地域を知り尽くした人が描くからこそ伝わるまちへの愛情。島根県松江市で広がる「手書き地図」
2020.08.24 UP

地域を知り尽くした人が描くからこそ伝わるまちへの愛情。島根県松江市で広がる「手書き地図」

LOCAL

 初めて訪れるまちに行った時、観光地や飲食店はどんな方法で調べているだろうか。旅行ガイドブック? インターネットで検索? SNS? 観光案内所や宿泊施設で聞く? 人によって好みの手段はあるだろうが、「手書き地図」を活用したことはあるだろうか。
 地元のおすすめスポットを独自の視点で手書き地図として描き続けている女性が、島根県松江市にいる。趣味で始めた手書き地図は15年以上も続いており、今や有料で販売されるほどの人気ぶりだ。さまざまな地域・団体からも依頼が入るようになった彼女の手書き地図がどのように生まれ、愛されているのかを紹介する。

まちへの愛情が伝わる手書き地図

松江城
島根県松江市にある国宝・松江城は全国に現存する12天守のうちの一つ。

 松江市は”水の都”とも言われている、島根県の県庁所在地。観光スポットとしては国宝・松江城や穴道湖(しんじこ)などが有名で、松江城の周りは「堀川めぐり」として一年中遊覧船で巡ることができる。

 そんな松江市内の観光スポットやお店を、丁寧に描かれたイラスト付きで紹介しているのが、今回紹介する手書き地図だ。色鉛筆を用いてさまざまな色を塗り重ねて描かれているお店や食べ物のイラストは、色彩豊かでどこかかわいらしさを感じる。さらによく見てみると、建物のイラストは屋根瓦や石垣などがかなり細かいところまでしっかり描かれているし、お店や観光スポットの紹介文は短いながらも初めて訪れる人への配慮が感じられる。作家のまちに対する愛情を感じるこの手書き地図は、眺めているだけで「ここに行ってみたいな」とワクワクさせてくれる。

手書き地図

 実際にこの手書き地図は、さまざまな用途で使われている。ゲストハウスで偶然この地図を見かけた観光客は、手書き地図を片手にお店や観光地を巡る。また松江市に移住してきたあるご夫婦は、休日のたびに地図を持って出かけ、今まで行ったことがないお店を開拓することが楽しみなのだという。さらに松江市内に住むある若い女性は、偶然カフェで販売されていた手書き地図を購入し、部屋やトイレの壁に貼ってインテリアの一部として楽しんでいる。

趣味で始めた手書き地図

 そんな手書き地図は、松江市内のお店・飲食店内で有料販売されているものもあれば、松江市中心市街地活性化協議会のHPで無料ダウンロードできるものもある。地図上には「CHIE」という作家名だけが書かれているが、今回は縁あって、作者である伊藤知恵(ちえ)さんにお話を聞かせてもらうことができた。

伊藤知恵さん
手書き地図の作者であり、松江市中心市街地活性化協議会・まちづくりコーディネーターの伊藤知恵さん

 松江市在住の伊藤知恵さんは途中何度か引っ越しをしながらも、学生時代を含め、ずっと島根県内で歳を重ねてきた。現在は松江市のまちづくりコーディネーターとして働いていて、松江市内で商売を始めたいという方に地域の人や物件をつないだり、視察の受け入れなどをされている。「地域のみなさんがやりたいことを実現するためにサポートする役目」だと伊藤さんはいう。

 また過去にはレストランでのシェフ経験やカフェでの勤務経験もあるため、フードスタイリングやレシピ開発、さらにはイベント企画などの副業もされている。そして今回紹介する手書き地図も、数ある副業の一つでありながら、趣味でもあるのだという。

C!C!C!地図
伊藤さんが過去に手掛けたイベントの出店者マップ

 お話を聞いてみると、もう15年以上も描き続けているという手書き地図。描き始めたきっかけを聞いてみた。

伊藤さん 「もともと大学では建築を専攻していたので、建物は簡単に描けたんです。でも手書き地図を描き始めたのは、大学の友人が県外出身者も多かったこともあり、卒業後に県外へ帰ってしまったことでした。友人とは学生時代に自転車で一緒に松江市内をまわっていたのですが、卒業後もその当時のことや松江のことを思い出してほしいなと思い、最初は写真を撮ったり、手紙を書いて送っていました。でも私自身が筆不精で、たびたび書くのは面倒だなと思っていた時に、地図を描いて『新しいお店ができたんだよ!』『ここ一緒に行ったよね!』みたいなやりとりができたらいいなと思い、描き始めたのが発端です。

手書き地図
松江観光はサイクリングが便利ということでつくられた「松江サイクリングマップ」は、大学生と実際に松江市内を巡りながら制作。

 そして地図を更新するたびに県外の友人に郵送していたんですが、たまたまそれを松江に住んでいる友人に見せたら『私も欲しい!』と言ってもらい、配るようになりました。印刷代も自己負担でしたが、みんなが喜んでくれるのが嬉しくて当初はタダで配っていたんです。」

text by Naoko Yamakawa
photo by shuma

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