奉納者の情報は事前に告知されないが、奉納者の家族や知人だけで見上げる花火は、片貝まつりで打ち上げられる例年の奉納煙火とはひと味違う特別感を生んでいる。
今年の片貝まつりが中止になったことで花火の打ち上げを諦めていた町民からは、打ち上げの機会ができたことを喜ぶ声も多い。奉納者以外の町民からも「花火が見られて嬉しい」「花火が上がると賑やかで元気が出る」といった声もある。
プロジェクト発足以降、毎日のように町で打ち上がる花火は、依然として続くコロナ禍の貴重な楽しみのひとつになっていると同時に、この町に必要不可欠な“呼吸”のようなものかもしれない。一人ひとりの人生に寄り添い、思いを込めて打ち上げられる片貝花火だからこそできる、独自の花火打ち上げのかたちだ。
全国に先駆けた、小千谷煙火興業独自の取り組み。
一方、明治23年創業の歴史を持ち、市内最大の祭り「おぢやまつり」での打ち上げを担う小千谷煙火興業では、今年の冬から厳しい状況が続いていたという。シーズン問わず数多くの現場を担当する小千谷煙火興業は、例年、冬場はスキー場や各地のイベント、さらには毎年平和の祈りを込めて打ち上げられるハワイ・ワイキキビーチでの花火大会に至るまで、国を超えて各地を飛び回っている。しかし、今年は記録的な暖冬や新型コロナウイルスの影響により、多くの現場で規模縮小や中止が相次いだ。そして冬が明けると、さらに新型ウイルスの影響が強まり、夏の花火大会も次々に中止が決定されてゆく。今年4月には、ついに「おぢやまつり」の中止も決定され、かなり早い段階から花火業界への危機感をひときわ強く感じていた。
そうした強い危機感の中、小千谷煙火興業は、臨時休校や自粛生活の中で頑張る子どもたちを元気づけようと、自己負担での花火打ち上げを決意。全国的な緊急事態宣言下にあった、5月5日、こどもの日。小千谷煙火興業による、55発の花火が打ち上げられた。
打ち上げが始まると、市内の至るところで、突然の花火に驚きながらも急いで空を見上げる人びとの姿があった。社会全体に閉塞感が漂う中、久しぶりに心を解放してくれるような花火の明るい光に、子どもたちだけではなく、大人たちも含め多くの人が癒やされていた。
花火大会など、例年のような花火打ち上げの場はなくなっても、花火の持つ力を信じ、打ち上げの機会を作り出すことはできる。そして、花火を待ってくれている人たちが、ここ小千谷には数多く存在する。このとき打ち上げられた55発の花火が、そのことを証明していた。
この小千谷煙火興業独自の取り組みは、今年6月、全国の花火事業者が一斉に花火を打ち上げた「Cheer up!花火プロジェクト」よりも先駆けて行われ、全国的にもかなり早い段階での挑戦であった。当時、花火業界全体として苦しい状況にありながら、当事者である業者側から声を上げづらい状況の中で、「花火屋としてできること」にいち早く取り組み、“花火”というかたちで声を上げていたのが、小千谷煙火興業だったのだ。長い歴史を持つ老舗煙火店としての使命感と、地域の中で築いてきた信頼関係があったからこその取り組みだったと言えるだろう。
支援の輪は、市内全体へ。
そして、市内にふたつの老舗煙火店が存在する小千谷市としても、こうした花火業界の厳しい現状を受け、花火事業者への支援を検討していた。その中で、町民有志から花火事業者を支える仕組みを早くにスタートさせていた片貝花火サポーターズ倶楽部の活動が市職員の目に留まり、市全体として、市民や花火ファンの力で地元の花火文化を支える仕組み作りを目指し動き出すことになる。
6月上旬、小千谷観光協会や市内の花火事業者、さらに市民有志の花火ファンや片貝花火サポーターズ倶楽部などの市民団体を加えて、現状のヒアリングと具体的な支援方法が検討された。その中で立ち上げられたのが、「おぢや産花火打ち上げプロジェクト」だ。
この立ち上げと同時に、市内4か所で順番に花火を上げる「元気玉リレー」や、市内の煙火店2社が共同でプライベート花火の打ち上げを受け付ける「ハナビの窓口」、2020年の新成人を祝うための花火打ち上げプロジェクト「2020の笑顔を20に」という3つのプロジェクトを発表。今年7月末から本格的な活動をスタートさせた。
Text by Miho Aizaki
写真提供:小千谷観光協会、片貝花火サポーターズ倶楽部、佐藤瑞穂