農泊が田舎暮らしを守る活力に。編集する地域おこし協力隊を訪ねる
2020.08.30 UP

農泊が田舎暮らしを守る活力に。編集する地域おこし協力隊を訪ねる

LOCAL

農泊を推進させるため、地域おこし協力隊となって長崎県西海市に移住した橋本ゆうきさん。体験を通じて伝える半自給自足な暮らしと、地域に根付いた住民の生きる知恵に触れる。

山と海の間で、昔ながらの暮らしが体験できる町・西海

長崎県の西に位置する海と農村の町、西海市。長崎市中心部から車で海沿いの道を辿って行くこと1時間半、訪れる人をゆったりと迎え入れてくれる自然豊かな町である。この地域に今も流れ続ける、半自給自足的な暮らしの日々。世代を渡って受け継がれてきた営みは、便利な生活に慣れた私たちにとっては新鮮なもの。今回は、そんな西海の昔ながらの暮らしを価値ある“体験”へと変えるべく活動する、西海市地域おこし協力隊の橋本ゆうきさんにお話を伺った。

事務局内観

2018年1月より長崎県西海市の地域おこし協力隊となり、現在任期3年目となる橋本さん。主なミッションは、この地域における「農林漁業体験民宿(体験型民泊)事業」の推進だ。
具体的な業務内容は多岐に渡る。そもそも、橋本さんが地域おこし協力隊に就任した当初は、農泊の受け入れ体制や仕組みなどが何もない、ほぼゼロの状態からのスタートだった。主に農泊の対象としているのが、修学旅行生。旅行会社への営業のために関西方面まで出張したり、西海で農泊の受け入れ家庭を増やすべく区長会に出向いたり。いざ旅行会社からの受注が決まれば、クライアントと地域側との調整役に回る。現在では約40件の家庭が農泊民家として登録されており、およそ120名程度の規模の学校を受け入れ可能な体制になっている。
(2020年8月現在、新型コロナウイルスの影響を考慮して受け入れを自粛中)

事務局HP 山と海の郷さいかい事務局

どうして西海に移住したのですか?

平成17年の規制緩和以降、実は長崎県内で西海の動き出しが最も早かったという。しかし、その後の体制整備やPRなどがうまくいかず、受け入れ民家は10件にも満たなかった。そうするうちに、他の市は登録件数を増やし、盛り上がりを見せる中、西海は数件の登録物件がただあるだけ。お客さんも来ないし、PRもしていない。そんな状況が続いていた。

もう一度仕切り直しで頑張っていこう。

2016年に再び市としての方針を固め、助成金などを活用しながら取り組んでいくことになった。また同じ年に、有志で農泊を推進していくための任意団体の会も立ち上がる。ここで、フリーランスで編集・デザインを仕事にする橋本さんに、西海の農泊をPRするパンフレット制作の依頼が来た。橋本さんが西海に移住するまでの物語の始まりである。

西海の自然の恵みや土地の魅力はもちろん、住民を尋ねてこの地域での暮らしぶりを丁寧に取材。橋本さんは以前、長崎県のタウン情報誌の編集長を務めていた経歴も。雑誌に掲載するお店の取材で西海まで来ることはあっても、一般の市民にお話を聴く作業は新鮮だった。また、農泊に登録する人たちを一件一件取材していくうちに見えてきた、小さなコミュニティで当たり前のように残り続ける自給自足な生活は、橋本さんの理想に近いものを感じたという。

各種パンフレット
フリーランス時に制作した一番最初のパンフレット(右下)。移住後も様々なツールを制作している

西海と農泊の魅力が詰まった素敵なパンフレットができあがり、旅行会社への営業活動も本格的に。そうして次第に予約が増え、西海の農泊事業は軌道に乗り始めた。すると、事業が拡大していくにつれて、有志の市民団体だけでは回らない部分が出てくる。
「これからも農泊を推し進めるためには、継続的に力を貸してくれる存在が必要だ」
住民の皆さんは、市役所に地域おこし協力隊の導入を要望。応募の話は、橋本さんの耳にも届いた。

実は、以前より移住先を探していたという橋本さん。パンフレット作りの取材を通して、「もっと西海の暮らしを知りたい」と心が惹かれていた。自分で考えて進む道を決めることもあれば、ご縁が導いてくれることだってある。小さなコミュニティに根差す暮らしを“実践”するため、橋本さんは西海への移住を決意、流れに身を任せて飛び込んだ。

文・写真:Kyosuke Mori

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